前回、共和党の「お家騒動」について語った通り、トランプが共和党推定指名候補に決まった直後だが、まだまだ騒ぎは収まらない。
次々と重要人物が党の指名候補であるトランプを拒否することを表明し始めたのだ。
これは前代未聞の事態だ。
公式に候補を指名する共和党全国大会には、歴代の共和党大統領をはじめとした党のエスタブリッシュメント(偉いさん)が出席するのはこれまで当然のことだった。
トランプが推定候補に決まった直後、第43代大統領のジョージ・W・ブッシュが欠席することを発表した。第41代大統領のジョージ・H・W・ブッシュ、2008年共和党指名候補のジョン・マケイン、2012年共和党指名候補のミット・ロムニーも欠席の意志を明らかにしている。
本来なら党をまとめる立場にある下院議長のポール・ライアンすら、「現時点ではトランプを(支援する)気持ちになれない」とCNNの取材に答えた。トランプが、共和党と保守運動を統一し、すべてのアメリカ国民が誇りを持ち、支援できるようなキャンペーンに変更しないかぎりは応援するつもりはない、という立場だ。
前回登場した共和党上院議員のリンジー・グラハム以外にも、「トランプには投票しない」と発表する政治家が続いている。
トランプを支持するぐらいなら民主党のヒラリーに
時を同じくして、ツイッターには、#NeverTrump(絶対にトランプを大統領にはさせない)というハッシュタグと、「共和党をやめる」というツイートがあふれた。共和党の選挙登録書を燃やしたビデオをツイートした人もいた。
この人にとっては、トランプが共和党のコアである保守主義を信じていないことが理由だが、選挙戦を通じてのトランプの人種差別、女性蔑視、障がい者差別、下品な態度が許せないと言う共和党員もいる。
イギリス保守党の元下院議員で、ニューヨークに移住してからも文筆業で活躍しているルイーズ・メンシュは、「保守として、自分の党の名札をつけた人種差別者や性差別者を支援するより、民主党候補に負けたほうがいいと常に思っている。#NeverTrump」とツイートした。
そして、インディアナ州予備選で圧勝したトランプが共和党指定候補になることが明らかになった夜、メンシュは「今でも、いつでも、#NeverTrump 。かくして、今夜 #RepublicanForHillary が誕生」とツイートした。
この#RepublicanForHillary(ヒラリーを支持する共和党員)というハッシュタグは、インディアナ州予備選の翌日、#NeverTrump とともにツイッターを賑わした。
これまでは、予備選でいくら血みどろの戦いをしても、いったん党の指定候補が決まったら、「打倒民主党候補!」で団結するのが共和党の慣わしだった。民主党も同様で、2008年にヒラリーはオバマと党をまっぷたつに切り裂くような戦いを繰り広げたが、オバマが勝利を決めた後は、彼のために全米をまわって応援した。
つまり、どちらの党も、「どんなに嫌いな候補でも、敵対する党の候補よりもはまし」、「何があっても、民主党(民主党の場合は共和党)にだけは勝たせない」が暗黙の了解だったのだ。
ところが今回は、2008年の共和党指名候補マケインのスピーチライターだったマーク・ソルターまでもが、「(ゴシップ中心のタブロイド紙)National Enquirerなんかを購読し、それがまともなレベルだと思っている奴を、共和党は大統領候補にする。僕はI’m with her(ヒラリー支持)だ」とツイートした。
トランプが共和党内で嫌われている理由は、ほかにもある。
相手の候補者を破壊させるためなら、どんなに汚い手でも平気使うbully(いじめっ子)だからだ。
前回でご紹介したように、対立する候補に、#LyingTed #LittleMarco #LowEnergy といったハッシュタグをつけてツイッターで馬鹿にする。すると、何千、何万ものトランプのフォロワーが、よってたかってその候補を嘲笑う、というパターンだ。自分が応援する候補者が、トランプを手本にしたハイエナのような支持者によって破壊されていくのを目撃した共和党員たちが、#NeverTrumpの決意を強めたのは不思議ではない。
ソーシャルメディアが増幅する負の感情
今回の大統領選では、トランプや彼の支持者に限らず下品な言葉と攻撃性が目立つ。
それには、ソーシャルメディアが影響していると私は思っている。
ツイッターをしている人なら思い当たるだろうが、人は、感情に直接影響を与えるツイートに反応するものである。ユーモアや感動的な話も人気があるが、悪口雑言や炎上を歓迎する人も少なくない。
『インターネットで他人を血祭りにあげる人々』でも書いたが、「憎しみ」は人の心をかきたてる。特に、相手を悪者にすれば、自分が過激な言動を取っても「正義」の名のもとに正当化できるのが魅力だ。自分の言葉に反応する人が増えれば、心地よさも増幅する。「承認欲求」を満たす味をしめた人は、どんどん攻撃性を増していく。
大統領選を最初から観察してきた私には、この状況に危機感を抱いている。
ソーシャルメディアは、コストがかからず、しかも、またたく間に無制限にメッセージを広めることができる。だから、啓蒙や宣伝には効果的なツールだが、陰謀説や中傷も広まりやすい恐ろしい武器にもなる。
今回の大統領選でその武器を最もよく理解し、巧みに使いこなしているのが、トランプとサンダース陣営だ。断っておくが、候補の政策や信念の良し悪しを評価しているのではない。ここで語るのは、彼らの選挙戦での振る舞いがアメリカ国民に与えた負の影響だ。
トランプとサンダースの熱心な支持者たちは、最初からネットでの活動が盛んで、初期から衝突していた。
ネットのバーチャル世界「セカンドライフ」での争いもそのひとつだ。支持者が集まって近況を語り合うサンダース本拠地にトランプの支持者が侵入し、ハーケンクロイツの旗を立てたりして妨害をしたことがある。また、サンダース本拠地の隣の土地をトランプの支持者が買い、そこからも妨害をしているという。
第三者から見たらバカバカしい話だが、ネットのほかの場所でも衝突を繰り返している当事者たちにとっては無視できない事件だ。こういった摩擦がネットからリアルの世界に流出するのに時間はかからなかった。サンダース支持者によるトランプのイベントでの抗議運動は、私が2月にニューハンプシャーで目撃したときには、プラカードを持って会場の外に立っているマイルドなものだった。
ところが、3月11日にシカゴで開催されたトランプのラリーでは、サンダース支持の抗議グループが会場に多数潜入し、安全確保ができないために中止になった。そして、会場の中と外でトランプ支持者とサンダース支持者が衝突し、警官が出動し、怪我人や逮捕者が出るほどの騒ぎになった。
サンダース支持者によるトランプのイベント妨害は、シカゴからさらにエスカレートしてカリフォルニアでは暴動に発展した。
本人は何もしていないのに、抗議者たちにいきなり襲われて怪我をしたトランプ支持者もいる。その様子は、ビデオにも収められている。
別の男性は、トランプ応援の野球帽をかぶってイベントに行く途中で、サンダース支持の若者に取り囲まれ、行く手を塞がれ、もみあいにもなった。
下記はトランプ支持者に向かって「アメリカ軍が世界で何人殺しているのか返事をしろ!」と叫んでいるサンダース支持者たちだ。落ち着かせようとして「ちょっと待て」とよびかけているトランプ支持者に「おまえは最低のばかやろうだ(You are fucking idiot!)」という汚い言葉で罵り、唾を吐きかけているのはサンダース支持者たちのほうだ。
ふたつのネガティブは、ポジティブを産まない
アメリカの良いところは、建前であっても、「差別はしない」「ライバルでも礼儀正しく扱う」というルールがあったことだ。親は子どもたちの前では汚い言葉を使わないよう心がけるし、スポーツの場では、最後にライバルチームと握手をし、健闘を称えることを教える。「good sport」には、「勝ち負けにこだわらず、潔く負けを認めて、根に持たない」という意味がある。
心の中で何を思っていても、それを直接表さないことで、平和を保つ知恵でもある。私のように白人ではない移民にとっては、安心して生きられる非常にありがたい慣習だ。
ところが、最近になって、アメリカの良識が崩壊しているようだ。最初にショックを受けたのが、ニューハンプシャー州での民主党イベントだった。まずニューハンプシャー州の民主党の政治家と民主党全国委員長がスピーチし、次に目玉のサンダースとヒラリーが講演するというプログラムだ。
その場で起こったことは、『サンダース旋風の裏にある異様なヒラリー・バッシング』で読んでいただきたいが、全国委員長のシュルツやヒラリー支持を明らかにした上院議員のシャヒーンのスピーチの間のヤジとブーイングがあまりにもひどくて話がまったく聞こえない。
ヤジを飛ばしているのは、若いサンダース支持者たちだ。しかも、「whore(売女)」とか「bitch(メス犬)」といったネットで彼らがよく使う汚い言葉が聞こえる。同じくサンダース支持の年配の女性が前席の若者に注意をしたら、顔を真っ赤にして「憲法修正第1条で保障された表現の自由を知らないのか? 僕には発言の自由がある!」と怒鳴り返した。
私は2003年から政治的なイベントに何度か参加しているが、こんなにことは初めてだった。このイベントの前に行ったトランプのラリーのほうが、雰囲気が良かったくらいだ。
この予備選では、二つのネガティブが目立つ。
ひとつは、トランプの言動だ。『もはや無敵か? 恐怖のトランプ大統領が誕生したら』などでも書いたが、トランプはありとあらゆる人を汚い言葉で罵り、揶揄する。上記の「アメリカの建前」に不満を持っていた人たちは、そんなトランプを「よくぞ言ってくれた」と拍手喝采で迎えた。トランプというリーダーについて行けば、日常生活で何を言っても許されるのだ。
そして、トランプ人気が高まるにつれ、マイノリティの子どもが学校でいじめられるという事件が報告されるようになった。
もうひとつのネガティブは、トランプの悪と戦っているつもりの、サンダース支持者たちの独善性だ。
正義の名のもとに他人を排斥する空気
トランプ支持者を攻撃するビデオから感じるのは、サンダース支援者の「自分は正しいことのために戦っている」という正当化だ。自分の意見に合わない者は「悪」であり、その人が思想を広げるのを妨げるためなら、ある程度のことはやっても許されるという思い込みがある。
じつは、サンダース支持者のこの傾向は、早期からネット上で顕著だった。自分たちの意見に合わない者がいたら、保守の場合には「人種差別者、戦争好き、トップ1%の金持ち」、リベラルの場合には「体制、ヒラリー、民主党、ウォール街に買収されている」と決めつける。そして、集団で攻撃するというやり方だ。
ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンも犠牲者のひとりだ。
クルーグマンはリベラルな経済学者として知られ、高所得者への税率を上げてスウェーデン並にするのにも賛成している。思想的にサンダースと共通するところは多いのだが、「理想主義は、現実主義の強い意志を伴ってこそ美徳」というサンダースに批判的なコラムを書いたときから、サンダース支持者の敵になった。
ツイッターには「クルーグマンは安楽な民主党のエスタブリッシュメントの味方」、「ヒラリーから閣僚の地位を約束されたんだろ?」、「アカウントを閉じろ」といったリプライが押し寄せ、フェイスブックは「ちびの情けない男(pathetic little man)」、「知性のかけらもない(intellectually bankrupt)」といったコメントで埋まった(フェイスブックは現在閉じている)。
元バーモント州知事で、2004年大統領予備選の候補ハワード・ディーンもまたサンダース支持者の攻撃ターゲットになっている。
医師の資格も持つディーンは、州知事として州民皆保険を実現し、キリスト教原理主義者からの脅迫にも負けずに同性愛結婚の前提になった「Civil Union」を可決し、予備選では「イラク戦争反対」を掲げて戦ったという、実績あるリベラルだ。
大統領予備選中は、洗濯機で丸洗いできるスーツを自分で洗っていたという質素さで、彼の選挙参謀のひとりだった知人から「今でも『タクシーは贅沢だ』とバスを乗り継いでくる」と聞いた。だが、ヒラリーを支持したために、サンダース支持者から、フェイスブックに「保険会社のロビーになったのか?」、「金は人間を腐敗されるよな」、「恥を知れ」「Hillbot(ヒラリー支持者の蔑称)」、「お前が予備選に負けてよかったよ」「道徳的に腐敗」と書き込まれている。
クルーグマンやディーンですら執拗な攻撃の対象になるのだから、ふつうの人が太刀打ちできるわけがない。したがって、サンダース支持者以外は黙りこむことになる。ボストン・グローブ紙の記事にも、ヒラリーを支持する若者の悩みが書いてある。彼らは子どもの頃から政治に興味を持っており、ヒラリーの経歴を評価して支持しているのだが、まともな対話ができないと嘆いている。
私が取材した5人の若い女性も「だからヒラリー支持だということは黙っている」と告白した。
私もトランプには大統領になってもらいたくはない。
しかし、トランプには、合法的な政治イベントで、邪魔されず、身の危険を感じずに講演をする権利があるし、彼の支持者にも、身の安全を心配せずにトランプのイベントに行き、平和に聞く権利がある。
だが、サンダース支持者らは、抗議グループに襲われて怪我をしたトランプ支持者について、ツイッターで「(トランプのラリーなんかにくる)そいつが悪い(He was asking for it)」と書いている。それは、学校でのいじめで「いじめられるほうにも責任がある」という意見と何ら変わらない。
どんなに崇高な理由であっても、ライバル候補のイベントで道を封鎖し、会場に潜入してヤジを飛ばし、参加者たちを罵り、唾を吐きかけ、挑発するのは、「ハラスメント」だ。そして、ネットで仲間と一緒になってライバル候補やその支援者を攻撃するのは、「cyberbully(ネットいじめ)」だ。
トランプとサンダース支持者が作り出したのは、「自分が正しいと思っていることであれば、相手を威嚇したり、いじめたりしてもいい」という雰囲気だ。
このままでは、誰が大統領になっても、アメリカ国民の大部分は、尊敬もせず、ハッシュタグをつけ、汚い言葉で揶揄するか、犯罪者扱いするだけだろう。そして、自分に反対する者を罵ったり、あざ笑ったりして封じ込める傾向は、私が民主党のイベントで目撃したように、リアルの世界にも滲み出している。
すでに、アメリカ国民はトランプの暴言に慣れてきているようで、彼は支持層を広げている。そして、サンダース支持者による過激な抗議運動は、ヒラリーのイベントでも起こっている。サンダースは「会場の外でやることなら、もちろんやる権利がある」と支持者の行動を止めるつもりはなく、今後も続くだろう。
17:45 - 2016年5月5日|@ABCLiz
なぜウソつきに投票するんだ!とヒラリーの支持者に声を荒げるサンダース支持者
政治での争いは興奮を与えてくれるし、真面目な政治家が笑い者になるのは、面白いかもしれない。そういうエンタメの魅力を、私も否定できない。
だが、こういった雰囲気が日常世界にまで広まるのを止めるためには、政治の世界での揶揄、威嚇、いじめを歓迎したり、見返りを与えたりするのを、やめなければならない。それが、国民としての私たちの役割だ。