8 May 2016

音楽制作をしていると、”自分の発するもの、生み出すもの”、つまりアウトプットする「コンテンツ」に向き合う重要性を感じます。
ブログ記事をはじめ、アウトプットの場に身を置いていると誰もが一度は考えることではないでしょうか。「価値あるコンテンツ」って、一体どんなものなんでしょう?
コンテンツに価値が生まれるタイミング
「コンテンツ」は、独りよがりで創りあげてもそこに価値が生まれることは稀です。クライアントに満足してもらうこと。さらにその先にいる視聴者に味わってもらうこと。そこまで辿り着いて初めて「価値あるコンテンツ」となる、と考えています。

もちろん、自身の満足が目的である創作はその限りではありません。
自分自身に響くことによって価値が生まれる、という大切な一例です。
ところで、ブログ記事もアウトプットする「コンテンツ」です。ということは、上のような価値基準はブログにおいても当てはまるのではないでしょうか。
【】
のと同じように、
【】
記事を書く目的は色々あると思いますが、ここでは上のように定義して進めます。そして、SEOをはじめとした「情報の届け方」にはあえて触れず「コンテンツ自体」にフォーカス。コンテンツを生み出す際のイチ指標になり得るものとして「価値あるコンテンツ」とは何かを探ってみます。
ブログにおける「価値あるコンテンツ」の必要性
WEB上では、ある1種類の情報の需要に対して、供給されている記事がとても多く、溢れかえっているのが現状です。記事を書く目的も様々。自社サービスの宣伝、広告収益から趣味に至るまで…
供給側の立場であれば誰もが行き着く発想は、
ということでしょう。
そんなとき、必ず話題になるのが検索エンジン最適化(SEO)のお話。コレに関しても例外ではなく、あらゆる考え方や手法を見かけます。でもご存知の通り、検索エンジンだってどんどん進化しているわけですよね。どこに向かって進化しているかというと…
方向に、です。
そんなことも含めて考えてみると改めて、「価値ある情報」、「価値あるコンテンツ」ってなんだろう、と思索せずにはいられなくなります。
ブログ記事における「価値あるコンテンツ」とは?
どうしたら「価値あるコンテンツ」を創れるのか?
で終わらせることは簡単ですが、それを”考えない”理由にしていたらだんだん…何も考えられなくなっていきそうな”予感”がしませんか?抽象的な答えであろうと「今」「自分で」この定義を見出してみる価値も、大いにありそうです。
ブログサイトにおいて、価値あるコンテンツになり得る”場所”
まずサイト内のレイアウトを考えてみます。カテゴリーやタグで絞れたり、検索窓を分かりやすい場所に設置したり、ぜひ覗いていって欲しいページへのリンク設置などなど、サイト内の動線や見栄え、設置場所を考えることはサイト運営者にとって、とても重要に感じられるものです。
でも、例えば上に挙げた例の中には、ひとつ趣旨の異なるものが混じっています。「ぜひ覗いていって欲しいページへのリンク設置」ですね。サイト運営側の視点で考えると必須事項ですが、
その他に挙げた動線(カテゴリーやタグ、検索窓)は「欲しい情報への動線」となり得る。つまりユーザビリティーを考えたものなので「価値あるコンテンツ」の一部と言えるかもしれません。
ただし、訪問者が求めている情報そのものは「動線」ではありません。つまりブログサイトの場合、【記事だけが、必要とされる情報、すなわち価値あるコンテンツになり得る】ということになります。サイト訪問者にとっては「関連記事」でさえ、(結果的に本人にとって有益な情報だったとしても)言い切ってしまえば付加価値となるでしょう。
じゃあ記事を「価値あるコンテンツ」にするには、どんな工夫が必要になってくるんでしょう?それには大きく分けて3つの要素が挙げられそうです。
価値あるコンテンツに必要な三大要素
1. 情報の軸と相手がはっきりしている
これは「伝えたいことの軸がはっきりしているか」「伝える相手のイメージがはっきりしているか」ということ。楽曲でもそうですが、制作にあたって軸と方向がはっきりしていないと途中からブレてしまい、「アレ?こんな曲、自分しか喜ばないんじゃ?」なんてことになったりと、収集がつかなくなっていきます。
「ぜーんぶお任せしまーす」なんて依頼の時は特に、自ら制限を設けて軸を作ることもしばしば。それから届ける相手をイメージして世界観を決め、音色やグルーヴを組み立てて肉付けしていく。
ブログにおいてもほとんど同じではないでしょうか?「誰に何を伝えたいか」が重要になります。【伝えたい、必要最低限のことを軸に肉付けしていき、届ける相手のイメージも決めてしまう】、ということですね。
文章が上手な人の記事って、伝えたいことを軸に、簡潔にまとめられているように感じます。
と見よう見まねで真似しようとしても、今度は内容が薄っぺらくなって、説得力がなくなってしまう。逆に、どんどん思いつくまま書きなぐっても、文章に慣れないうちはやたらと書き込み詰め込み、冗長になってしまう傾向があるように感じます。(はい気をつけます)
本をたくさん読んだり、書く機会をたくさん作ることで少しずつ慣れていくのだと思いますが、【伝えたい、必要最低限のことを軸に肉付けしていき、届ける相手のイメージも決めてしまう】ことを頭の片隅においておくと、伝わりやすくなるのだと思います。
2. 伝わりやすい構成
コンテンツの内容によって都度、構成を考えることはとても大切です。(物語のようにグイグイと引っ張っていくのか?または結論を先に提示して読むメリットを示すのか?…etc)大規模な構成であれば、膨大な”伝えたい情報のカケラたち”をうまく整理することも必要になってくるでしょう。
参考記事
3. オリジナリティー(個性)
「オリジナリティー」「個性」という単語は非常によく聞くワードですね。かつその実態が掴みにくい。簡単に「オリジナリティーを出したい」と思っても…どうしたらいいんでしょうか?
創作をするにあたって、クリエイターは必ずオリジナリティー、つまり「自分らしさ」「自分が携わったと分かるような何か」のエッセンスを入れ込もうとします。自分の存在価値を見出すことに直結しているわけですから当然のことです。
先に挙げたように、あるひとつの情報における需要に対して、供給量はどんどん多くなっていく一方です。ブログ記事においても、自分なりのエッセンスを入れ込んでいくべきだと考えます。
さて、ここに挙げた三大要素の中で、最後のオリジナリティーを発揮することは誰もが悩むところだと思います。
そーなんですよね。私自身、「ジブン、超オリジナリティーに溢れてるんでー。困ってるんならどんと来いってカンジなんでー」なんて口が裂けても鼻が裂けても言えませんが…
いちクリエイターとして生かして頂いている中で、実践している「オリジナリティー捻出方法」を例に交えつつ、「オリジナリティー」の正体と、ブログ記事における「価値あるコンテンツ」を定義してみたいと思います。
ブログとはどんな媒体なのか?
少し話が逸れるようですが、まずブログ自体、どんな性質を持った媒体と言えるのでしょう。
。それは音楽を聴いても、映画を観ても本を読んでも実感します。一度で理解しきれないからこそ、何度も聴きたくなる、読みたくなる、という感覚があるように思えるのです。
聴き直すたびに、違った音に気づいたり、今まで気づかなかった細かい部分にハッとさせられた経験はありませんか?時には以前触れた時とは全く違った景色の中に放り込まれることさえあります。これはどんな芸術分野においてもよくあることですね。それはその作品の【】と表現できるでしょう。

音楽、演劇、絵画、映画、書籍…いずれの作品も、ある【テーマ】があった上で、様々な【表現】方法で【相手】に届け、響かせています。
一方ブログ記事はどうか。ブログと一言でいっても、様々な【テーマ】と千差万別の【表現】方法が存在します。つまり他の媒体と同じことが言えるのではないでしょうか。
つまりブログも、何かしらの【テーマ】を持ち、書き手の【表現】で【相手】に届ける媒体だと言えそうです。そしてさらに…そのコンテンツに【】を出せるかどうか、という余地も存在するように思えます。
大げさな表現に聞こえるかもしれませんが…個人的には、その可能性さえあると思えてならないのです。。どうやらこの辺りのことが、ブログ記事における「価値あるコンテンツ」を紐解くヒントとなりそうです。
例えばアイドルにとっては、何気ない日常の日記でさえ十分オリジナリティーに溢れ、訪問者にとって「価値あるコンテンツ」となっている。「ブランディングされている日記集」という観点で見ると「作品」とも言えます。じゃあアイドルではない私たちは?何が価値になるでしょう。
溢れる「作品」たちはそれぞれ違う
それは【経験から学んで納得した自分なりの見解、習得した感性】だと考えます。
自分と全く同じものを見て聞いて触ってきた人はいません。全く同じように楽しい経験、辛い経験、乗り越えた経験をしてきた人はいません。世の中のあらゆる【テーマ】(物事)において、全て同じように納得してきた人はいません。そして全く同じ【表現】ができる人なんていません。
子どもに宿題として出された夏休みの日記が、他の人と全く同じだったらコワいですよね。一字一句、描いた絵さえ全く同じページがひとつでもあったら…きっと先生は原因を追求しようとするはずです。
経験の浅い子どもたちでさえアウトプットするものはみんな違う。同じ【テーマ】の絵を描いてもみんな違う。私たちのブログに置き換えて考えてみましょう。これは結構スゴいことです。
全く同じ【テーマ】の情報を欲している人はたくさんいるのに、全く同じ【表現】をする人はいない。
つまり自分と向き合いさえすれば、誰でもオリジナリティーを入れ込むことが出来るということ。だから本当は生きてる限り、アウトプットするネタに困るなんてことも無いはず。極論のようですが、人間は「毎秒更新中」。【経験から学んで納得した自分なりの見解、習得した感性】は無意識ながらも絶賛「毎秒更新中」ということです。。
音楽もそうです。極端に前衛的なものを除けば、今までの世界に無かった全く新しいものを生み出しているように見えても、基本的には自分の「経験」からのフィルターを通して【表現】しているものです。自分が感動し、興味を持って聴いてきたもの、見てきたもの、体験してきたもの。
結果的に、元々脳内に描いていたものとは違う結果になることが多いのも面白い点です。「うまく再現できなかった」または「その過程での寄り道から派生して、結果的に満足のいく表現に落ち着く」。「ランダムな組み合わせから思いもよらなかったものを見出す」。過程やオトシドコロ、臨み方は様々であろうと、【】の根本はそこにあると感じます。そしてブログにおける【】にも、同じことが言えると思うのです。
オリジナリティーの正体
繰り返しになりますが、
の正体は、経験から学んで納得した自分なりの見解、習得した感性
だと言えます。
「みんなが言ってるから」「常識って言われてることだから」ではなく、都度自分で考えて、自分なりに納得した見解。その中で自然と身についている自分だけの感性。心がけ次第で、人の数だけ存在し得るものです。
だからこそ【テーマ】【相手】が例え同じであっても、【表現】に【】を入れ込むことができるわけですね。
そもそも自分なりの見解・感性なので、批評を気にしてアウトプットをためらう必要もありません。そして、向き合い続ければちゃんと育っていくのも【】(=個性・深み)の面白いところだと思います。
まとめ -定義-













