■柔軟な法解釈、計画推進に「政府保証」
例えば、法解釈。今回の契約では、仮に乗客数が見積もりを大幅に下回るなどしてプロジェクト自体が完全に頓挫した場合には、英政府に対してプロジェクト費用を求償できるような一種の“保証”がある。実際には英国の鉄道法には、政府保証に関する規定はないが、英運輸省スタッフが様々な関係法令や解釈を擦り合わせて法的な枠組みを整え、事実上の保証のような仕組みにOKを出した。英政府にとっては万が一のときに財政出動するリスクにもなるが、こうした枠組みがあるからこそ、30年近い長期の融資に多数の銀行が合意したわけだ。
案件にかかわった関係者は「日本ならば、法改正が必要となったり、縦割り行政で判断をたらい回しにされたりする。民間が参加しやすいように、政府が迅速に動いてくれるのは魅力だ」と評価する。
このほか、借入金利についても、英政府は徹底して市中銀行の競争入札を監視。プロセス自体は日本も同じだが、「細かいところまで厳しく関与し交渉してくる。コスト意識が徹底している」と邦銀関係者も英政府のしたたかさに舌を巻く。「官と民でリスクを分け合うのがカギ」と英運輸省の担当者は話す。
背景には、英国自身の試行錯誤の歴史がある。もともと、英国では1970年代末から、当時のサッチャー首相が市場原理を活用してコストを削減し、世界に先駆け政府部門を改革。PPPやPFI(民間資金を活用した社会資本整備で病院や学校など、本来政府が予算で提供すべきインフラ整備に使われることが多い)も、財政難のなかで民間資本やサービスノウハウを取り入れつつ、社会資本を整備していく手法として、英国で考案された。
だが、2008年のリーマン・ショックによる信用不安で、民間部門の借り入れコストが上昇。政府が自ら事業を実施する従来の公共調達に比べて、PPPやPFIが割高になるとの報告書がまとまった。英フィナンシャル・タイムズ紙が「PFIは死んだ」という見出しの記事を掲載するなど、政府への批判が噴出した。オズボーン財務相が「政府はこれまでも常にPFIの乱用を懸念してきた」と釈明に追い込まれ、さらに政府が民間資金をより効率よく呼び込み、コスト意識を徹底するための改善策に取り組んできた経緯がある。
翻って日本。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が、佐賀県の図書館事業を請け負い、カフェを併設するなど話題の案件も出てきたが、PFIやPPPは日本全体では小粒の案件が多く、財政負担の軽減効果は限られているのが現状だ。統計などによると、英国のPFIの金額がリーマン危機以降も、金額で年10億ポンド、公共投資額に占める割合で5%の水準を維持しているのに対して、日本の11年度の公共投資額に占める比率はわずか0.8%にとどまる。
日英で地方自治体の役割の違いなどはもちろんあるが、「日本は縦割り行政や法解釈の適用が柔軟でないことが、外資を含めた民間資金を入りにくくさせている」というのが金融関係者の一致した見解だ。過去に日本のある地方で、路面電車の路線新設や資金調達を提案したある銀行は「そのためには数百の法律や条例を変える必要がある」と地方自治体に断られたという。
日本総合研究所の試算では、今後インフラの新設投資額が現状の水準で推移した場合、インフラの維持・更新費用が50年には約20兆円に達するという。それをすべて税金でまかなうのは「持続可能ではない。民間が公共分野でもうかる仕組みを真剣に考えるべきだ」(同研究所の藤波匠主任研究員)。
丸い形から「チューブ」の愛称で呼ばれるロンドンの地下鉄や国内鉄道に乗れば、車両メーカーは仏アルストムやカナダのボンバルディア、独シーメンスなど多彩。国の借金が1000兆円を突破するなか、世界のマネーを呼び込む英政府の巧妙な調達力に、日本の政治家や官庁が学ぶところはまだまだ多いはずだ。
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