「社内にあなたの仕事はありません。社外で探して下さい」
上司から退職勧奨を受けた林由香さん(仮名、52)は、2月末にアクアを退社した。アクアは元三洋電機の白モノ家電事業で、2012年にパナソニックが中国ハイアールへ売却した企業だ。2014年にハイアールアクアセールス→ハイアールアジア、16年1月にハイアールアジア→アクアへ社名変更した。
林さんは家電の工業デザイナーとして一筋30年の大ベテランだ。同じ職場で勤務を続けてきたが、その間に勤め先は三洋電機からパナソニック、ハイアールへと変わって行った。
「過去2年間はコスト削減ばかり」
「会社は黒字化したと言っているが、過去2年間はコスト削減ばかりだった」と林さんは憤る。同時期に辞めていったのは30人弱で、その中の1人だった竹内達也さん(仮名、52)も旧三洋社員。「昨年春にR&Dから総務部への異動を命じられた。その後に総務をアウトソースすることを告げられた」という。
年明けには退職勧奨を受け、その後に「改善部署」へ異動となった。不思議なネーミングの部署は「京都改善部署」「熊谷改善部署」と拠点ごとに設けられており、退職勧奨を受けた人の異動先となっていた。4月末にも10人が辞める予定という。ハイアール日本法人に問い合わせると「定年退職や自己都合で辞める人はいるが、リストラの事実はない」と否定している。
週刊東洋経済は4月25日(月)発売号で『理系社員サバイバル白書』を特集。東芝、シャープ、ソニーなどリストラに揺れる大手電機メーカーの技術者の独白や、生き残る技術者の条件を紹介。さらに技術への変化対応や社内での処世術のほか、地盤沈下が叫ばれる大学の研究力にもフォーカスした。
アクアに異変が起きたのは2年前。中国本社の方針で、日本法人の社長交代が行われた。外資系企業をわたり歩いた“プロ経営者”の伊藤嘉明氏が就任し、「パフォーマンスカルチャー」を掲げて構造改革に乗り出した。
まず行われたのが組織改革で、部長や課長など複数に分かれていた階層を簡略化。その上で、管理職に相当するマネージャー職を大量に増やしていった。旧三洋時代は、部門の推薦を受けてから試験やプレゼンテーションなどを重ね、1年がかりで管理職としての資質があるかを見極めていた。
しかし「昨年から推薦ではなく、自己申告できるようになった。中途入社ですぐ課長になる人もいた」(竹内さん)。熊谷事業所で14人程度だった管理職は、またたく間に50人規模へ膨らんでいった。ただし管理職になっても給与水準は変わらず、残業代はつかない。「過去2年間で、年収は下がり続けた」と竹内さんと林さんは口をそろえる。
2015年12月期の売上高は「増えていない」
ハイアールの日本法人は、2014年12月期に黒字化を果たしている。売上高は前期比2%増の355億円、営業利益は2億6000万円となったが、これは円安効果とコスト削減による効果が大きい。一方で為替差損が膨らんだことで経常利益は4億円の赤字に沈み、特別利益として中国本社から供出される「ブランド費用」の36億円を計上して最終黒字を保っている状態だ。アクアの直近2015年12月期の売上高は非公表だが、「増えていない」と会社側は説明する。純利益は1億4800万円と何とか黒字を確保している。
アクアは昨年、斬新なコンセプトの新商品を発表した。社内では昨年春から、人気キャラクターを採用した新商品や、中身の見えるスケルトン洗濯機や液晶パネルを搭載した冷蔵庫などの開発が進められてきた。新製品で既存商品の落ち込みをカバーできれば問題ないが、現実は思い通りにならなかった。「新コンセプトの商品は、1~2年かけて育てていく」と会社側は説明する。
経営方針をめぐり、経営陣に意見を述べる旧三洋の幹部達は次々と辞めていった。「過去2年を振り返ると、旧三洋社員のうち2割は辞めている。しかもR&Dトップなどキーマンばかりが抜け、技術のわかる人がいなくなった」(竹内さん)。今回の早期退職の対象者も、旧三洋の辞めた幹部と近い人が多く含まれていた。ただし会社全体の社員数は変わらない。中途採用や契約社員を増やしていることに加え、プロ経営者が他社から連れてきた幹部層がいるからだ。
そして今年4月、アクアではトップ交代が行われた。伊藤氏との2年契約が満了となり、中国本社は更新を見送った。「双方の話し合いの結果」と会社側は説明するが、中国本社にも日本法人の評判は伝わっていたようだ。後任には、3年前まで日本法人の社長だった杜鏡国氏が復帰した。「会社が買収されるということは、潰れたも同然のこと。何をされても文句は言えない」と林さんはため息をつく。今年に入りハイアールは米ゼネラル・エレクトリックの白モノ家電事業を54億ドル(約6000億円)で買収し、その対応に追われている。
今年に入りシャープは台湾・鴻海精密工業の傘下となり、東芝は白モノ家電事業を中国・美的集団へ売却している。日本で培った技術力を広げるチャンスになるのか、それとも経営方針に振り回されて縮小均衡に陥るのか。外資系傘下となり、目の前には茨の道が待ち受けていることだけは間違いない。