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12 埃かぶりなお嬢様
昨夜夜10時頃に、別の12話をあげましたが、大変不評であったため、作者判断で削除しました。
こちらが本当の12話になります。
今後、二度とこうしたことがないよう努力致します。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。
帰って最初にしたのは工場の拡張だった。
建物の面積を三百坪に。
外構を3メートルの巨大なコンクリート塀で覆う。
輸送用に高さ2メートル、横幅8メートルの巨大くぐり門扉と、人が通るための小さな扉をつけた。
何もない開けた場所に3メートルの塀が並ぶ光景は見た目にも迫力がある。
まるで刑務所か、自衛隊基地だ。
見た目だけでも、侵入者対策としてかなりの効果が期待できるだろう。
ってか、もう要塞か何かと化しつつあるな……。
工場好きとしては、外から中が見えないのは残念だったが、工場の安全を確保するためなので仕方ない。
工場を脅かす不届き者共がいけないのである。
ちくしょう。
その日は寮で大人しく過ごす。
翌日、早速俺は新しい工員を勧誘すべく街へ向かった。
カイルがつけてくれた警備役は、とにかく無口な人だった。
180センチ近い長身で細身。
どこかの民族衣装だろうか。白いバンダナを頭に巻いている。
マフラーのように首に巻いた布が、口元を越え、鼻の頭まで覆い隠していた。
二つの布の間で、切れ長の細い目がことさらに強調されて見える。
名前は、ルーと言うらしい。
「すぐ来てくれて助かりましたよ。少しでも早く新しい工員を確保したかったので」
「…………」
ルーはこくりとうなずく。
「その服ってルーさんの地元の服だったりするんですか?」
「…………」
ルーは首を振る。
「いやー、しかし今日暑いですね。そんなに着込んで暑くないですか?」
「…………」
ルーはこくりとうなずく。
会話続かねえ……。
というか会話じゃないしこれ。
ボール返ってこないもん。
キャッチボールじゃなくてストラックアウトだよ、これじゃ。
とはいえ、世の中には無口な人もいる。
そういう人に無理に会話を強要するのも酷な話だ。
二人で静かに同じ時間を共有するというのもなかなかいいものである。
考え方を変えて、静かな時間を楽しむことにした。
街に着く。早速第一村人発見。
「見つけたわよ、工藤幸平」
「やあ、リース。元気? 調子はどう?」
「朗らかに話しかけてるんじゃないわよ! わたしはあなたが嫌いなの! 敵なのよ、敵! わかったら相応の反応をしなさいよ!」
没落貴族にして埃かぶりお嬢のリースだった。
「いやいや、だって俺リースのこと全然嫌いじゃないし。むしろかわいそう、いや、応援したくなる感じっていうか」
「かわいそう……今、かわいそうって言ったわね」
リースは汚れまくりのドレスを震わせて身震いする。
「わたしは貴族なのよ! あなたみたいな雑種とは違うの! そこのところちゃんとわきまえて――」
「リースって今どこに住んでるの?」
「聞きなさいよ!」
顔を真っ赤にして言う。
反応がわかりやすくていいなぁ。
「家……そう、家よ。あなたたちは想像もつかないくらい大きな家」
怒りながらもちゃんと質問に答えてくれるあたりに育ちのよさが表れている。
「リリ家の資産は全部差し押さえられたって聞いたけど」
「……あるのよ」
「ほんとに?」
そっぽを向くリースを俺はじっと見つめた。
リースの頬が引きつる。
しばらく耐えた後、リースは遂に観念した。
「ああ、もう! 橋の下よ! 橋の下に住んでるの! 家ないのよ! 悪い? 言っとくけどね! 家なんてたいした問題じゃないの! 大切なのは家柄であり、人としての格なのよ! たとえ家がなかったところでわたしはあなたみたいな雑種よりもはるかに価値のある人間で――」
「ちゃんとご飯食べてる?」
「だから聞きなさいよっ!」
リースは腕を大きく振って言った。
お手本のように素晴らしいリアクションである。
「勿論食べてるわ。あなたたちじゃ想像もつかないようなおいしいものをね」
くー、と音が鳴った。
空腹を告げる音だ。
リースの方から。
リースは露骨に顔を逸らした。
「食べてないよね」
「……食べてるのよ」
「絶対食べてないよね」
「食べてないわよ! なに、悪い? わたしくらいの貴族になるとね! 食べなくても平気なのよ! 問題ないの! 人間として進化してるの! 次元が違うのよ、次元が!」
言ってることが無茶苦茶だった。
強がりもここまでくると立派な才能だと思う。
「リースさ。うちで働いてみない?」
「は? あなた、なに言って」
「うちなら住むところもあるし、食事だってちゃんと用意するよ。確か借金もあるんだよね。給料だってちゃんと払うからさ」
おいでよ、と言う。
リースは少しの間逡巡してから、ぷいと顔を背けた。
「そんなこと、できるわけないでしょう。わたしは誇り高き貴族なんだもの。平民のところでなんて働けないわ」
「埃まみれなのに?」
「うるさいわね! 人の価値は心で決まるのよ! わたしは心が貴族なの! えらいの!」
いいことを言っているようで全然言ってなかった。
心が貴族ってどういうことだろう?
ともあれ、こんな状況でもなお強がろうとする彼女の心は、確かに普通の人よりもすごいのかもしれない。
だからといってえらいわけじゃないけどさ。
少しして、リースは右斜め下を見ながらぼそりと言った。
「……でも、申し出はうれしかったわ。感謝する」
「え? なんて?」
「聞こえてるでしょう。言わないわよ」
ばれていた。
くそ、あと3回くらい言わせたかったのに。
「わたしは名誉あるリリ家の子女なんだから。これくらいの逆境でくじけていられないわ。それに、実はもう先約があるの。リリ家の土地が欲しいからって借金を肩代わりしてくれた人がいてね。これからその人のところで働いて、その人に借金を返すことになったの」
「そうなんだ。それは残念」
「わたしは残念じゃないけどね。あなたのところで働くなんて考えられないもの。死んだ方がマシよ、死んだ方がマシ」
リースはトゲ付きの言葉を投げる。
だけど、今度のそれにはいくらかの親密さが含まれている。
仲のいい友達同士のじゃれあいみたいに。
いや、もしかしたら俺が都合よく解釈してるだけかもしれないけどさ。
でも、そうだといいな、と思った。
手を振ってリースと別れた。
埃にまみれても、背筋をピンと張って道の真ん中を歩く背中を見送って、彼女の未来が幸せなものになるといいと思った。
一時間後、俺はカイルに呼ばれて彼の屋敷にいた。
「実はね。君の工場がある土地を買うにあたって、ちょっとおまけがついてきてね。できれば、この子を働かせてあげて欲しいんだけど」
「…………」
その子はカイルの隣で顔を信じられないという顔で俺を見ていた。
既視感のある汚れまくりのドレス姿。
「やあ、リース。一時間ぶり」
「一時間ぶりじゃないわよ! ああ、どうして! どうしてこんなことに!」
きれいに別れたはずのリースがそこにいた。
「これからよろしく」
「よろしくじゃないわよ! いや、よろしくでいいんだけど。でも、どうして! どうしてこうなっちゃうの! わたし何かした! ねえ、神様! 神様ってば!」
こうして、無事三人目の工員を手に入れた俺だった。
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