201605
特集:圏外から学ぶ都市/建築学入門
〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術
XSのアーバニズム
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Mike Lydon, Anthony Garcia
Tactical Urbanism:
Short-term Action
for Long-term Change
Island Press, 2015
タクティカル・アーバニズムとは世界的に広まりつつある、市民によるローコストで敏速な都市の改善方法である。一時的に公共空間でアクションを行ない、継続して都市の環境を変えていく手法をとる。2008年頃より欧米の都市関連サイトで散見するようになったワードだが、狭い意味でいえば、2015年に発刊されたマイク・ライドンとアンソニー・ガルシアによる書籍『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』が公式な出自と言える。フロリダとマンハッタンを拠点にアーバンデザインの会社を運営する二人は、2012年より世界中の事例を集めた冊子『Tactical Urbanism』をネット上で配布してきた。それらをふまえ歴史的、理論的にまとめられたものが前掲の書籍である。前書きのなかでレム・コールハースの分厚い書籍『S,M,L,XL』が引き合いに出されている。レムは『S,M,L,XL』において巨大化していった20世紀の都市と建築のあり方を見事に描き切ったのだが、そこにはなかった「XS」のスケールから都市を射程にすることがタクティカル・アーバニズムの真骨頂であろう。縮退する巨大都市と、動きを鈍くする官僚型の都市運営、さらには携帯電話やSNSの発達を背景に、21世紀の都市デザインはよりアナログでより身体に近いスケールで発展しようとしている。
戦術の都市計画
20世紀の都市が「戦略的(=ストラテジー) 」にトップダウンで車社会や単一機能の街区をつくり続けたのに対して、「戦術的(=タクティカル)」に都市を変えていくことが"タクティカル"アーバニズムと呼ばれる所以である。都市論に詳しければ 「戦略/戦術」という視点から都市空間を論じたミシェル・ド・セルトー★1を思い出すであろう。後述するPark(ing)のマニフェスト★2ではセルトーへ言及されていることからも、少なからぬ影響が見て取れる。セルトーの論は、60年代の熱い革命運動の失速に対して80年代に書かれたもので、日常のなかで「隠れ作業」的に実践を続けていく変革と位置づけられる。近年ではクリス・カールソンが提唱する「Nowtopia」という考え方ともつながる。Nowtopiaとは「日常生活のありふれた要素をそのままパーツとして使いながら」「旧い世界の上に、新しい世界のパターンを生き生きと描いていく運動」★3である。それらは決して反◯◯といったような運動ではない。タクティカル・アーバニズムにおいても個人が始めた活動が、官と連携して定着することも多いという。また、ワークショップやシャレットは住民参加と合意形成のボトムアップ的な都市開発手法として認識されているが、タクティカル・アーバニズムは計画と合意をすっ飛ばして現場でインスタントにやってみせる、敏速な実践であることも特徴である。ラピッドプロトタイピングやアジャイル開発のような設計志向とも近い考え方である。
タクティカル・アーバニズムの系譜
- UNEVEN GROWTH ウェブサイト
http://uneven-growth.moma.org/
根本的にこのような流れは、社会の概念を一瞬にして塗り替える現代美術やストリートアートからも強い影響を受けている。タクティカル・アーバニズムという呼び方がされる以前から、都市的介入などと呼ばれながら展覧会として各国でまとめられていた。2008年バルセロナ現代文化センターで開催された「Post-it City」展は商業、政治、レジャーなど、自律的に立ち上がる公共空間の一時的な占拠の事例が90カ国から集められた。ほぼ同時期にカナダ建築センターで開催された「Tools for Actions」展では、歩くこと、遊ぶこと、リサイクル、ガーデニングなどのキーワードから、人々が都市を再領有するためのアイデアを集めた展覧会が実施されている。2014年にはMoMAで「Uneven Growth: Tactical Urbanisms for Expanding Megacities」展が開催。脱成長時代に世界中の巨大都市で行なわれるタクティカル・アーバニズムを扱う展覧会である。取り上げられたプロジェクトは先の二つの展覧会よりも進化はあまり見受けられなかったが、現代建築史に重要な布石を打ってきたMoMAがタクティカル・アーバニズムを取り上げたことは大きな意味を持つ。
以下にタクティカル・アーバニズムとして紹介されることの多い代表的なプロジェクトを4つ挙げてみたい。
1. Park(ing)
- サンフランシスコで行なわれた最初のPark(ing)
引用出典=http://rebargroup.org/parking/
2005年にアーティストグループのRebarがサンフランシスコの路上駐車場で始めたプロジェクトだ。パーキングメーターにコインを入れて、路上に車一台が入る程度の芝生を敷きParking(駐車場)をPark(公園)にしてしまう。この活動は毎年9月の第3金曜日に開催するパーキングデイを通してアメリカ各地から世界へ広がっている。またその姿は芝生にかぎらず趣向を凝らしたストリートファニチャーに進化し、「パークレット」と呼ばれる半恒久的なスペースとなっている。期間限定という名目で初めはイベントやデモンストレーションとして設置されることが多い。2002年のAndrew Mikhaelによる「ソーシャルパーキング」も先行事例のひとつとして考えられる。
2. ゲリラガーデニング
- Guerrilla Gardening in front of Flying Pigeon LA. Photo by Umberto Brayj on Flickr.
町から置き去りにされた小さな土地で、ゲリラ的に花を植えたり農園をつくる活動である。場所は公有/私有にかぎらず、空き地や歩道の街路樹の土などで行なわれる。基本的には無許可で始まり、夜間や人目につかない時間帯に種まきや植樹が行なわれる。小規模なものは都市の美観のためであったり、大きなものはパーマカルチャーと結びついて野菜などを育てたり、活動を通して町のコミュニティ形成に発展している例もある。はじまりは記録に残るものだと、ニューヨークで70年代に行なわれていたグリーンゲリラグループだと言われている。シアトルでの活動はワールドネイキッドバイクライドという裸で自転車に乗ってパレードを行なう集団が元になっており、クリティカルマスやエコロジー運動とも結びつきが強いことがうかがえる。
3. DIYバイシクルレーン
- スプレーとステンシルでDIYされた自転車レーン。
引用出典=http://urbanrepairs.blogspot.jp/
自転車レーンを勝手に路上にペイントする活動である。近代都市計画や産業構造により道路が自動車の占有する空間になった状況に対して、サイクリストたちが始めた活動で、2005年からトロントで活動するUrban Repair Squadが代表的な団体である。自転車レーンだけでなく、横断歩道や交差点へもペイントされることがある。ポートランドのCity Repair Projectは交差点のロータリーを色とりどりのアートで埋め尽くし、交通事故防止や周辺のコミュニティづくりへも貢献している。歩道や道路が主戦場であることがタクティカル・アーバニズムの特徴でもある。
4. ゲリラウェイファインディング
- プラスチックダンボールとタイラップでできた道標
引用出典=https://walkyourcity.org/
道標をDIYで設置していくプロジェクトで、小さなプラスチック看板に町の施設や名所を徒歩n分で表示し、歩行者を対象にしていることが特徴。行き先を知らせるだけでなく、歩いても行ける距離を認識させる行為のデザインでもある。近年、町の豊かさの指標になりつつあるウォーカビリティという考え方とも密接な関係があると言える。また公式のウェブサイトでは、誰でもこの道標が制作できるオンラインサービスを構築している。ゲリラ的に始まった活動であるが、近年はKnight Foundationからの高額の助成も受けている。
タクティカル・アーバニズムの周縁
広い意味では、このような都市での活動は他にもさまざまな隣接する呼び方が存在する。ストリートアートやアクティヴィズムの流れをくむ過激な「ゲリラアーバニズム」。OOH(Out of Home)広告やポップアップストアの語感から商業的な匂いも感ずる「ポップアップアーバニズム」。アーティストが美術館を飛び出し都市で活動を行ない、空間の政治性や見えない領域をあぶり出す「パブリックインターベンション」。集団で公共空間に集合してまとまった行動を行なう「フラッシュモブ」も、SNSなどを通じて都市空間を占拠する、一種のタクティカル・アーバニズムと言えるかもしれない。もっと大衆的にネタ化したものとしては、都市でいたずらを仕掛ける「アーバンプランクスター」がある。ソーシャル系メディアやSNSによって断片的なネタとして目にすることが多くなってきたが、通底するのは都市空間でのさまざまな領域のせめぎ合いの結果であることだ。タクティカル・アーバニズムはこれらの世界同時多発的な都市空間での運動を、より改善し手法として活用しようとした動きとして捉えることができる。
日本でのローカライズ
一方、日本では公共空間の利活用が活発化し始めており、タクティカル・アーバニズム的なものが注目を集めている。その際に表面的な手法を輸入するのでなく、上述の思想や文脈をふまえながら、日本でのローカライズが必要である。空間を見立てる文化や、屋台のような仮設的なものに親和性の高い文化があることから、すでにタクティカル・アーバニズムの国と言えるかもしれない。しかしながら、コンプライアンス偏重傾向にある官・民のなかで無闇に実装を急げば、本来の力を発揮しない可能性もあるだろう。既存の法制度のなかにおさまりタクティカル・アーバニズムの本質が去勢される可能性があるからだ。筆者はタクティカル・アーバニズムの要は個人の都市リテラシーだと考える。空間を読み取る力と、あらゆる制度のハックを通して、個人が都市の真の主役になった時、公共空間の大きな可能性は自ずと見えてくるはずだ。さまざまな既成の枠組みを超える契機として、都市を舞台により巧みな戦術をもって活動を起こしていきたい。
★1──ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』(国文社、1987)
★2──THE PARK(ing) DAY MANIFESTO
http://parkingday.org/src/Parking_Day_Manifesto_Consecutive.pdf
★3──堀田真紀子『ナウトピアへ サンフランシスコの直接行動』(インパクト出版会、2015)
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ブックガイド
戦略/戦術という視点から、人々の日常の営みがいかに都市を変える力になりうるかを説いた名著。本書によれば、戦術(tactics)とは「自分にとって疎遠な力が決定した法によって編成された土地」のなかで「自分のものをもたないことを特徴とする、計算された行動」とある。
Park(ing)を生み出したサンフランシスコの実践的な社会活動を、現場の丁寧なリサーチから描く。アート、クリエイティビティ、DIYの文化がなぜ都市にとって大事なのかを理解できる。おそらく日本で初めてPark(ing)をしっかりと伝えた書籍。
身体によって近代の建築と都市を読み替えるための理論。アンリ・ルフェーブルの言葉を通してスケートボードが生き生きと現代の都市を映し出す。機能によって作られた都市空間が、遊びによってまったく新しい空間に生まれ変わる。
グラフィティが単なる落書きではなく、交通や都市政策、ジェントリフィケーションといかに結びつき反応してきたのか? 公共空間のせめぎ合いと、グラフィティが表象する都市の残像が描かれている。都市リテラシーを考える上で重要な一冊。
笠置秀紀(かさぎ・ひでのり)
1975年東京生まれ。建築家。ミリメーター共同代表。日本大学芸術学部美術学科住空間デザインコース修了。2000年、宮口明子とミリメーター設立。公共空間に関わるプロジェクトを多数発表。プロジェクト=「アーバンピクニックシリーズ」「コインキャンピングTents24」「アーツ前橋交流スペース」ほか。
201605 圏外から学ぶ都市/建築学入門
〈インフォグラフィックス〉──都市と情報を可視化する
〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術
〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先
〈写真アーカイブズ〉────歴史を振り返り、再発見する手段
〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト
〈地図〉──建築から世界地図へ
〈ファッションデザイン〉──システムをデザインすること
ISSUE
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2016-05-08