賛成派700万筆集める 氏子を動員
憲法記念日の3日、改憲を訴える団体や護憲を掲げる団体が全国各地でイベントや集会を開いた。夏の参院選の結果次第では憲法改正が政治日程に上る可能性もあり、公布70年の節目で憲法を巡る論議が熱を帯びている。
憲法改正を目指す団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は東京都内でイベントを開き、全国で同日までに700万2501筆の改憲賛同署名を集めたと発表した。署名活動の現場を取材すると、地域に根づく神社と氏子組織が活発に動いていた。
地元で「弁天さん」と呼ばれ親しまれている福島県二本松市の隠津島(おきつしま)神社は毎年正月、各地区の氏子総代を集めてお札を配る。だが2015年正月は様子が違った。神事の後、安部匡俊(まさとし)宮司(62)がおもむろに憲法の話題を持ち出した。「占領軍に押しつけられた憲法を変えなくてはいけない」。宮司は総代約30人に国民の会の署名用紙を配り、「各戸を回って集めてほしい」と頭を下げたという。
総代の一人としてこの場にいた男性は「違和感があった」と振り返る。それでも地区約30戸を1軒ずつ回って「よく分からない人は署名しないで」と前置きして説明。5人が署名した。「前置きがなければ10人はいったと思う」と話す。
安部宮司は今年3月、取材に「福島県神社庁からのお願いで県下の神社がそれぞれ署名を集めている。総代が熱心に回ってくれた集落は集まりが良かった。反対や批判はない」と話した。隠津島神社の氏子は約550戸2000人で世帯主を中心に350筆を集めたという。
氏子たちの反応はさまざまだ。「現憲法では国防が不十分なので応じた」(40代男性)という一方で、「憲法はこのままでいいと思うので署名をしなかった」(70代男性)。
ネット上にも全国各地から「神社から署名が回ってきた」などの声がアップされ、今年正月には東京都内の神社が境内に署名用紙を置いて話題になった。全国で氏子組織が動いているのかなどについて、全国の神社を統括する宗教法人「神社本庁」(東京都)は取材に「国民の会に協力しているが、詳細は分からない」と説明。国民の会は「各団体、各地域で一番やりやすい方法で集めてもらっている」としている。
福島・隠津島神社の別の氏子総代は言う。「地元の人が選挙に出ると地縁血縁で後援会に入らざるを得なくなる。署名集めもそれと似ている。ましてや神様からお願いされているようで、断りづらい面があったと思う」【川崎桂吾】
国民投票時の名簿に利用
署名活動で神社関係者の動きが目立つが、「国民の会」を主導するのは保守系の任意団体「日本会議」だ。宗教団体などが集う「日本を守る会」と政財界や文化人の「日本を守る国民会議」が1997年に合流し設立。会員約3万8000人で政界とのつながりが深く、同会の国会議員懇談会には党派を超え300人が所属する。
「これは請願署名ではない。国民投票という大空中戦で投票を呼びかける名簿になる」。長野市内で昨年9月に開かれた日本会議の支部総会。東京から来た事務局員は、1000万人を目標とする改憲賛同署名の狙いを説明した。会場には、長野県内の神社関係者が目立った。
憲法改正は衆参両院3分の2以上の賛成で発議され、国民投票で決まる。国民の会は国民投票の有効投票数を6000万人と想定。署名した1000万人に2人ずつ声かけをさせれば、改正に必要な過半数の3000万票に届くと計算する。
賛同署名は、改憲の具体的な内容をこれまで明確にしてこなかった。だが、3日の国民の会のイベントでは、大災害や有事で人権保障や三権分立などの憲法秩序を一時停止できる緊急事態条項の新設を主要テーマとすることを決めた。安倍晋三首相も自民党総裁としてビデオメッセージで「憲法改正に向けてともにがんばろう」と呼びかけた。【川崎桂吾】
国学院大学の塚田穂高助教(宗教社会学)の話 活動、過去最大級
憲法の政教分離の原則は宗教団体の政治活動を禁じておらず、神社界はこれまで種々の政治活動をしてきた。全神社の足並みはそろっておらず、どれだけの署名が集まるかは未知数だが、氏子組織まで用いたここまでの活動は過去最大級だろう。現場で、改憲の必要性や内容が説明されているか、上意下達的に強制力が働いていないかなどの点には注意が必要だろう。