『ブラック企業』(文春新書)でブラック企業の手口や問題点に深く切り込んだ著者が、近年学生を悩ませている「ブラックバイト」について、同じようにその手口と問題点を明らかにした本。
 「ブラック企業」から生まれた「ブラック~」という言葉をむやみに拡散させていくことに疑問を持つ人もいるかもしれませんが、この本を読めば「ブラックバイト」という現象が、ネーミングはどうであれしっかりと論じられ、対策が立てられるべき問題だということがわかると思います。
 今ここにある問題を鋭く論じた本と言えるでしょう。

 目次は以下の通り。
1章 学生が危ない―ブラックバイトの実態
2章 ブラックバイトの特徴
3章 雇う側の論理、働く側の意識
4章 どうすればいいの?―対策マニュアル
5章 労働社会の地殻変動

 まず、この本ではブラックバイトの実態が紹介されています。
 一例目は、ニュースなどにもなった「しゃぶしゃぶ温野菜」の事例。「しゃぶしゃぶ温野菜」のフランチャイズ店にアルバイトとして入った大学生のAさんは、人出が不足するなかでシフトを増やされ、毎日のように13時から26時頃まで働くようになります。
 さすがに退職を申し出たAさんでしたが、退職を切り出すと、脅迫やパワハラ、商品の自腹購入などを強要されるようになり、大学のテストも受けられず精神的に追い込まれていきます。「ブラックバイトユニオン」に相談し、ようやく退職できたAさんでしたが、店長からは「今から家に行くからな。ぶっ殺してやる」と脅迫を受けたそうです(12p)。

 つづいてはファミリーマートの関西のフランチャイズ店の事例。就活の資金を貯めるためにバイトを始めたBさんは、深夜のシフトを入れられ次第に就職活動自体もままならなくなっていきます。
 退職を申し出たBさんでしたが、「退職はできない」「損害賠償を請求する」などと言われ、シフトに来ないなら家や学校に行ってBさんを「連れ出す」とまで言われます(21p)。
 契約書には「一年以内は法令に定められる事由以外の理由で自己都合での退職はできない」との一文があり(16p)、これを盾にして執拗にBさんに働くことを求めたのです。

 3例目はスクールIEの個別指導の塾講師の事例。最初は週2日のシフトで始まったCさんのバイトは週5日まで増加。教室長に「担当生徒が多すぎる」と訴えるものの、そのたびに「こちらが給料を払って、お前は社会勉強をできるんだ」などと説教をされ、シフトは減りませんでした。 
 しかも、予習や講師同士の会議、ビラのポスティング、研修への出席、担当生徒が定期テストで点数が落ちた時の「反省レポート」など、十分な給与の発生しない仕事も多く、次第に追い込まれていくことになりました。

 4例目はすき家の事例。大きく報道されたすき家の「ワンオペ」(ひとりでの勤務)によって疲弊するDさんの事例が紹介されています。

 バイトにハマって学業が疎かになる、バイトにハマって最終的には社員になった、といった話は昔からありましたし、社会学者の阿部真大は『搾取される若者たち』などでフリーターに対する「やりがい搾取」の問題を指摘していました。
 けれども、上記の事例を見ていくとそういったものと現在のブラックバイトが違うものだということがわかると思います。

 著者はブラックバイトの特徴として、「学生の「戦力化」」、「安く、従順な労働力」、「一度入ると、辞められない」という3つの点をあげています(58p)。
 
 まず、「学生の「戦力化」」ですが、これは学生バイトが正社員と同じような労働と責任を背負わされている現状を指します。
 他のバイトのシフトの穴埋めや他店へのヘルプ、クレーム対応や、売上金の管理など本来ならば正社員が行うべき業務が学生バイトに任されています。個別指導の塾などでは、ほぼ学生バイトのみによって運営されている教室もあるそうです(61-63p)。

 学生が「安く、従順な労働力」であることにつけ込む手口も見られます。
 研修中だと言って低い時給を適用する、仕事が伸びても残業代を払わない、ミスに対する罰金、ノルマや自腹購入の強要など、学生の無知や権利意識の低さにつけ込む違法行為です。
 ある元コンビニオーナーは「フリーターに比べ、学生は真面目に働くし、言うことを聞く」と話したそうですが(78p)、この「言うことを聞く」というのがポイントなのでしょう。

 「一度入ると、辞められない」というのも最近のブラックバイトの特徴になります。
 気軽に辞められると思われがちな学生バイトですが、ブラックバイトでは「戦力」となったバイトをそう簡単に辞めさせません。
 特に最近は、上記のBさんの事例で見られるように、契約を有期雇用にして期間内に辞めようとすると、契約違反だと言ったり、損害賠償を請求すると言って脅すケースが増えているようです。

 さらにこのブラックバイトは、さらに「安く、従順な労働力」である高校生にも広がっています。特にアルバイトが禁止されている高校に通う生徒に対しては「学校に通報する」などと言ってバイトを続けることを強要するケースもあるそうです(93p)。

 こうしたブラックバイトの背景として、著者は商業・サービス業で仕事のマニュアル化が進み、それとともに非正規化が進行していること、フランチャイズや「独立採算制」の導入、正社員のブラック化などをあげています。
 
 また、居酒屋、コンビニ、塾業界というブラックバイトの多い職種については個別の分析を行っています。
 コンビニに関しては、クリスマスケーキなどのギフト商品の売り方マニュアルも紹介されており、パートや学生バイトの人間関係によってギフト商品を消化させようする本部のやり方がわかります(111p)。そして「この取組を通して学生従業員の戦力化の切り口にすることもできます」(110ー112p)といった本部の「指導」も載っています。

 なぜ、このようにバイトに対する無茶が通ってしまうのか?
 著者は「想像の職場共同体」という言葉でそれを説明しようとしています。日本の企業は一種の「共同体」として苦しい時はその苦労を分け合う、といった形で運営されてきましたが、その「共同体」にバイトまでが「やりがい」や「責任感」、「達成感」といった言葉で取り込まれようとしているのです。
 もちろん、以前の日本企業であれば苦労を分け合うと同時に成果も分け合ったわけですが、当然ながらバイトがその成果の分前にあずかることはありません。
 そうでありながら、学生バイトたちはあたかも経営者のような考えを埋め込まれ、会社の利益のために無理な働き方を強いられているのです。

 また、このブラックバイトの背景には高騰する大学の授業料とそれを支払うための奨学金(学生ローン)の広がりがあります。
 日本の奨学金のほとんどは貸与型であり、若者たちに「前借金」を強いる制度になっています。こうした中で、学生たちは生活費を稼ぐためにブラックバイトを辞めることができないのです。

 こうした実態とその分析を踏まえた上で、第4章ではブラックバイトへの対処法が紹介されています。
 コンビニなどではフランチャイズか直営店を見極める、不必要な個人情報を集めていないかなど、ブラックバイトの見分け方が紹介されるとともに、トラブルになってしまった時の対処法も紹介されています。
 さらに、各地のユニオンの情報や地域の経営者団体と連携して解決した例なども載っており、「ブラックバイト対処マニュアル」として使える内容になっています。

 このようにこの本はブラックバイトの実態、背景の分析、対処法がコンパクトにまとまっており、ブラックバイトを知り、対処する上で「使える」本になっています。
 当事者である学生だけでなく、高校や大学の教員、そして学生の親にも広く読まれるべき本と言えるでしょう。

ブラックバイト――学生が危ない (岩波新書)
今野 晴貴
4004316022