月刊五輪:吹浦忠正の1964年東京五輪物語 「日の丸」基準に苦労
毎日新聞 2015年04月21日 東京朝刊
東京五輪で「日の丸」には苦労しました。1870年1月の太政官布告第57号「商船規則」は「縦横比7対10、円の直径は縦の5分の3、円の中心は旗ざお側の横に100分の1寄せる」との内容です。各国旗は見本を各国オリンピック委員会に送り承認を得て、縦横比2対3で統一するのですが、「日の丸」はどこに行っても答えをいただけません。
そこで大会組織委員会のデザイン専門委員会(勝見勝委員長)に諮り、1962年の日本宣伝美術会展で永井一正氏らが提案した「縦横比2対3、円の直径は縦の3分の2、円は旗面の中心」が良いとなりました。それを毎日新聞が「新デザインの『日の丸』 『円』をやや大きく 組織委ほぼ内定」と報じると、賛否の投書が来るなど騒ぎになりました。
結局、本番では「縦横比2対3、円の直径は縦の5分の3、円は旗面の中心」という日本国憲法で廃止になっていた1870年10月の同布告651号「海軍規則」による「日の丸」を使いました。
東京五輪と98年長野冬季五輪では「日の丸」が異なりました。長野五輪は円の大きさを「5分の3」から「3分の2」にし、白地をより真っ白にしたのです。冬の大会は背景が雪と氷であり、従来通りでは貧弱に見えたり薄汚れて見えたりすることを避けたためです。
99年の「国旗国歌法」の国会審議で私は衆院内閣委員会の参考人として「国旗のデザインがはっきりしないのは現場を混乱させる」と公述して法制化に賛成しました。2020年は99年に法制化された「円の直径は縦の5分の3」の「日の丸」が使用されます。表彰式で何度も国歌が演奏されることを祈念しています。【1964年東京五輪組織委員会国旗担当専門職員】
==============
■人物略歴
◇吹浦忠正(ふきうら・ただまさ)
1941年、秋田県生まれ。早大大学院修了。国際赤十字、埼玉県立大教授などを経て、現在は外交シンクタンク「ユーラシア21研究所」理事長を務める。64年東京五輪では大会組織委員会の国旗担当専門職員、98年長野冬季五輪組織委員会では儀典担当顧問として携わった。



