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第一話:無人島の古代遺跡
大海原の上空を行くレイオス王子の魔導船団。前方に迫る巨大な雲の塊は嵐の予兆か。望遠鏡で周囲を見張っていた航海士が、島の発見を告げる。
「この先に丁度いい大きさの島が見えます! あそこなら何とか間に合うかも」
現在、船団は魔導船の一隻が心臓部である魔導機関に深刻なトラブルを抱えており、修理の為に着陸出来る島が無いかと探していたのだ。
「全く厄介な事だ。コウが居なければ危なかった」
「下手をすれば、この大海原に墜落して全滅でしたな」
レイオス王子の呟きに、ガウィークが同意する。先日、立ち寄った無人島で忍び込んだと思われる小動物が、船倉の固定ロープを噛み切って荷崩れを引き起こした。
捕獲した一匹にコウが憑依して情報を読み取り、船内に忍び込んでいる残りの小動物もどうにか捕獲出来たのだが、その内の一匹が魔導機関の制御室に入り込んでいた。
ただの小動物だったなら然したる問題もなかったのだが、この密航小動物、実は『魔喰種』という魔力を糧にする種の動物だった。
害獣が畑の作物を食い荒らしてしまうかのごとく、この魔喰種の小動物が魔導機関の魔力を喰い乱した事で、魔導船は制御不能に陥ったのだ。
幸いにもトラブルが出たのは三隻の内の一隻だけだったので、残りの二隻で曳航していたのだが、間の悪い事に天候が悪化し始めていた。
雷や暴風雨を伴う嵐雲には魔力溜まりがあって、魔導製品全般にも誤作動などの悪影響を及ぼす。魔導機関が不安定で上昇にも時間が掛かる現状では、雲の上に退避して嵐をやり過ごすという方法は危険と判断された。
そもそも不安定な魔導機関で高高度を飛ぶのは無理がある。そんな訳で、嵐に呑まれる前に降りられそうな島を見つけられたのは幸いであった。
「かなり風が強くなってきたな、魔導艇と衝突しないよう向きに注意しろ」
「平地を見つけて着陸します」
浜辺から距離のある場所に平地を探して、緊急着陸態勢に入る。既に暴風の圏内に入ったらしく、船体が強風で煽られる。
曳航している魔導艇は本船や魔導艇同士でぶつからないよう、縦長の陣形に切り替えて後に続いていた。
そうして魔導船を丈夫な岩の近くに着陸させ、ロープなどで固定して係留する。雨風から護る為にシートを被せたりと、嵐をやり過ごしつつ魔導機関の修理を行う態勢を整えていく。
そんな魔導船のマストでは、強風に煽られたコウが旗のようにひらひらしていた。やがて雷鳴と共に雨も降って来る。
「すごい風だー」
「コウちゃーん、だいじょうぶ〜?」
甲板の出入り口のドアにしがみ付いているカレンが呼び掛ける。それに答えようとしたコウは、うっかり手を滑らせてしまった。
「ぁぁあめがふってきたよぉぉ――」
ドップラー効果を残しながら、コウが飛ばされていく。
「コウちゃーーん」
そのまま背の高い木々が茂る密林地帯へ消えて行った。しばらくしたら、複合体に乗り換えたコウが戻って来た。
「コウちゃん、おかえり」
「ヴァヴァウヴァー、ヴォッヴァヴァヴォヴァ ”ただいまー、向こうに洞穴があったよ"」
レイオス達本隊が魔導船係留の補強をしながら魔導機関を調べている間、ガウィーク隊が付近の探索に出て安全確認が図られる。
二手に分かれたガウィーク隊は、マンデル副長が率いる一隊が周辺の森を探索。もう一隊はコウが見つけた洞穴を調べに向かった。コウは魔導船が曳航して来た魔導艇を岩陰に運んだり、固定する仕事があるので探索には出ない。
それからしばらく経った頃、探索隊が魔導船の係留現場に帰還した。それぞれ探索結果が報告される。
「洞穴はかなり朽ちていたが、人の住んでいた痕跡があった」
ガウィークによれば、そんなに深い洞穴では無く、危険な動物等も棲み着いていないので、拠点に使えそうだという。
一方、マンデル達は崖の上から遠くに建造物らしき影を見つけたらしい。もしかしたら島の先住民がいるのかもしれないとの事だ。
「魔導船の修理にはしばらく掛かる。嵐が過ぎるまではここで足止めだな」
「まあ、大事にならなくて幸いでしたな」
魔導船の修理と嵐をやり過ごす為、数日島に滞在する事になった。その間、コウが見つけた洞穴を拠点として使う。
魔導船団の皆が手分けして荷物運びなどの作業に入っている間、コウは単独でマンデル達が見たという建築物の確認に向かう。
先住民が居たとして、友好的な存在であれば問題ないが、危険な存在だった場合を考えると、早めに情報を掴んでおいた方が先手を打って対処出来るというレイオスの聡明な判断であった。
「ヴァーヴァヴァヴォヴォ "じゃー行ってくるね"」
「ああ、頼んだ」
「コウちゃん、きをつけてねー」
通常であれば、こんな嵐の中で動くのは危険な行為だが、コウならその辺り平気だ。
雷鳴轟く嵐の中、密林を掻き分けて進む複合体コウ。この暴風雨の中では、虫に憑依して進むのは無理がある。伝書鳥のぴぃちゃんも吹き飛ばされてしまうので、洞穴で留守番をしている。
集落でも見つければ、雨風の影響を受け難い場所を探して虫にでも憑依し、様子を探るつもりであった。
やがてマンデル達が建物の影を見たという地点にやって来たコウは、そこから遠くの景色に目を凝らす。
(あれかな?)
望遠鏡のように視点を寄せられるコウは、白い靄の向うに人工の建物を発見した。このまま崖を滑り降りて直進する事も出来るのだが、人の足で往来出来るルートも見つけておかなければならないので迂回路を探す。
洞穴周辺からこの辺りまでに道らしい道は無く、洞穴に痕跡を残した人達はあの建物の付近まで足を運んでいなかった可能性が出てきた。あの建物の付近に人が住んでいるかどうかも、まだ分からないが。
ほとんど森を切り開くような形で道無き道を突き進み、崖の下を流れる小さな沢に辿り着いた。川幅はそれほど広くはないが、この暴風雨で流れは急だ。
「ヴァヴァーーヴ "じゃーんぷ"」
複合体のブーストならぬ『ボースト効果』を使って急流を飛び越え、反対側の岸に渡ったコウは、そのまま建物を目指して進んでいく。やがて開けた場所に出た。
そこには、遠くから見えた件の建物がそびえ立っていた。近くで見ると、その建物は古代遺跡を流用したものらしい。半壊した遺跡に木枠を組んで、積み石などで補強してある。
入り口らしき場所には丈夫そうな金属の扉。建物の周りをぐるりと回って危険物が無いか調べる。所々に垣根のような囲いの跡があると思ったが、よく見ると木の柵に蔦が絡まり、葉が生い茂って垣根っぽくなっているようだ。
補強された部分も随分と古い物らしく、ほとんど朽ちている。
(一応、中も見ておこうかな)
扉は固く閉ざされている――というより、さび付いてしまっているようだ。それだけでも、もう長い間ここには人が訪れていない事が窺える。
ガンッ
と扉をノックすると、扉は金属の重々しい音を立てて倒れた。
『開いた』
――それは開いたと表現していいのか――
『あ、キョウヤおはよー』
――おはよう、何かトラブってるみたいだな――
コウは京矢に、今現在の状況をかいつまんで説明する。無人島で魔導船の修理をしながら、嵐をやり過ごしている最中であると。
冒険飛行に出てからのコウと京矢は、以前ほど頻繁に交信はしていない。
活動する場所が遠く、環境も違い過ぎるという理由もあるが、心の奥で互いに相手の状態を感じているので、共通の目的を持って動いていた時ほど小まめなやり取りが必要無いからだ。
なので現在は京矢側から暇な時にツッコミが来たり、気晴らしに雑談の話し相手としての交信がほとんどであった。
複合体の巨体をかがませ、とりあえず建物の中に入るコウ。
ガランとした埃っぽい広い空間が広がり、奥には等間隔で大きな円柱が並んでいる。元は立派な作りだったのであろう、壊れた椅子やテーブルらしき残骸もちらほら転がっている。
左の壁際に見える長テーブルは、ホテルなどの受付カウンターっぽく、京矢がエントランスみたいだなと感想を述べる。
コウも地球世界に遊びに行った時に見た、旅館の一階ホールに似ていると感じていた。
フラキウル大陸を始め、こちらの世界に点在している古代遺跡は、地球世界の現代科学文明のような、高度な魔導文明を築いていた事が分かっている。
――そこも案外、古代のホテルみたいな施設なのかもしれないな――
『それで正解っぽい』
――マジか、何かそれらしい物でも見つけたのか?――
『うん、ここの看板に書いてあるよ』
コウが見つけた壁に飾られた大きな看板。どうやらこれは案内板で、この施設にやって来たお客さんに対する歓迎の言葉が綴られているらしい。
『"ようこそ、楽園の島へ"だって』
――あれ? お前、古代文明の文字とか読めたっけ?――
『博士やティルマークさんが翻訳してるところを思い出したら、読めるようになった』
――ああ、そういや記憶に直結してるんだから、そのまま知識として使えるんだったな――
一度見たり聞いたものは忘れない上に、相手の思念から直接その情報を得ているので、それらの記憶情報は自分の知識として直ぐに扱える。
『世界の全てがウィキペディアか』などとツッコむ京矢なのであった。
その後、しばらくこのフロアを探索して地下へと続く階段も見つけた。少し探索してから洞穴拠点へ引き上げようと、魔導槌を装備して階段を下りる。
フラキウル大陸に点在するダンジョンのような、邪悪な魔力が満ちているような雰囲気は無い。
『なんか王都のダンジョンに似てる気がする』
――ああー、そういやあそこも古代の地下街でしたってオチだったよな――
ここは古代のリゾートホテルのような宿泊施設の遺跡なのだから、雰囲気が似ていても不思議は無いと、京矢が納得している。
その時、コウは不意に小さな気配を感じてそちらに視線を向けた。廊下の隅辺りに何かが居る。虫か、ネズミのような小動物でも棲みついているのだろうかと目を凝らす。
子供の手の平くらいの大きさで、少し細長い楕円形。光沢のある平らな体躯に長い二本の触覚。少々大きくてゴツイ姿だが、紛う事なきゴキブリであった。
――でたーー!――
『でたー』
京矢のノリにノリで返していたコウは、遭遇したゴキブリが半透明になっている事に気付いた。昆虫や海の生物などでよく見られる『擬態能力』とも少し違う。
よくよく観察してみると、そのゴキブリ達は身体に周囲の景色を映して、疑似的に透明になっているようだ。コウは自分に警戒心を向ける存在の思考や感情を感知するので見つけられた。
――ステルス能力かよ、スゲーな――
『隠れる事に特化したんだね』
ステルス迷彩のゴキブリが隊列を組んで離脱して行く。『何か妙な進化してるな』という京矢のツッコミを聞きながら、コウはもうしばらく周囲を探索してから洞穴拠点に戻ったのだった。

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