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GWが終わったのでアウシュビッツのことを書く

実体験から 考えたこと

今年の3月末にポーランドを旅行しまして、アウシュビッツを見学してきました。そのことを書こう書こうと思いつつ、この時期まで引き延ばしてしまいました。

なので、GWとは何の関係もないのですが、いまさらですが、忘れないうちにアウシュビッツの写真をたんたんと貼っていきたいと思います。

アウシュビッツとは

その前にアウシュビッツの説明を超簡単にしておきますと、正式名称は「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」。第二次世界大戦中、ナチスによって作られた絶滅収容所です。収容された90%がユダヤ人で、多くの人がここで亡くなりました(亡くなった人の数はちゃんと記録されていないため、諸説あります)。

第一・第二・第三収容所があり(第三収容所は現在はない)、第一・第二収容所は現在は保全されていて、見学施設になっています。1979年に世界遺産リストに登録されました。

アウシュビッツへの行き方

アウシュビッツポーランド第三の都市・クラクフの近郊にあります。日本からの直行便はないので乗り継ぎで。

クラクフからはバスで一時間くらいです。見学するには必ずツアーに申し込まなければならず、日本人のガイドさん(!)もいらっしゃるようでしたが、今回は英語のガイドに参加しました。

ここからは写真を貼っていきます。

ショッキングすぎる写真は、なんとなくネットに載せたくないと思ったのでやめました(すでにネットにはいっぱいあがってますが)。また、ここに載せるのはごく一部だけなので、詳しいことが知りたい方はぜひほかの資料も見てください。

 

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  第二収容所の入り口。収容される人は列車でここまで運ばれてきました。効率化のため、施設内まで線路が引き込まれています。

 

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収容者の輸送に使われた貨物車両。

 

この場所は、

 

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まさにこの写真と同じ場所です。ここでは、生死を分ける「選別」が行われました。収容所に到着した人はこの場所にまず並び、収容所行きか・ガス室行きかを決められました。写真奥が収容所、写真右がガス室へ続く道です。

 

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収容所はこんな感じで、

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かなり広いです。

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一方、ガス室へ向かう道はこのようになっていて(写真左側の道)、線路沿いをひたすら進んだ先の、木立のあたりにガス室があったそうです(ナチスによって証拠隠滅のため破壊されたので建物は残っていない)。

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ガス室へ続く道はひたすら長い道です。

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破壊されたガス室跡。

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続いて、第一収容所の入り口。この門は教科書などで見たことがある人も多いはずです。

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第一収容所の施設はこのように資料館になっていて、

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ガイドさんが説明してくれました。写真は、ヨーロッパのどういった場所からアウシュビッに人が移送されてきたかを示す図。

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ガス室でガスを発生させるために使われたチクロンBの空き缶。日本でいうところのキンチョールみたいな家庭用の殺虫剤です。(なお、第一収容所ではガス室が一つ残っており、見学可能でした。写真は載せませんが、ウっとなる異様な感じでした。)

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**

アウシュビッツに行って思ったこと

行く前は「自分はアウシュビッツを見ることに耐えられるだろうか」「心が崩壊するかも」「怖い」という気持ちがあったのですが、かつてこの世の地獄であったはずの場所は、実際に行ってみると驚くほど平穏な場所でした。

見学者は全体的にどんよりした雰囲気で見学しているけれど、いちゃいちゃしてるカップルもいるし(白い目で見られてましたが)、今自分が歩いている場所でかつてあれほどのことが起こっていたということがすごく奇妙でした。

大虐殺の歴史はユダヤ人による占領地カナンでの先住民虐殺や、中世ヨーロッパにおける魔女狩り、南米インディアンの虐殺、ロシア革命、広島・長崎への原爆投下、イスラエルによるパレスチナ人虐殺、ポル・ポト派による虐殺、文化大革命ルワンダ紛争における虐殺……など(思いつくままに挙げたので恣意的かつヌケモレあると思いますが)数えればきりがないほどあります。そういったものをどういうふうに感じ取ればいいのかは、すごく難しい問題だなあというのが正直なところです。

ただ、そういうものを知れば知るほど、私が感じるのは、圧倒的な時間の不可逆性です。それは、たとえばグーグルマップに私の死んだおじいちゃんが写ってたときのぎょっとする感じとか、「人がセックスしたことがあるベッドってちょっとやだ」「事故物件はこわい」「自分が昔住んでいた家を見ると変な感じがする」みたいなことに似ていて。

 過ぎてしまった時間は戻らないし、死者はどんどん遠くに行く。時間軸が違う人間は触れ合うことがない。逆にいえば、時間軸を無視して考えれば、今わたしが立っている場所には無数の人がいて無数の出来事がある。

「時間」というものはあまりにも圧倒的なので、すごく横暴で、それが救いでもあると感じました。時間によって隔たれたものに少しだけ触れる経験、それが私にとってアウシュビッツを歩くことでした。

 

おわり。