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第四話:魔物討伐実況
「さて、あったあった。実況用カメラ」
俺は、ヘルメット一体型カメラを棚の中から取り出す。
一度本気でユーチューバーになろうとしたときに買ったものだ。
これをつけると両手をあけたまま実況ができるし、音も拾える。
強力な手ブレ補正機能もついている逸品だ。
まあ、すぐに棚の肥やしになったけどな。
「教えてくれ、魔物は街道から外れた森の中に居るんだよな」
馬車の外に出てマユキに魔物についてのレクチャーを受けていた。
「そう。街道は定期的にお祈りをしながら、聖者たちが行進するから魔除けの効果がある。それをきらって魔物は近づかない。でも、一歩街道からはずれるといつ魔物と出会ってもおかしくない。このあたりに居るのはゴブリンとコボルド」
ごくりっ、生唾を飲んで、釘打機をもつ手に力が入った。
大丈夫、俺はやれる。
なんせ、剣と魔法の世界で銃ぐらいに強い武器をもっているんだ。負けるはずがない。
「マユキはいざっていうときは戦えるのか?」
「戦えはするけど、それは最後の手段。マユキはユウの使い魔になってる。マユキのレベルはユウと一緒。そして、マユキが敵を倒せばマユキに経験値が入ってしまう。だから、経験値が無駄になる。ユウが倒すのは好ましい」
「それは面倒だな」
最悪、ゲームみたいにパワーレベリングができるなら、マユキにひっぱってもらおうと思ったが、そうは問屋がおろさないみたいだ。
森の中に入る。
何かに見られているような気配、いやな緊張感が背筋に走る。
そろそろ始めるか。
スマホとカメラを操作して、実況をオンにした。
「みんな、聞こえているか。今から魔物討伐実況をはじめるぜ」
スマホを見ると、今まで見たことがないような人数が視聴を開始していた。
もうネットで俺のことは噂になっているようだ。
「もう、逃げられないな」
実況をすることにした、隠れた理由。
それは、逃げないようにするためだ。
正直、怖い。
魔物と戦う自分なんて想像できない。
だけど、これだけ大勢が見ている前で逃げるなんてできない。
奥歯を噛みしめる。
「マユキ、スマホを渡す。適当にオモシロそうなコメントがあれば読み上げてくれ」
「わかった。ユウ、死なないで」
「ああ、死ぬか。死んでたまるか」
そうして、俺は森の中を進んでいく。
歩いているなか、後ろから次々とマユキのコメントを読み上げる声が響いていく。
『この森に生い茂ってる広葉樹、たぶん新種だ。少なくとも日本では知られていない』
『バードウォッチマニアの俺だけど、何気なく飛んでいる鳥、そっちも新種』
『たとえ異世界じゃなくても、この場は未開の地であることは間違いないな』
面白いな、かなり知識のある人間が俺を見ている。
そう言えば、まだ試射をしていないことを思い出した。
「釘打機、ちゃんと動くかな?」
適当に近場にある大樹に釘打ち機を向けて、トリガーを引く。
パシュっと高圧ガス特有の音がして、俺が知っている釘よりも遥かに太い、どう見ても凶器としか思えない凶悪な釘が吐き出され深々と突き刺さった。
生唾を飲む。
確かに、こんなものを生き物がくらったらひとたまりもない。
人間の頭蓋骨すら貫くというのも納得だ。
次はトリガーを押しっぱなしにする。
ガッガッガッっと軽快な音を鳴らしながら、次々と釘が吐き出される。
想像以上の連射。まるでマシンガンだ。
いける、これなら戦える。
次に試すのは、大型ナイフ、マンチェッターだ。
黒い刀身の鉈。信じられないほど軽い。
それを振りかぶりに細い枝めがけて振り下ろす。
スパっと切れた。
さすが、最新技術で出来たカーボン合金。なんて切れ味、素晴らしい形状。そして500グラムちょっとという軽さ。これはアメリカ陸軍御用達というの納得できる。
こっちも、紛れも無い凶器。
たぶん、ドラクエの鋼の剣なんて比べ物にならない魔剣なんだろう。
『突然>>1が暴れはじめた件』
『>>1ご乱心』
『怖えええ、釘打機とか鉈とかネタかと思ったけど、まじで人ぐらいなら簡単に殺しそう』
『>>1の動きを見ておくんだ。ゾンビが街にあふれたときは、ホームセンターに逃げ込んで>>1の戦いをry』
俺の装備の強さは客観的に見てもすごいらしい。
開けた場所に出た。
すると、緑色の子鬼が居た。
目を凝らすと、不思議と脳内に相手の情報が浮かぶ。
どうやら、この世界では鑑定能力みたいなのがあるらしいだ
【ゴブリン:レベル1】
見たとおりのゴブリン。
「ついに、敵を見つけた。相手はゴブリンだ。こっちに気づいてない」
ゴブリンは、何かを夢中になって食べている。
目を凝らすと野犬の死骸だった。
『リアルモンスターキター』
『ちょっ、雑魚モンスターのくせに怖いんだけど』
『>>1の言葉が本当ならゴブリンさんか。初心者にはちょうどいいな』
『>>1死亡確定』
心臓がたかなる。
逃げたい。怖い、でも、倒したい。
あれを倒せれば何かが変わる気がする。
俺は、この世界で成り上がる。その第一歩だ。
雑魚モンスターぐらい倒せなくてなんだ。
木々に隠れながら忍び足で近づく。
真正面から戦うつもりなんてない。できれば気付かれないうちに背後から、釘打機で蜂の巣にしてやる。
ボキッ、あたりに乾いた音が響く。
俺は小枝を踏み抜いていた。
「ギャッ!?」
ゴブリンがこっちを見る。
身長は一メートルほどと小さく、体格も子供みたい。
なのに、目は獣のようにらんらんと輝き、大きな口からは鋭い牙が除き、よだれが糸を引いていた。その表情は凶悪。
「ギュアアアアア!!」
ゴブリンがこちらに向かって走ってくる。
手には、木で出来たこん棒。
距離は五メートルほど。
「うわぁああ、来るな、来るなぁぁぁあ」
俺は釘打機のトリガーを引く。
釘打機から吐き出された釘は、目標をそれあらぬ方向に飛ぶ。
そうか! 釘は空気抵抗を受けてまっすぐ飛ばないんだ。
こんな遠くじゃあてられない。
掲示板でミリオタ無職が言ってたじゃないか。射程はニメートルだって。
「ひぃぃ、来るなぁ、来るな、来るなぁ」
頭でわかっているのにトリガーを引く指が止まらない。
どんどんゴブリンが近づいてくる。
人生で初めて感じる殺意。
気がついたら、尻もちをついていた。
カチカチカチ、どくんどくんどくん。
トリガーの音と心臓の音がいやに大きく響く。
ゴブリンとの距離がニメートル。
もう、すぐそこだ。
「ギュア、ギャア」
奴が笑った気がした。
臆病な俺を笑ったんだ。
ふざけるな。
俺は、強い武器をもってる。俺がここに負けるわけがないんだ。
トリガーを弾く指が止まった。
適当じゃだめなんだ。
きちんと狙え、もうあたる距離。
狙うのはあいつの腹。多少狙いがぶれようがあたる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
目を見開いて、しっかりと狙いトリガーを引き絞る。
涙が流れていた。それでも俺はちゃんと狙った。だから当たるはずだ。
すると、吐き出された釘はゴブリンの腹に吸い込まれた。
「ギュッ!?」
ゴブリンがよろめく、釘を受けた場所がまるでポリゴンのように青い粒子を放ち歪む。
ゴブリンのHPバーがあいつの頭上に表示され、急激に減っていく。
たった、一発の釘打機で九割近く削った。
まるで、ゲームだ。
「あたる、あたる、あたるんだ!」
急に怖さが薄れた。
そして、もう一発トリガーを引く。
放たれた釘は、ゴブリンの腹に吸い込まれて、そしてゴブリンは青い粒子になって消えた。
その瞬間、暖かな何かが俺の中に溢れてくる。
そうか、これが経験値を得るという感覚か。
感覚でわかる。あと一回同じ経験値が入ればレベルがあがる。
「はは、やったやった、俺は、俺は勝ったぞ!」
叫ぶ、腹の外から。
笑ってみせる。
すると、マユキが再びコメントを読み上げ始めた。
『殉職されたゴブリン軍曹に敬礼!!』
『この世界はゲームみたいだな』
『倒すと光になるんだな。グロにならなくて良かった』
『これ最新ゲームじゃね?』
『さすがにこのクオリティのCGは今の技術じゃ無理』
『本当にゲームなら>>1の演技力がヤバ過ぎる件』
『>>1の目は死を覚悟した仔ウサギ』
『だよなー、完全におもらししてるレベル』
『まあ、何はともあれ勝利おめでとう!』
俺は顔を赤らめる。
もっと余裕で勝つつもりだったのに、かなり苦戦してしまった。
だけど、ちゃんと買ったんだ。
「マユキ、ゴブリンが消えた後に綺麗な宝石とこん棒が落ちているんだけど」
「宝石は魔石、いろいろと用途があって街に行けば売れるから拾っておくことを勧める。こん棒は運が良かった。ドロップアイテム。たまに魔物は倒されたとき、自分の武器や素材を残す」
「本当にゲームみたいだな」
「むしろ、ゲームのほうがこの世界を模してるの……ううん、なんでもない」
俺はいそいそと魔石を拾い、こん棒を確認する。
こん棒を注視すると、情報が出てきた。
アイテム名:ゴブリンのこんぼう
武器種別:槌
重量:2キロ
攻撃力:+7
耐久値:34
まあ、こんなものだろう。
たぶん、レベル1の冒険者の装備はこれぐらいだな。
もしかして、amozonで買った俺の武器も見れるのか?
試しにマンチェッターを見てみる。
アイテム名:オンタリオ 18” ミリタリーマチェット 18
武器種別:剣
重量:590グラム
攻撃力:+98
耐久値:1250
すげええ、地球の技術すげえぇぇええええ
超軽量で、アホみたいな攻撃力で耐久値がこん棒の八〇倍。
さすが、最新カーボン合金。
伝説の魔剣クラスじゃねえか。
なら、釘打機のほうはどうかな
アイテム名:HILTI ヒルティ GX120 ガス式 鋲打機 ネイルガン
武器種別:弓
重量:3.8キロ
攻撃力:+294
耐久力:483
「はあああ、何だこの頭のおかしい攻撃力!」
「すごい、マユキ驚いた。攻撃力のマイナス補正が大きい遊び人のレベル1でゴブリン相手にファンブルして一撃でほぼ致命傷なんておかしいと思った」
「ファンブルって?」
「一定確率で起きるカス当たり、ダメージ判定が五分の一になる」
「ってことは、もし普通にあたってれば」
「一発で仕留められていた」
「ふはは、ふははは、やれる、やれるぞ、マユキ!」
もう、完全に吹っ切れた。
ゴブリンが一撃で仕留められるだって。
つまり、ゴブリンは狩り放題ってことだ。
「いくぞ、マユキ、次々にゴブリンを狩ってパワーレベリングだ」
「うん、ユウが強くなるのはマユキも嬉しい。マユキは戦えないけどサポートはできる。キツネの耳と鼻はいい。ゴブリンを見つける手伝いをする」
「任せた、さあ、どんどん魔物を狩りにいくぞ!」
そうして、俺とマユキは意気揚々と森の探索を始めた。
『調子に乗るなよ>>1』
『これはいい死亡フラグですね』
『慢心した新兵に明日はない』
『>>1が事故死するのに三百万ジンバブエドル』
完全に天狗になっていたが、マユキが読み上げたひどいコメントでなんとか平常心を取り戻した。
さあ、どんどん狩ってレベルを上げていこう。
+注意+
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