2/18
ダイジェスト版2
武闘会の参加に向けてガウィーク隊の皆と連携訓練をするなど準備が進められる中、コウは何時ものように複合体の機能実験を行いにアンダギー博士の研究所までやって来た。
「ヴォヴォーウヴォオ」"ハカセー来たよー"
「あらコウ。博士は今ちょっと外出してるのよ、もう少し待ってね」
今日は複合体に備わっている予備機能実験を行なうという事で、博士は実験場となる場所まで交渉に行っているらしい。
暫らく待っていると広場の研究所前まで馬車で乗り付けた博士が帰って来た。
「おおっ 来ておったかコウ。早速じゃが街へ出るぞい、サータも準備は出来ておるな?」
「はい、博士」
大きな鞄を抱えて小走りに出て来たサータが博士の隣に乗り込むと、馬車はゆっくり走り出す。
「少々目立つかもしれんが夜間の並走性能実験に丁度良いわい、宣伝も兼ねて隣を付いて来てくれるかの」
「ヴォウウ」"はーい"
馬を脅かさないよう、コウは馬車の車体より少し後方を並走する。石畳を叩く蹄鉄と車輪の音にゴーレムの足音が混じり響く。
城下街へと下りて来たコウ達は、夜間でもまだ少し人通りの多い王都の中央通りを若干の注目も浴びつつ駆け抜けて行った。
そうして辿り着いた先は、「胡蝶の館」と呼ばれる国家公認の娼館であった。ここで働く娼婦達は"蝶婦"と呼ばれ、皆ランクに応じて色分けされた衣装を制服のように纏っている。
馬車を降りたアンダギー博士はサータ助手を伴って館の裏手へと歩き出し、コウも後に続いた。
「今日の実験は複合体の生殖器官がちゃんと機能するか否かを見るのじゃ」
「肉体を持ったあなたに性的欲求が生まれるかどうかも、観察の対象になるわ」
「ヴォオオ……」『性的欲求……』
「まあ、器官と言っても普通に管がくっついとるだけで、排泄その他の機能までは無いがの」
とにかく特殊な素材で組上げた擬似生命体なので、色々な要素を実験出来るよう様々な機能を搭載したらしい。
館の裏手に回ると、大きな搬入口の前でシンプルな銀色のドレスを纏った壮齢の女性が、長いキセルを手に口元から煙を漂わせながら立っていた。
彼女は胡蝶の館を取り仕切る女主人で、皆からはマダム・サリーナと呼ばれている。
「待たせたな、部屋の準備は出来ておるか?」
「フゥー――そいつかい? 生きたゴーレムってのは」
「身体は複合ゴーレムじゃが中身はれっきとした人間じゃよ、名はコウじゃ」
「ふぅん――ちとデカイね……」
ゆったりとした仕草でコウを観察するサリーナは『本当にモノは大丈夫なのか』『万が一の時は身元引き受け人になってくれるのか』など、博士に色々と確認している。
「はぁ、まったく……あの娘も幾ら報酬がいいからって、こんな仕事引き受けるこたぁ無いのにねぇ」
気が進まなさそうな様子で煙と共にそんな呟きを吐き出したサリーナは、ぼ~っと突っ立っているコウにちょいちょいと指で呼び寄せる合図を送りつつ館の中へと入っていく。
「よし、いくぞコウよ」
「まずは全身の洗浄からですね」
「ヴォウウ」"はーい"
博士達に連れられて実験室となる部屋にやって来たコウは、そこで実験の協力者に名乗り出た一人の少女と出会った。コウはその少女を見た瞬間、違和感を覚えた。
グランダールに住む人々とは明らかに違う彫りの浅い顔立ち。人種的な違いを感じるその容貌に、コウは親しみのような印象を受ける。
「この娘が今回の実験に協力してくれる蝶婦見習いの――えー、なんじゃったかの?」
「沙耶華です、皆からは沙耶って呼ばれてます」
「ヴォヴォーウ……ヴォウ?」"こんばんはー……んん?"
黒髪の少女と挨拶を交わし、彼女の名前を聞いたコウは、その響きにも親しみのような既視感にも似た違和感を懐く。なんだろう? と首を傾げているコウに、とりあえず台座へ上がるよう指示を出した博士は実験の準備を始めた。
実験といっても、行為に至るまでと最中に、複合体内を巡る魔力の流れを観測して記録するだけという内容だが、ここで記録した測定情報は後々の召喚獣開発の糧となる。
台座上で様々な魔導機器と繋がれたコウは、同じく台座の上で準備を進める沙耶華を観察する。その時、マダム・サリーナに「大丈夫です」と微笑み掛けた沙耶華が、小さく何事か呟いた。
「ええい、ここで怯んでどうするわたしっ ファイトだ!」
それを聞いたコウは、一瞬混乱した。
『あれ? 今のって……』
コウはこの世界の人々が使う言葉をまだ完全には理解していない。相手の言葉に乗った思考を読み取る事で意志の疎通を図っており、言葉は殆ど声という音として聞いているのだ。
所が、今の沙耶華の呟きには、紡がれた言葉から直接意味を理解したような感覚があった。
「ヴォオ、ウヴォヴォウ?」"今の、なんて言ったの?"
「え?」
胸元に光の文字を浮かび上がらせながら問い掛けてみるも、沙耶華は文字の読み書きが拙いらしく、内容を読み取れない様子で戸惑うように小首を傾げた。
「ええと、困ったなぁ……わたしこっちの文字はまだよく分からないんだけど……」
先程の呟きと同じく、沙耶華がこの世界の言葉とは明らかに違う響きを持つ言葉を口にすると、コウはその内容をそのまま理解する事が出来た。同時に、欠けた記憶から"異世界の文字"が浮かび上がる。
コウは、実感は薄くとも"知っている"と確信出来る異世界の文字で話し掛けてみた。すると、沙耶華はその文字にはっきりとした反応を見せた。
「日本語!? それ、ひらがな……うそっ あなた日本語が分かるの?」
"あ、やっぱりこのもじでつうじるんだね"
その言葉は日本語と言うモノらしい。
聞けば、沙耶華は一年ほど前にこちらの世界へ来たそうだ。元の世界で旅客機の墜落事故に合い、気がつくとこの王都トルトリュスにあるダンジョンの中に居たのだという。
「あなた日本の事知ってるの? あれ、でもゴーレムって魔法で作られた擬似生命体だって……」
"ボク、きおくがあいまいなんだ。でもたぶん、サヤカのいうばしょにいたんだとおもう"
コウは自分が意識だけの状態で目覚めた事などを掻い摘んで話すと、沙耶華と違って身体は失くしてしまったが、沙耶華と同じ境遇である可能性を示した。
「コウや、こりゃ一体どうなっとるんじゃ?」
"えっとねー"
突然聞きなれない異国の言葉で喋る沙耶華と、見慣れない異国の文字を浮かべるコウが会話を始めた事に対して、博士が状況の説明を求める。コウが沙耶華と自分は異世界からやって来た存在であるらしい事を伝えると、博士は実験の中止を告げて異世界の事をもっと聞き出すよう促した。
「同時通訳は面倒じゃろうから、後で書類に纏めて提出してくれんかの?」
"はーい"
王都のダンジョンで目覚めた沙耶華は白いクラゲのようなモンスターに追われていた所を、訓練中だった騎士団に保護されたという。当初は言葉も通じなかった事から随分と苦労をしたようだ。
異世界から来たという話も、そういう事情から正確に伝わっていなかったらしい。
保護観察中で取り調べを受けていた頃は、「ダンジョンで発見された謎の美?少女」という触れ込みを聞きつけたこの国の第一王子、冒険大好き人間な「レイオス王子」に興味を持たれ、気に入られたりするなど、またそれが原因で王宮周りの騒動に巻き込まれたりもした。
色々あって遭難者扱いで王都民に受け入れられた沙耶華だったが、身寄りも無く、言葉は片言で読み書きも満足に出来ない状態では真っ当な仕事に就ける筈もない。
仕方なく、生きて行く為に若い健康な女性なら誰でも働ける職場として「胡蝶の館」に就職する事になったのだという。件の王子様は今でも時々会いに来るらしい。
「王宮群のお屋敷に住まわせて貰ってた事もあったんだけどね。あんな騒ぎはもう懲り懲りよ」
"そっかー"
コウが沙耶華からそんな事情を聞き出している間、アンダギー博士とマダム・サリーナの間では沙耶華の身元引き受けの話が着々と進められていた。
「さっきの話、本気なんだろうね? ちゃんと面倒見れるのかい?」
「案ずるな、これでも養子の一人や二人普通に育てた経験もあるわい」
クワッカカカカと笑う博士は、サータ助手と胡蝶の館お抱え治癒術士を立会人としてマダム・サリーナが用意した書類にサインを入れた。
"蝶婦見習いサヤカ"の身元を引き受けるという保証誓約書。これにより、沙耶華の身元はアンダギー博士によって保証され、その身柄は博士の下へと預けられる事が決まった。
「さて、サヤ嬢や。ワシがお主を引き受ける事になったでな、明日からはワシの研究所に住まうが良い」
「えっ! い、いつのまに……」
"ハカセはいいヒトだよー"
沙耶華にとって身元引き受けの話は寝耳に水で、懐かしい故郷の言葉に触れて感傷にふける間もない突然の展開に戸惑う。だが、マダム・サリーナが許可したのであれば逆らえない。
これは胡蝶の館に入るときの契約なのだ。身元引き受けを申し出る者が現れた場合、館主が見定めてその可否を決める。
「いや~しかし思わぬ所で面白い研究対象が見つかったのう、クワッカカカカ」
「か、解剖とかされないよね……?」
"だいじょうぶだよー、たぶん"
「絶対って言ってーーっ」
コウを通じて異世界人である事が伝えられた沙耶華は、今後は博士の下で研究所の御手伝いと研究対象になりながら、元の世界に還る方法を探す。
見た目もちょっと不気味なアンダギー博士に恐々としながらも、沙耶華は私物の整理とお世話になった館の人達へお別れの挨拶に回っている。コウが沙耶華とのお話を纏めてサータ助手に提出すると、今日はこれでお疲れ様という事でそのまま解散となった。
『さて、まだみんな集まってるだろうから、顔出しにいこうかな。ボクも隊のメンバーだもんねっ』
胡蝶の館を後にしたコウは、適当な路地にいる猫に憑依すると、複合体を片付けてガウィーク隊の集まっている酒場を目指した。武闘会の予選が近いので毎晩作戦や情報の分析などが行なわれており、コウもグループ戦参加メンバーとして連係の打ち合わせ等に意見を出すのだ。
「コウちゃんのえっちぃ~」
今日の実験は中止になった事と、胡蝶の館でとある少女に出会った事を話したコウは、何故かカレンに指でつんつんされてしまうのだった。
◇ ◇ ◇
武闘会の開催日が迫る今日この頃。
「それでね、その人って本当は王女様なんだって」
"へー、いろいろあるんだねー"
コウはガウィーク隊の参加メンバーとして連携訓練を行ったり、博士の研究所で複合体の性能実験に協力したり、また実験準備の間には博士の研究所に住み込んで働くようになった沙耶華とお話ししたりという割と充実した日々を送っていた。
博士曰く、同郷の者同士で他愛無い会話を続けていれば、何かの拍子にコウの欠けた記憶が蘇えるかもしれないので、どんどん話しなさいとの事。
沙耶華がこの世界に来てから出会った人達や経験した事などを話していると、ふいに来訪者を告げる鐘が鳴った。
ごてごてした外装の研究所も出入り口の扉だけはシンプルな作りになっており、開閉によって小さな鐘が鳴る仕掛けが施されている。あまり頻繁に開け閉めするとカンカン喧しい事になる。
ノックもそこそこに開かれた扉から研究所に入って来たのは、少年のようなあどけなさも残す精悍な顔立ちに、豪華で細かい刺繍が入った煌びやかな服装を纏った青年男性だった。
「まさか博士に引き取られるとはな……枯れた老人がお前の好みなのか?」
彼は沙耶華の姿を見つけると開口一番、そう言い放った。
「気付いたら何時の間にか話が決まってたんです、人を老い専みたいに言わないで下さい」
「わしゃまだ現役じゃぞ」
沙耶華は何時ものように応対し、部屋の奥で計測器を調整している博士が抗議する。
青年の名はレイオス。グランダール国王レオゼオスと、王妃エリシュオーネとの間に生まれた第一王子その人であった。レイオスは博士の抗議を聞き流しつつ沙耶華と向かい合っている複合体を見上げると、値踏みするような視線を向ける。
「これが噂の新型ゴーレムか、中身が人間というのは本当か?」
"こんにちはー"
「なるほど、文字で意思の疎通をするわけか。面白いな」
「サヤちゃんと同郷の人らしいんですよ?」
サータ助手が王子にお茶など出しつつ複合体の中にいるコウについて説明する。
沙耶華が性交実験の被験者に名乗りを上げた事で、この世界とは異なる文明を持つ別世界が存在しているらしい事など、中々に貴重な事実が幾つか明らかになったと。
「性交実験……?」
「ええ、この複合体には生殖器が備わっていますから、その機能実験を行いに――」
「なにっ コレとやったのか!」
出されたお茶に口を付けながらサータの話に耳を傾けていたレイオスは、思わず沙耶華に詰め寄る。
「コレじゃなくてコウちゃん。実験は中止になったからしてませんっ」
少し顔を赤らめた沙耶華がきっぱり言い切ると、レイオスは『そうか』と安堵の表情を見せた。彼は沙耶華が胡蝶の館を出た事に関して、博士の身元引き受けを評価していた。
やはり働いている場所が場所だけに、いつ他の男を客として――と考えると、気が気ではなかったようだ。
レイオス王子も交え、最近の王都を話題に互いの近況などを語り合う。言葉に乗った思考から相手の内心を読み取るコウは、そこに悪意や害意を感じられず、レイオス王子の事を良い人っぽいと認識した。武闘会にはレイオス王子の率いる冒険者集団「金色の剣竜隊」も出場するらしい。
王子の沙耶華に対する気持ちも『興味がある』程度ではなく『何時も一緒に居たい』といった感じで、沙耶華に本気の好意を懐いている事が分かる。
一方の沙耶華は、王子様の気まぐれで面倒な貴族令嬢達に睨まれるのも迷惑だという具合に、レイオスが本気で自分を好いてるとは思っていない。
コウはレイオス王子と沙耶華の内面から、二人の心が微妙な見解の相違によって、大きくすれ違っている事を読み取った。
『教えてあげた方がいいのかなぁ……でもなぁ』
アリスの一件から無闇に他者の心の中を伝えたりしない方が良いという教訓を得たコウは、そういった行為を自重している。
そんな事を考えている内に実験の準備が整ったらしく、博士に呼ばれたコウは複合体の性能実験を行いに研究所前の広場へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
武闘会の予選前日。いつものようにアンダギー博士の研究所を訪れたコウは、明日からの武闘会出場で暫らく実験の協力に来られない旨を伝えた。既にその事を承知している博士は、頑張ってこいと励ます。
「しっかり活躍してワシの名声に貢献するのじゃ。どれ、一つ餞別をやろう」
こっちゃ来いと研究所の奥にある屋内実験室に呼ばれたコウは、そこで複数の束ねられた管が突き出る箱型の物体を与えられた。
「ヴォヴォウ?」"これは?"
「サヤ嬢の異世界に関する証言からイメージを得て作った武器じゃ、持って行くがええ」
博士が異世界の情報を元に作ったという魔導兵器。箱状の物体を抱えたコウは、何となく知っているモノであるような気がした。欠けた記憶が反応するような感覚。長めのベルトが付いており、これを肩に掛けて腰撓めに構えながら使うモノらしい。結構重い。
「新しく開発した魔導器で火炎玉を精製して、前方の管から順次射出する仕組みなんじゃがの、ちーとばかし反動が酷くてのう」
沙耶華に示されたアイデアを基に改良を重ねて製作された内燃魔導器を複数搭載し、複数の管からそれぞれ連続で火炎玉を射出する武器だ。威力もインパクトも十分だが、最終的に酷い反動だけは残ってしまったそうだ。
「台座に固定しての屋内実験しかしておらんが、品質は保証するぞい。一応試し撃ちはして行くがよい」
「とても狙いなんて付けられないから、味方の居る方向に使っては駄目よ?」
「ヴォウウ」"はーい"
コウは博士とサータの注意事項に返答すると、早速試し撃ち用の的に向けて何発か撃ってみた。すると確かに、一発火炎玉が発射される度にかなりの反動があり、それが連続するので普通の人間が扱うには些か無理がある。だが、複合体でなら問題ない。
これはガウィーク達も知らない博士からの贈り物。皆との連係訓練は一応昨日までで終えてしまっているので、使用する際にはよく状況を見定めなくてはならない。
『そうだ、ガウィーク達の言ってたボクだけの"隠し玉"にしよう』
そうしようそうしようと『いい事を思い付いた』といった雰囲気で内燃魔導兵器を異次元倉庫に仕舞うコウなのであった。
◇ ◇ ◇
隔日で行われる武闘会の試合。予選を無難に勝ち抜いたガウィーク隊のメンバーは次の試合に向けて身体を休め、コウは研究所で複合体の機能に異常が出ていないか、各部の検査を受けていた。
"まだうまくたちまわれなくて、ちょっとオロオロしちゃったよ"
「そう? コウちゃん、結構活躍してたと思うけど」
沙耶華も試合を観戦していたらしく、検査中はコウの話し相手になっている。研究所での御手伝い作業にもすっかり慣れたようだ。と、そこへ来客を告げる鐘が鳴り、何時かのようにレイオス王子がやって来た。沙耶華はお茶の用意をしにそそくさと席を外す。
「コウは検査中か」
「ヴォウウ」"こんにちはー"
レイオスも昨日の試合は見ていたそうで、まだ実力を見せていないであろうガウィーク隊と、隊の中では新参者であるコウ自身の働きについて話題を振る。
「まだ戦い慣れていないように感じたが、あんな動きをすればその身体に相当な負荷が掛かったのではないか?」
"念の為に検査してるけど、大丈夫みたい"
「複合体は特別製じゃからの、あの程度の動きでそうそうガタなぞでんわい。クワッカカカカ」
検査で複合体の疲労度などを調べている博士は、自信満々にそう言って笑う。実際、複合体の状態は極めて正常且つ良好で、何処にも異常は見つからなかった。次の試合でも複合体の高性能を見せ付けてやるのじゃーと高笑いしている博士に、レイオスは先ほど入手したばかりの情報を伝える。
「本戦でガウィーク隊と当たる相手が、ヴァロウ隊に変わったようだぞ」
「なぬ? 小僧達の相手は確か、西方から来たどこぞの冒険者集団ではなかったか?」
"今朝みんなで集まった時、ヴァロウ隊と当たらなくて助かったって言ってたよ?"
「その冒険者グループが罰金を払って棄権した。本戦開始前だったから承認されたそうだ」
急遽対戦表の組み換えが行なわれ、予選で敗退したグループの中から本選復帰希望者を抽選で繰り上げる事になったそうだ。ヴァロウ隊の対戦相手には同格であるガウィーク隊が当てられ、ヴァロウ隊と対戦する予定だったグループはその繰り上がり本選出場グループとの対戦が決まった。
これは明らかに格下となる繰り上がり出場のグループをガウィーク隊に当てる事は、他のグループに対して公平性に欠けるという理由からの組み合わせらしい。ガウィーク隊が魔物の討伐を中心に活動する集団であるのに対して、ヴァロウ隊は盗賊団などの対人寄りな戦闘集団である。
「順当に勝ち残れば、決勝では俺達と当たる事になるな」
レイオスは含みを持たせた言い回しでコウの反応を窺う。しかし、コウは作戦が変わるなら早く皆の所に戻って話し合いをしなければとそわそわしている。
「コウちゃん聞いてないみたいですね」
「……」
お茶を持って来た沙耶華がそう言ってカップをテーブルの上に置いた。どうやらコウは功名心や対抗心、闘争心といった感情があまり強くはないらしい。
複合体の観察からそんな傾向を感じ得たレイオスは、とりあえずソファーに身を沈めながら沙耶華を膝に引っ張り込んで癒される事にした。
「ちょっ わたしまだお仕事が」
「お前はいつも働いているな」
少し荒れていないか? と、沙耶華の手を取ったレイオスは唇など押し当ててみたりするのだった。
◇ ◇ ◇
本戦一日目。昨日、対ヴァロウ隊の作戦を話し合ったガウィーク隊は、概ね全力で戦う事になるだろうと試合の流れに推測を立てると、それぞれが受け持つ役割を定めた。中でも人外扱いとなるコウの存在は、対人戦闘が中心のヴァロウ隊に対して有利な要素となり得る。
そうして始まった注目の一戦は、双方共に相手の出方を探り合う静かな立ち上がりから始まり、ヴァロウ隊が仕掛けた「影術士」という特殊な職種の隊員によるガウィーク隊後衛への奇襲攻撃が、コウの魔力を視認する能力によって見破られてから一気に激しい総力戦へと展開。
殆ど互角ながら、コウの意表を突く攻撃でペースを掴んだガウィーク隊が、どうにか押し込んで競り勝った。
「手強かった……」
「実戦だったらどうなっていたか分からんな」
大の字に倒れてゼイゼイ言っているヴァロウの周りにヴァロウ隊のメンバーが集まり、彼等の直ぐ傍で座り込んでいるガウィーク達もやれやれと一息吐きながら呼吸を整える。
カレンが砂塗れになっているコウをハンカチでパタパタと掃っていた。試合後の余韻に浸る時間を同じ場所で共に過ごした両グループは、やがて其々の控え室へと引き上げていく。
「またな、ガウィーク隊。戦場に出るなら一緒にやろうぜ」
「ああ、国家の紛争に絡む時は是非友軍で居たいね」
互いの実力を認め合った両者は、そう声を掛け合って試合場を後にするのだった。
そして翌日。研究所で検査を受けたコウは、昨日の試合を話題に沙耶華と雑談を楽しんでいた。博士は今、魔導兵器に新しい機能を取り付ける為、奥の研究室に篭っている。
"きのうのひとはつよかったよー"
「コウちゃん、苦戦してたねー」
その内にお昼を知らせる鐘が鳴り響いたので、沙耶華は昼食の準備に取り掛かる。
"きょうはれいおすおうじこないね?"
「レイオス様? そういえばそうね」
最近はいつも朝の内に顔を出していたのだが、今日は現れない。明日の決勝を戦う事になるガウィーク隊員のコウと、試合前に顔を合わせないよう配慮しているのかもしれない等と、魔導兵器の調整が終わった事を知らせに来たサータ助手が、レイオス王子の事を推察してみせた。
"明日はレイオス王子の所と対戦か~"
「強いわよ? 王子の"金色の剣竜隊"は」
「殆ど試合開始した直後に終わっちゃってますよね」
「あれだけ装備も人材も一流で固めておればのう、クワッカカカカ」
持てる力を余す事無く使っているので、常勝できて当たり前じゃと博士は笑う。
派手好きな博士はレイオス王子の妥協も自重もしない圧倒的な力を存分に振るう最強部隊な戦いっぷりは結構気に入っているようだ。
"勝てるかな~?"
「わはは、流石に小僧達だけでは無理じゃろ」
「腕はガウィークさんの方がレイオス王子より少し上でしょうけどね」
博士もサータも、ガウィーク隊が勝てる見込みは限りなくゼロに近いとの認識を示した。
金色の剣竜隊は中心的なメンバーにグランダール正規軍の騎士や宮廷魔術士が所属しており、基本的な組織力からして一般の冒険者グループとは比べ物にならない。装備も超一流のモノばかりで、全員が高価な魔法の装備品で身を固めている。沙耶華がその異常さを語る。
「一応レイオス様の試合も全部みたけど、殆ど反則って感じだったよ?」
"そんなにすごいのかー"
ちなみに、レイオス王子の愛剣は魔法剣"風断ち"。これはガウィークの持つ"風斬り"の上位にあたる魔法剣で、真空を纏って空気の抵抗を受けず振るう事が出来る他、風系の魔術などを打ち消す効果がある。得物の相性からしてもガウィークには分が悪い。
「まあワシ的にはお主にも活躍して貰いたいところじゃがのう、あまり無理せず程々に暴れて観客共を沸かせてやるがええ」
博士はそう言って、新たな機能を取り付けた魔導兵器の使い方をレクチャーするのだった。
◇ ◇ ◇
武闘会決勝戦の日。すっかり通い慣れた闘技場内の戦士の控え室にて、試合前に最後のミーティングを行なっているガウィーク隊の出場メンバー。
隊長ガウィーク、副長マンデル、射手カレン、攻撃術士レフ、そして複合体コウの五人。
「今日の相手はレイオス王子だ。昨日も話した通り、この試合に作戦は無い」
「ハッキリ言ってあの隊相手に有効な対抗策なんて無いに等しいからな。従って、速攻を仕掛けた後は各自の判断に任せる」
本大会で金色の剣竜隊と戦ったグループは、何れも相手に一太刀すら浴びせる事無く敗退している。確認されている攻撃パターンはまず攻撃術士より複数同時に放たれる火炎弾に、剣士が放つ魔法剣の光弾。この遠距離攻撃に合わせて突撃する闘士の攻撃と、戦士の援護。大体これで片が付く。
隊長のレイオス王子と、その傍に付き従う副隊長の重戦士は殆どその場から動いた事は無いが、金色の剣竜隊を纏める二人の実力は隊内でナンバー1とナンバー2である事は知られている。
「持てる力を全て出し切っても大丈夫な相手だ。皆、怪我をしない程度に全力で行こう」
レイオス王子達を怯ませるくらいの勢いを見せてやろうと締め括り、ガウィーク達は試合場へと控え室を後にした。
決勝戦は大方の予想通り、始まって直ぐガウィーク隊がほぼ壊滅状態にまで追い込まれた。
唯一、金色の剣竜隊の高価な装備品とタメを張れる程の特殊な存在である複合体のコウが、その丈夫さ故に倒れず、一人踏ん張っている。
当のコウは、「金色の剣竜隊には勝てない」とガウィーク隊の皆ですら言ってはいたが、それはもっと激しい戦いを経て、結果的に力及ばずになるのであろうと思っていたので、ここまであっさりメンバーが倒されてしまうとは予想外であった。
せめて相手チームの一人くらいはやっつけようと、斥候の戦士や闘士を相手に挑んでみるものの、コウの攻撃は悉く躱され、往なされ、全く歯が立たなかった。
「ヴォウオォ……」『う~、当たらない……』
もどかしいような何とも言えないやきもきした気持ちに呻くコウ。その時、コウの後方に倒れているカレンが、闘士にやられた脇腹を押さえて蹲ったまま、囁くように声を掛けた。
「コウちゃん……ムリしちゃだめだよ?」
苦しそうにしながらもコウを気遣うカレン。少し離れた場所には杖を握ったままのレフが仰向けに横たわり、現在対峙している戦士の向こう側にはガウィークやマンデル。
其々離れた場所で倒れている仲間の姿をみて、コウの気持ちにもやもやが沸く。
『なんか悔しい』
コウは"悔しい気持ち"を深く感じ、理解した。そして『このまま負けられない』と、何か良い手は無いか考え始める。
一方で、レイオス達「金色の剣竜隊」も、かなり強烈な攻撃を浴びているにもかかわらず一向に倒れる気配の無い丈夫過ぎる複合体を相手に、どう攻め落とそうかと相談し合っていた。
「全壊でなければアンダギー博士が修理できる筈だし、大丈夫だろう」
「では、右足の一本でも壊しておきますか」
部位破壊によって仕留める方針に定めた金色の剣竜隊は、レイオスと副隊長の重戦士を残して剣士、闘士、戦士、攻撃術士による一斉攻撃に出た。
中距離から光弾を放つ剣士と、接近戦で攻守に優れた戦士、途切れる事無く連続攻撃を繰り出す闘士に包囲され、時折包囲の外から攻撃術士による複数の火炎弾が飛来する。
『このままじゃダメだ』
コウは両手に握った戦斧と鉄槌を振り回して耐えつつ、打開策を模索していた。エルメール達やガウィーク達からも教わった冒険者の心得、基本を思い出し、回りをよく見て冷静に考える。
そうして自分なりの作戦を立てたコウは、目晦ましの魔術を放って包囲から逃れると、博士に貰った魔導兵器をここぞとばかりに活用した。
そこから、この一方的だった試合の流れが変わり始めた。コウが踏ん張っている間にレフが仲間の遠隔治療を行っており、絶妙のタイミングで戦闘に復帰。一気に反撃に出たのだ。
たちまち乱戦となると、双方共に討ち取り合いで次々と倒れていく。そうして気が付けば複合体とレイオスの一騎打ちという状況になっていた。
「お前がここまでやれるとは予想外だった」
満身創痍なコウと、"風断ち"を構えるレイオスが対峙する。
――全身ボロボロの巨人と勇ましい王子の対峙する構図というクライマックスに沸く観客。
もう素早い動きが出来ないほど身体にダメージの影響が出ているコウは、僅かな動作で効果的な攻撃を繰り出す方法を考え、閃いた。
『よーし、イチかバチかだ』
コウは最後の一撃に賭けるべく、謎のポーズを繰り出した。
◇ ◇ ◇
武闘会の決勝戦が行なわれた翌日。試合で深いダメージを負った複合体は自己修復機能の実証実験も兼ねて修復過程を研究観察する為、暫らくアンダギー博士の研究所に預けられる事になった。
「おはようございます博士。朝ご飯の支度、出来てますよ」
「おおう、もうそんな時間か」
「ヴォウウァウ」"おはようーサヤカ"
朝食の時間を告げられて一息ついた博士は、流石にこの老体で徹夜は堪えると腰やら肩やらをコキコキ鳴らしている。コウは眠る必要がないので平気のようだ。
「昨日からずっと観察してたんですか?」
「うむ。回復速度が早いからの、目を離す暇も無かったのじゃよ」
内部の修復状況は観察し終えたので、今後は表面の装甲皮膚がどの程度まで回復できるのか調べるのだと説明しつつ、博士は食事を取りに研究室を後にした。
「コウちゃんは大丈夫?」
「ヴォウヴォヴァウウ」"もうほとんどなおっちゃってるよ"
観測装置に繋がれて実験用の台に横たわる複合体には、所々に激しい戦いの傷痕が残っているが、小さい傷は殆ど消えてしまっているようだ。装甲皮膚を貫く程の傷を受けた場所にだけ、その痕跡が確認出来る。
「そっか……コウちゃん、昨日は凄かったね」
「ヴォゥウ」"えへへー"
昨日の試合の最後の戦い、コウは自身の賭けに勝ち、ガウィーク隊は武闘会で優勝を果たした。
コウの状態に安堵した沙耶華は暫らく武闘会やガウィーク隊の事を話題にコウと雑談を楽しんだ後、出掛ける準備があるからと言って研究室を後にする。
「ヴォアアウ?」"どこかいくの?"
「うん、ちょっとレイオス様の所にね」
落ち込んでいるかもしれないので慰めに行くのだという。沙耶華はレイオスから王宮群区画に出入りできる許可を与えられており、レイオスが何処にいるかも大体分かるという。
「じゃあ行ってくるね」
「ヴァアヴォウウ」"いってらっしゃーい"
お昼頃。伝書鳥を肩に乗せたカレンが研究所にやって来たので、コウは伝書鳥に憑依して複合体を離れた。ガウィーク隊は武闘会の賞金で皆の装備を一新する事にしたらしく、それぞれ注文の品が完成するまで王都でのんびり休暇を過ごすのだそうな。
「あたしの弓もあたらしくするんだよー」
「ぴゅーい」"そうなんだー"
時々王都のダンジョンにも下りる予定なので、コウも任意で参加すると良いというガウィーク隊長の伝言を受け取ったコウは、久し振りにダンジョンのモンスターに憑依するのもいいかなーなどと考えてみたりするのだった。
この日の夕刻、博士に呼ばれていたコウが伝書鳥姿で研究所を訪れると、沙耶華とサータが夕飯の準備を進めていた。
「おう、来ておったのかコウ」
つまみ食いに現れた博士に促され、研究室へと向かう。研究室の机の上には、丁度先程仕上がったという魔導具の一つ「召喚石」が置いてあった。所謂「召喚獣」を呼び出す為の触媒だ。
「使い方を教えるでな、よく見ておくのじゃ」
博士が召喚石に魔力を流し込むと、触媒として調整された召喚石に刻み込まれている召喚獣の姿が形作られていく。通常、召喚獣用の触媒には呪術による擬似人格の付与を行なうため、相応に質の良い素材が求められる。
「まあ、元々片手間で研究しておったものなんじゃが、お主の身体に丁度良いのではないかと思ってのう」
やがて召喚石を核として現れる、年の頃は12歳くらいの外観を持った黒髪の少年。魔力で構成されて人の形を成す少年型召喚獣であった。コウは以前、複合体の性交実験で胡蝶の館を訪れた時に知った、戦闘目的以外の用途に使われる召喚獣の事を思い出す。
「作るだけ作ってみたんじゃが、どうじゃ? 憑依できるかの?」
「ぴゅいぴゅり」"やってみます"
沙耶華の容姿も参考にしてある為か異国人風の顔立ちで、静かに佇む少年型召喚獣の首裏に"穴"を確認したコウは、伝書鳥を肩に留まらせて憑依を試みた。
人間に憑依を試した時は上手くいかなかったが、この少年は人間の姿をした擬似生命体の召喚獣なので、意外とすんなり身体に入る事が出来た。ぼーっとしていた少年の瞳に生気が宿る。
通常、召喚獣は稼働時間が短いという問題があるが、この少年型はコウが憑依して動かす事を前提に作られており、形態の維持に特化させてあるので長く姿を保つ事が出来る。
コウ自身が維持に必要な魔力を集められるので魔力補助の触媒も必要なく、稼働時間の問題はそれで解決済みだ。
既に複合体を冒険者として登録しているので複合体が本体、こっちが仮の姿という少々奇妙な事になってしまっているが、普段は少年型召喚獣で過ごし、イザという時は召喚を解除しつつ複合体を取り出して憑依するというスタイルが確立出来る。
傍目からは少年がゴーレムに変身したかのように見られるかもしれない。
「ハカセありがとー」
「うむうむ。早速サータやサヤ嬢に見せびらかしてやるのじゃ」
ちなみにこの少年型召喚獣の外観は、研究の進んでいる女性型召喚獣で最も人気の高いモデルの召喚石を改良したモノだ。衣服も召喚獣の身体の一部なので、魔力の接続を切り替えれば脱着や着替えが可能。
現在登録されているのは少年用の街服と貴族服。あと、元が女性型召喚獣だった名残で女物のドレスが一着混じっている。博士曰く、書き換えるのが面倒だったので放置したそうな。
召喚獣の身体を手に入れたコウは、言葉を使ってのお話も出来るようになったと喜んだのだった。
◇ ◇ ◇
コウが少年型召喚獣の身体を手に入れてから数日。ガウィーク隊の中でもマスコット的な存在になりつつあるコウは、今日も博士の研究所にやって来る。
研究所に入ると、サータが何やら荷物を纏めていた。何時もの白衣ではなく、余所行きっぽいドレス風な服を着ている。普段より静かな研究所内。博士は研究棟の方に呼ばれていて留守のようだ。
幾つか正式採用される発明品の中に異世界の知識を参考にしたモノがあるので、その関係で沙耶華も一緒に出掛けているらしい。
「サータもおでかけ?」
「ええ、王宮に用事があるのだけど、あなたも来る?」
サータはそう言って荷物を押し込んだ鞄を抱える。王宮群に興味があったコウは、喜んで付いて行く事にした。
王城を中心に大きな屋敷が幾つも連なり、それらが繋がって一つの街のように巨大な屋敷群を形成した、八層からなる王宮群。サータがお仕事で顧客と交渉している間、王宮群上層に広がる屋内庭園を散歩していたコウは、そこで第三王子ロゼスや、第二王子スアロの妹姫、第一王女エルローゼと出会い、それぞれお話する機会を得た。
ロゼス王子は二人の兄王子と違って、支持者同士が権力闘争を繰り広げる派閥を持つでもなく、政争に加わるでもなく、窓際王子として日々平穏に暮らしているようだ。
だが、コウは以前レイオス王子の内面から読み取ったロゼス王子の情報に「実は切れ者である」という情報があった事を思い出した。
彼はコウの事を見た目通りの子供ではないと見抜いているらしく、スアロ王子とレイオス王子の対立の噂について訊ねるコウに、色々と王宮内の込み入った裏事情などを教えてくれた。
兄王子の二人が噂にあるような対立をしている様子は無いが、それぞれの支持者は表裏で結構激しくやり合っているらしい。最近はまた動きが活発化しているようだとロゼスは語る。
「これから少し騒がしくなるかもしれないね」
「また来るといいよ」と、今後もこの庭園にあるロゼス王子の「秘密の憩い場」を訪れる許可を貰ったコウは、王宮群の廊下までの帰り際、エルローゼ王女と鉢合わせた。
「あら、あなたさっきの……」
先程サータと一緒に廊下を歩いている時に遭遇して挨拶した時は、彼女から沙耶華やレイオス王子の事を聞きたがっている心情が読み取れた。
エルローゼは密かにレイオス王子に想いを募らせており、兄スアロ王子の事を気にしつつも、レイオス王子の事や、彼が入れ込んでいる沙耶華についてなど色々と知りたがっているようだった。
コウは研究所での二人の様子や、実は少し気持ちにすれ違いが見られる事などを教えてあげた。
「あなた、レイオス様の気持ちが分かるの?」
「なんとなく」
そう答えるコウに、エルローゼは同性である事や、子供だからこその素直な気持ちで相手の空気を感じ取っているのかもしれないと納得する。大体の内容を話し終え、コウと連れ立って廊下まで戻ったエルローゼは、侍女や護衛の騎士達の前でコウに言った。
「あなたの事が気に入ったわ。これから時々王宮に来て話し相手をしなさい」
これにより、コウは姫様公認で王宮群の上層区まで出入りが自由になった。仕事を終えたサータと合流して研究所までの帰り道、コウは王宮群に二人も新しく話し相手が出来たと上機嫌であった。
◇ ◇ ◇
王都での活動範囲を王宮群の上層にまで広げたコウは、早朝はカレンと弓の練習。手取り足取りべったりで教えてくれるカレンと練習を始めると、近くでダイドもマッスルなトレーニングを始める。それをリーパやディス達がにやにや眺めるという光景が展開される。
その後、研究所に出向いて沙耶華とお話をしたり、博士の創作意欲を刺激したりして昼までを過ごす。博士は先日魔術研究棟に呼ばれた件で、異世界の武器の概念を取り込んだ新しい魔導製品の研究に取り組んでいる。コウの魔導兵器にも逐一反映されるので、地味にバージョンアップを重ねていた。
昼頃からは王宮群上層の中庭にある秘密の憩い場でロゼスと難しいお話をしたり、隔日で第三層の中庭に下りて来るエルローゼとも会話を楽しんでいる。
「そう、あの博士は今そんな研究をしているのね」
「きのうも騎士の人たちがきていろいろ話してたよ」
当初レイオスの事ばかり訊ねていたエルローゼは、沙耶華の事や研究所での出来事などを聞くうち、徐々に博士の発明研究にも関心を向けるようになり、レイオス絡みで冒険者の活動に関しても興味を示し始めていた。
夕刻まで王宮群に滞在し、夜はレフと魔術の勉強をして過ごす。そして皆が寝静まる深夜から明け方に掛けて、コウは一人街の外へ出ると、以前ガウィーク隊の皆と訓練をした外壁裏の空き地で攻撃魔術の練習をしたりするのだ。コウの王都での生活は概ねこんな感じであった。
その日、何時ものように研究所にやって来たコウは、複合体の検査が全て終わったと聞いて引き取る事にした。装甲皮膚の細かい傷もすっかり消えている。
今日はガウィーク隊が若手メンバーを育成する目的で王都のダンジョンに下りる予定だったので、コウも参加してパーティー戦を経験しながら複合体の調子を確かめた。
王都のダンジョンは他のダンジョンと違って集合意識が存在せず、現れるモンスターも変異体や魔獣の類ではなく、殆どが実験で作られた魔法生物だった。
奇妙なモンスター群の中には、特に変り種で「ボー」と呼ばれる白いクラゲのようなモノもいた。攻撃性は無く、餌を与えると治癒の粉を撒いて周囲の者を無差別に癒す不思議なモンスター。王都のダンジョンにしか生息していないモンスターは、ボーを含めて魔法生物全般が憑依不可であった。
『もしかしたら、生き物じゃないのかもしれないなぁ』
ガウィーク達とのダンジョン探索を終えたコウは、複合体を片付けて少年型に憑依すると、王宮群の上層に向かう。少し晩くなってしまったが、今日はエルローゼが下りて来る日なので、一応顔を出しにいくのだ。
王宮群の入り口にやって来ると、何時もの門番が声を掛けてくれる。ほぼ毎日通っているので、沙耶華と顔見知りでもある彼にもすっかり馴染みの少年になっていた。
「よう、今日は遅かったな」
「みんなとダンジョンに行ってたんだ」
「へぇ~そいつは頼もしいな」
はっはっはと笑う門番は、実は少年コウが召喚獣で複合ゴーレムの中身と同一の存在であるという事を知らない。彼に限らず、王宮群で少年コウを見知っている使用人や侍女達、衛兵の中でもコウの正体を知る者は少なかった。
わざわざ触れて回る必要もなく、コウの事を知っているレイオスやロゼスも、会うのは研究所やら秘密の憩い場などあまり人目に付かない閉じた場所なので、会話の内容から知られたりという事も無い。
博士がその場の思い付きで身体を作って与えた事も、正しい情報が広まらない原因になっている。見た目や子供っぽい振る舞いが「只の子供だろう」という認識を生んでおり、それは思わぬ「諜報の目」も欺いていた。
第三層の中庭を目指してトテテと廊下を駆け抜けるコウ。時折擦れ違う使用人達は、エルローゼ王女に呼ばれている何時もの少年かと微笑ましげな様子でそれを見送る。普段と変わりない、最近の王宮群で見られる穏やかな光景。
ようやくエルローゼとお話をする中庭に到着したコウは、いつもの場所へと踏み入った。エルローゼがコウとの会話を他の人に聞かれたくないという事で、周囲を木と草に囲まれ、傍に小川も流れる花々に囲まれたベンチを密会? の場所にしている。
「あ、いた」
「あ、来た……遅いわよ! いつまで待たせるつもりなのっ」
ベンチの前でうろうろと歩き回っていたエルローゼはコウを見つけるとぱっと顔を綻ばせたが、直ぐ不機嫌な顔に戻った。が、これは何時もの事なのでコウは気にせずお話に入る。
「きょうはダンジョンに行ってたんだよ」
「ダンジョン? どうしてまたそんな危険な場所に……?」
コウが複合体やガウィーク隊の事を説明しようとしたその時、ざくざくと地面を歩く足音が近付いて来た。その方向を振り返ると、フードを目深に被った黒いローブ姿の男が立っている。
「……? 何者です、ここは暫らく立ち入りを禁じているわ。直ぐに去りなさい」
「――ふっ」
エルローゼが立ち去るよう言い付けると、男はニヤリと笑みを浮かべて手に握った何かを翳す。コウはそれが"召喚石"だと気付いた。魔力を流し込まれた召喚石が発光しながらその中に刻まれる召喚獣の姿を形作る。
やがて発光が治まると、そこには槍のような鋭い角を額に持つ一角狼型召喚獣の姿があった。
「!? 刺客……っ」
「いかにも」
さっと青褪めて後退るエルローゼに一角狼を嗾ける黒いローブの刺客。低い態勢から飛び出した一角狼はエルローゼ目掛けて突進する。コウは咄嗟にエルローゼの前に飛び出して彼女を庇った。一角狼の角が身体に突き刺さり、そのまま持ち上げられて脇の草むらへと放り投げられる。
「コウ!」
エルローゼの悲鳴のような声が響く。身体に深い損傷を受けて少年型召喚獣の動きが一時的に鈍ったが、博士の調整によって形態維持に特化しているこの身体はダメージで召喚が解除される事もなく、直ぐに活動機能が回復した。身体に空いた穴もそのままに、エルローゼを護るべく草むらから飛び出したコウは、彼女に飛びかかっていた一角狼の横面に体当たりした。
狙いが逸れた一角狼はベンチの背もたれを貫いてしまい、引き抜こうともがいている。
「なんだ、このガキ……」
コウの存在に異常さを感じ取ったのか、黒いローブの男は少し怯んだ様子で一歩退く。
「コウ! 無理しちゃダメッ あなた刺されたのよ!?」
「だいじょうぶ、さがってて」
コウは頭上に伸ばした腕の先からなるべく高い位置まで精神体を抜け出すと、召喚獣の実体化を解除。この時、身体を構成していた大量の魔力が一気に四散する影響で眩しい光が放たれた。エルローゼやローブの男も思わず閃光から顔を背ける。
そして異次元倉庫から取り出した複合体に憑依したコウは臨戦態勢を取った。ズシンという重い響きと共に閃光の中から現れたゴーレムの巨体に、エルローゼもローブの男も驚愕を露にする。
この後、一角狼型召喚獣を撃退したコウは、念の為、複合体のままエルローゼの傍につき、駆けつけた騎士達に残された召喚石を引き渡した。黒いローブの男は逃げてしまったが、エルローゼに怪我が無くてよかったと、コウは一先ず安堵した。
王宮群の上層で起きたこの事件により、第一王子が第二王子の妹姫を狙って警告か? という噂が真しやかに囁かれる中、王子達の対立激化を危ぶむ声が王宮中で広まりを見せ始めている。
「さて……少々予定と違ったが、概ね計画通り。次は――――」
この事態を仕組んだ者が、王宮の何処とも知れない暗闇で独り呟いた。
◇ ◇ ◇
第一王女エルローゼが王宮群内で何者かに襲撃されるという騒ぎが起きた翌日。王宮での騒ぎを余所に、魔術研究棟の研究者達はいつも通りで、普段と変わりなく自分の研究に没頭している。
アンダギー博士も例に洩れず、研究所前の広場では何かを思い出しそうなコウの記憶を刺激するべく、窓枠を掲げて兵士の後をついて歩く複合体の姿を観察するという研究を進めていた。
改良に改良を重ねた内燃魔導器と、それを内蔵した火炎玉自動射出機、その名も『魔導小銃』。沙耶華が持つ異世界の知識より生まれた魔導兵器は、グランダール軍に正式採用される事が決まった。
博士は軍に魔導小銃を導入させるに当たって、単に一般兵の手頃な飛び道具とするのではなく、弓兵部隊のように魔導小銃を専門に扱う部隊を新設するという発想を提案し、即日レオゼオス王より許可が下された。
新たな兵種設立に向けて実験部隊が編成され、研究所前の広場でその運用法を模索していたところ、魔導小銃を持って走る兵士を見たコウが何か記憶に引っ掛かると訴えた。
「どこかで見たことがあるような気がするんだけど」
「ふむ、とりあえず覚えている事を教えてくれんかの。何でも良いぞ」
博士に促がされたコウは、欠けた記憶にある光景から、四角い枠の中で魔導小銃に似た武器を持つ甲冑の戦士が、鉄の巨人と戦ったりしている様子を描き出した。博士はその構図を実際に再現するべく窓枠を用意してコウに持たせ、兵士達の後をついて歩くよう指示。それが冒頭の光景である。あれはいったい何の実験なんだ? と、広場の様子を見物に来ていた騎士達は揃って首を傾げていた。
そこへ、昼食の準備が出来た事を知らせに沙耶華が研究所から顔を出す。
「博士ー、そろそろお昼ご飯の時間ですよ――って、コウちゃん何してるの? それ」
「おう、飯か」
「ヴァウオウ」"なにかおもいだしそうなんだ"
一先ず休憩という事で博士は研究所の食堂に向かう。コウは少年型に身体を変えると、自分が描き出した参考図を沙耶華に見せて何か思い当たるモノは無いか尋ねてみる。
「こんなかんじのなんだけど」
「……これって、テレビゲームじゃない?」
「てれびげーむ? げーむ……ゲーム……あ――」
覚えのある言葉の響きに、コウはこの世界で目覚めてから恐らく初めて人の姿を見たバラッセのダンジョンでの出来事を思い出す。憑依していた大ネズミが矢に射抜かれた時、初心者グループっぽい彼等を最初に目にして思い浮かんでいた幾つかのキーワード。
「ゲーム! そうだよ、ゲームだっ」
"ゲーム"というキーワードから様々なイメージが浮かび上がったコウは少年型召喚獣を解除して再び複合体に憑依すると、忘れない内にイメージの中にある攻撃法や移動法をメモに記したり、実際に試してみたりし始める。
「博士に見せなくていいの?」
「ヴォヴァウ」"あとでみせる"
とりあえずイメージの具現化を図るべく、コウは魔術の行使に集中した。付与系の魔術で色々と工夫をしていると、レイオス王子が金色の剣竜隊の主力メンバーである闘士と戦士の二人を連れて研究所にやって来た。何でも、沙耶華の護衛につけるらしい。
暫らくすると、レイオスから話を聞いた博士が「何を思い出したのじゃー」と飛び出してきた。
「ヴォヴァアウ」"こんな感じで、地面をすべるように移動するんです"
博士に参考図を渡してイメージを伝えたコウは、記憶に思い描く移動法の実現にアドバイスを求める。
「ふむ……座った態勢での高速移動か。何故立っていてはいかんのか……姿勢制御の問題かの? いや、足の裏だけでは十分な浮力と推力が得られんという事か。それに加えて安定性にも問題が多そうじゃ。となると、これなら魔導輪が使えるか……?」
『ちょっと待っとれ』と言って研究所に駆け込み、倉庫から幾つかの魔導器と道具を持ち出して来た博士はその場で何やら組み立て始めた。博士の独特な発想によって作られる発明品の殆どは、技術の高さとは裏腹に使い道が無く、お蔵入りになっているモノが多い。
この"魔導輪"という発明品は、馬車や荷車を現在の標準的なモノからより高度な魔導技術を使ったモノに進化させようと考えて足回りに着目。車輪の代わりに魔導器を使って車体を浮かす事を試みた実験作である。
ソリ板に複数の魔導器を搭載して必要な魔力を集めながら、効果範囲を絞る事で強力な風の膜を生み出す魔導輪は博士の目論み通り車体を浮かす事には成功した。
だが、安定性やコストなど諸々の問題が解決出来ず、魔導輪は結局何時もの"お蔵入り発明品"となって長く研究所の倉庫に眠っていたのだ。
「モノ自体は悪く無い出来ながら使い所がなかったんじゃが、直接身体に装着するという発想はなかったわい」
今なら当時より魔導器の小型化も進んでおり、本体を浮かせる為の物と風の膜に一定方への流れを作る為の物を使った推進力も追加出来る。博士はコウの参考図を元に即興で装着型の試作自走魔導輪を組み上げると、さっそく複合体の身体に装着した。
「尻の下に二枚と脹脛部分に一枚ずつ、制御はお主が直接魔力の出力を弄るとええ。まあ、問題は思い通り動けるか否かなんじゃが」
「ヴォヴァアウ」"やってみます"
窓枠を掲げて兵士の後ろをついて行くという記憶の発掘を促がす実験から思わぬ移動技術に繋がり、これは実験部隊をより特殊な存在へと導けるチャンスだとばかりに、博士はこの装着型の移動装置、「新型魔導輪」の開発に強い意欲をみせた。
そうして夕刻も過ぎようかという頃、試作八号機を装着した実験部隊の兵士が、広場を縦横無尽に走り回りながら標的の案山子に魔導小銃の火炎玉を撃ち込んでは一撃離脱するという動きを成功させた所で、新型魔導輪の完成が告げられたのだった。
「よっしゃ! これは新しいぞ、早ようお披露目して皆の驚く顔がみたいわいっ クワッカカカカ!」
「お疲れ様でした博士、私は上に報告と正規登録の申請書を出してきますね」
実験部隊の兵士達は兵舎へと引き上げ、クワッカカカと高笑いをしている博士に新しい装備品の正式採用を申請する書類を手にしたサータが告げる。
その脇では少年型になっているコウと沙耶華が、今日これからの予定について話し合っていた。
「コウ君は、今日は泊まるの?」
「うん、まどうりんのさいしゅうちょうせいがあるからね」
また夜通し研究実験に及ぶなら夜食の準備も必要だからと、沙耶華は食糧庫の状態を確かめる。こういう細かい気配りがレイオスを惹き付けてやまない魅力の一つでもあるのだ。
翌日。コウは新型魔導輪の初期開発分をモニター目的で譲り受けると、ガウィーク隊の皆に配って使い方をレクチャーした。皆は直ぐに使い方を覚え、魔導輪の機動力を隊の戦術に組み込めないかと検討している。
「ダンジョンでも使えるかもしれないな」
お昼前。街で情報収集をしていたがウィーク隊のメンバーが、何やら不穏な情報を掴んだらしく、コウが隊で使用した魔導輪のデータを持って研究所まで出向く際に伝言を頼んできた。
「あんぶどうめい?」
「ああ、博士や王子に気をつけるよう伝えてくれればいい」
「わかった、あんぶどうめいがうごいてるから気をつけるように、だね」
今から行けば丁度レイオス王子が顔を出す頃だろうと博士の研究所へと向かうコウは、その道中"暗部同盟"の名をどこで聞いたのかについて考え、思い出した。
以前クラカルの街で手に入れて預かる事になった「取り扱い注意な禁断の書類」の中に"王都で暗部同盟と頻繁に取り引きしている者"を記す書類があったのだ。アリスの父、バーミスト伯爵から、くれぐれも扱いに気をつけるよう念を押されていた書類である。
『後で名前とかも調べておこう』
今日は昼過ぎからロゼス王子の憩い場を訪ねる予定なので、王子から色々聞き出せるかもしれない。王宮群を騒がしている問題が解決すれば、エルローゼ王女もまた第三層の中庭まで下りて来られるようになるだろう。
博士の研究所を目指しながら考えを纏めたコウは、魔術研究棟区画の建物が見え始めた王都の通りをバタバタと駆け抜けて行った。
◇ ◇ ◇
研究所でガウィーク隊の新型魔導輪に対する反応について纏めた書類を博士に提出したコウは、レイオス王子も沙耶華も居ない事に首を傾げる。サータに聞いてみると、沙耶華は朝方に護衛を連れて買い物へ出掛けたようだが、まだ帰って来ていないのだという。
王子も顔を出しに来ない事からして、何処かで二人して道草しているのでは? との事だ。
「そっかぁ、じゃあ先にロゼスおうじにあってこようかな」
「レイオス王子が来たら暗部同盟の事は伝えておくわ」
「うん、よろしくー」
ぴょんと椅子から飛び降り、コウは研究所を出て王宮群へと向かった。
秘密の憩い場で、コウはロゼス王子から暗部同盟について詳しい話を教えて貰っていた。
真っ当な冒険者としてもやっていけない道を踏み外した犯罪者が多く所属する闇の組織、と一般的には捉えられているが、権力者同士の争いの影で暗躍する汚れ仕事を専門に請け負う組織としてその歴史は古い。
「一般人の生活にはあまり関わりの無い組織だけど、国や民衆を支配する統治者の立場にとっては彼等も欠かせない存在なんだよ」
如何に使い、従わせ、良い関係を築くか。一方的な従属を求める事はまず不可能、下手に飼い馴らそうとすれば寝首を掻かれる事になるが、味方に付ければ大いに役立つ事は歴史が証明している。彼等と上手く付き合える支配者は栄光を掴める。光と影は表裏一体なのだと。
「まあ、彼等に頼らず栄光を手にするレオゼオス王みたいな例外も居るけどね」
「なるほどー」
そんな話をしていた時、この憩い場に立ち入る者がいた。普段は影から見守るように息を潜めて姿を隠しているロゼス王子の護衛役。一見すると只の警備兵にしか見えない目立たない男がロゼスの傍までやってくると、傅いて何かを耳打ちした。珍しく表情を硬くするロゼス王子。
「どうしたの?」
「うん……何か問題が起きたようだね」
何でも、沙耶華が何者かに誘拐され、後を追うレイオス王子が一人でダンジョンの未探索区域へと赴いてしまったという。それは大変だと席を立ったコウは、ガウィーク達に知らせて協力を仰ぐべきかと考える。
「行くのかい?」
「うん、沙耶華やレイオスおうじを助けないと」
「恐らく、騎士団と兄さんの金色の剣竜隊も動いてる筈だ。君達が迅速に動けるよう、僕の方からも言っておくよ」
「ありがとう」
ロゼスから予め話を通しておいて貰える事になったコウは、礼を言って秘密の憩い場を後にした。
コウから話を聞いたガウィーク達は、王宮群でその件に関する噂が急速に広まっている事を察知しており、沙耶華とレイオス王子の救出に協力してくれる事になった。
「ロゼスおうじが上の人達に話しておいてくれるって」
「おお、そいつは助かる。良い手際だ」
直ぐに王都のダンジョンを目指して移動を始めるガウィーク隊の主力メンバー。コウは少年型を解除すると、伝書鳥のぴぃちゃんに憑依して後に続いた。
ダンジョン前で合流したガウィーク隊と金色の剣竜隊は、地下一階に降りた所でレイオス王子の私室から見つかったという地図の写しを広げて、これからの行動を話し合う。
「ぴゅりっぴゅりり!」"ボク、先に行くね!"
レイオス王子を指定の場所に呼び出そうとした誘拐犯からの地図。その道順を覚えたコウは、伝書鳥で一足先に飛び立った。
真っ暗闇で入り組んだダンジョンの通路も、暗闇を見通せるコウの視界と地形を無視して進める伝書鳥の飛行によって、あっというまに指定場所まで辿り着く。
未探索区域の奥に広がる行き止まりの大部屋にて、黒装束の集団とレイオスが対峙している真っ只中に飛び込んだコウは、先ずは素早く状況の把握に努めた。
部屋の中程で"風断ち"を構えているレイオス。周囲に暗部同盟の構成員。レイオスの正面には仮面をつけた男。その足元には後ろ手に縛られた沙耶華が座っている。
沙耶華の直ぐ後ろに、護衛役だった闘士と戦士が倒れている。彼等の首裏に不自然な魔力の流れを見て取ったコウは、そこに何らかの拘束具らしき物体を見つけた。
まずは味方である護衛の二人を救出すべく、コウは首裏の物体を取り除いた。すると、先程まで完全に意識を失っていた二人が唐突に目を覚ます。
「なにっ! ばかな、今目覚める筈が……!」
仮面の男が顔だけ振り返って驚きながら、後ろの壁に向かって「調べろ」と指示を出している。コウの視点からは壁の近くにアーチ状の魔力の揺らぎが幾つか見えており、結界で姿を隠している者が居ると分かった。
コウは「ここは複合体の出番だ」とばかりに伝書鳥から抜け出すと、異次元倉庫から複合体を取り出して憑依。とりあえず壁から近づいて来る魔力の揺らぎに向かってパンチを繰り出した。
結界に阻まれるかと思われたゴーレムパンチは、そのまま影行術の結界をぶち破り、隠された術者を殴り飛ばす。個人が纏う小規模な結界である影行術は、わざわざ結界破りの付与術を使わずとも直接攻撃が可能で、強引に破る事も難しく無いのだ。
『見えないだけなのかー』
コウは新たに知識を増やしたりしつつ、闘士と戦士が沙耶華を護る位置へと移動するのを補佐すべく、周囲の影行術で姿を隠している者を次々に殴り飛ばして回った。
「な……あのゴーレム、何故っ 一体どこから――」
「くっくっく、良い所を持っていくな、コウよ」
「ヴォウウア」"助けにきたよー"
「コウちゃん!」
沙耶華を人質に取っていた仮面の男が動揺を露にした一瞬の隙を突き、レイオスが斬りかかる。間一髪、飛び退いた仮面の男は、隠行術を使って姿を隠した。レイオスは適当にその辺りの空間を斬り付けながら突進すると、沙耶華の傍に駆けつけた。
「待たせたな、怪我はないか」
「レイオス……どうして」
何とも言えない複雑な感情を表情に浮かべている沙耶華の拘束を解いたレイオスは、黒装束達に向き直る。コウから武器を受け取った闘士と戦士も、レイオスと沙耶華を護るべく臨戦態勢に入った。
黒装束達は次々と影行術で姿を消していくが、魔力を視認するコウには彼等の動きは筒抜けだ。バージョンアップの重ねられた魔導兵器を駆使するなどして対抗している内に、魔導輪で飛ばしてきたガウィーク隊が現場に到着。更に金色の剣竜隊も到着すると、暗部同盟の構成員達は仮面の男共々一網打尽となった。
その後、少し遅れてやってきた騎士団に暗部同盟の身柄が引き渡され、救出作戦に成功したコウ達は皆で揃って地上へと戻った。
ダンジョンの帰り道でも、レイオスは何時もの如く沙耶華にべったりだったが、コウが内面観察した所、今回の事件で沙耶華はレイオスの好意を信じてみようと想い始めているようだった。
◇ ◇ ◇
コウ達が地上に戻ったのは、夕刻を過ぎた頃であった。王宮群では伝令の走り回る姿や、警備兵達が集まって何やら話をしている光景が見られる。
「随分と騒がしいな、何かあったのか」
「え? わたし達の事で騒いでるんじゃあ……?」
「いや、これは違う」
兵達の纏う空気に、何か別の問題が起きているらしい事を感じ取ったレイオスが、近くの警備兵を捕まえて事情を聞こうとした所へ、仮面を付けた男が現れた。
フェーズと名乗った仮面の男は、自身をスアロ王子に仕える元暗部同盟のエージェントであった事を明かすと、王の間で国王達が待っている事を伝えた。
「ナッハトーム軍が国境を越えようとしています。今回の一連の事件との関連も交えて説明を行なうと」
「……そうか」
レイオスが若干表情を険しくしながら頷くと、フェーズは一礼して去って行った。それを見送り、徐にガウィーク隊を振り返ったレイオスは労いの言葉を掛ける。
「皆ご苦労だった、後でお前達の宿泊する宿に褒賞を届けさせよう」
「そいつは有難いですな、それじゃあ我々はここで」
余計な事は聞かないのが無難だと心得るガウィークは、お疲れ様と引き揚げに掛かる。事件のあらましについてはまた後日にでも、内容の一部を伏せたりしつつ明かして良い所までは説明がされるだろう。ナッハトーム軍の動きに関しては街で情報収集に走る事になる。
ガウィーク隊は王宮群の門に向かい、騎士団部隊は黒装束の集団を収容施設へと連行していく。そしてレイオス達は王城へと足を向けた。
「では行くか」
「え、わたしも?」
「今は離したくない」
沙耶華の肩を抱いたまま、金色の剣竜隊を引き連れたレイオスは王宮群の中枢層へ向けて廊下に踏み出したのだった。この時、小さい虫が沙耶華の服にぴたりと張り付いた。
レイオスとガウィークが話している間、王城に興味があったコウは近くにいた虫に憑依すると、沙耶華の服に隠れてこっそりくっついて行く事にしたのだ。
――近衛達が入り口を固める王城の上層階。初めて国王を近くで見る沙耶華は緊張している。
レオゼオス王は表情や雰囲気こそ人のいい熟年のおじさんといった見た目だが、その身より滲み出る強烈なオーラはこの人物が支配者である事を実感させる。
この場にはレオゼオス王の他にも第二王子スアロや第三王子ロゼス、宰相トルマージに正規軍上級将校達といった面々が顔を揃えていた。しかし、王の印象が強過ぎてあまり目立っていない。そのレオゼオス王がずずいっと顔を寄せてきたので、思わず仰け反る沙耶華。
「ふーむ?」
「な、なんでしょう?」
「なんの真似だ父上」
「いやなに、随分と変わった虫を付けているのだなと思ってな」
沙耶華との間に割って入るレイオスが憤然とした表情を向けるも、レオゼオス王は飄々と返す。
その"虫"という言葉に、沙耶華は『わたしの事!?』と一瞬焦るが、肩の辺りに光の文字が浮かんだ事で目を丸くする。
"あ、みつかっちゃった"
「ええっ こここ、コウちゃん!」
ふよふよと沙耶華の服の肩口から飛び立つ小さな虫。次の瞬間、召喚石の光と共に黒髪の少年が現れた。『なにしてんのーっ!』と沙耶華はコウが王の間に忍び込んだ事に慌てているが、レオゼオス王に咎める気は無いらしい。
「まあよいよい、その珍しい客人も一緒に聞くといい」
そうしてここに集まる重鎮達を交え、今回の事件に関する黒幕が語られる。どうやら数年前まで幾度と無くグランダール国に侵攻を試みていた隣国、ナッハトーム帝国による暗部同盟を使った策略であったらしい。
ナッハトーム帝国とグランダール王国の戦いは、互いに一進一退の攻防を繰り返しながら何十年と続けられていた。
レオゼオスが国王に即位して軍に魔導製品が導入されるようになると、グランダールが連戦連勝するようになり、やがて大規模な会戦でグランダールが勝利を収めた事で、ナッハトーム帝国からの侵攻はパタリと止んだ。
国境での小競り合いは時々あるものの、明確な侵略行動は無くなっていたのだ。
今回の一連の騒ぎは、数年を掛けて戦力の回復と増強を果たしたナッハトーム軍が侵攻を再開するべく、グランダール側の王子の対立という事情を利用して王宮に混乱を引き起こし、その隙につけ込む策略だったのであろうと結論付けられた。
事件の黒幕について一通り語られると、ナッハトーム軍の動きに関する伝令が次々と報告を上げて来る現状に、そろそろ軍司令部へ移動しようという事になった。ここからは一般人は立ち入れないので、コウは沙耶華と共に退室する。
その伝令の報告の中には、ナッハトーム軍の艦隊が海路を使ってグランダールの背後に位置する半島の小国群、エパティタに現れたという情報があった。エパティタとの国境には、コウが目覚めたダンジョンのある街、バラッセがある。
ナッハトームの遠征軍がそちらの方面から攻めて来るらしいという事で、コウはバラッセにいるエルメールやリシェロ、ガシェ達の事が気になっていた。
◇ ◇ ◇
レオゼオス王より非常事態宣言が発令されて戦時体制に移行した王都トルトリュスは、街の要所から魔導船の技術を使った浮遊陣地が空へと上げられた。各陣地間を小型の魔導艇が移動する。
飛竜の発着場も王都上空に設けられるので非常に運用効率が高い。ここから各方面に偵察隊の飛竜が飛ぶ。冒険者協会中央本部は伝送具でグランダール国内にある協会支部に開戦の報を伝え、情報の共有と更なる収集に動いている。
街の人々は年配者ほど『ああ、久し振りだなぁ』と浮遊陣地を見上げながら、概ね慣れた様子で落ち着きを見せ、若い人は怖がっている者とはしゃいでいる者とに反応が分かれた。
沙耶華を研究所に送り届けたコウは、街の宿屋でガウィーク隊と合流して王の間で聞いた情報を話した。
「みないと思ったら、王の間までついて行ってたのか……」
「コウちゃん、叱られなかった?」
「べつに怒られなかったよ?」
コウがバラッセの街に危険が迫っているので気に掛かっている事を話すと、ガウィークが一計を案じてくれた。
「コウにはガウィーク隊の代表としてバラッセに行って貰おう」
ガウィーク隊は今回の戦で、グランダール側の重要な拠点となる街の防衛支援を依頼されており、西側の国境へ向かう事になる。そこで、コウをガウィーク隊の代表として東側の国境にあるバラッセの街へ派遣するという発想。グランダールへの貢献度も然ることながら、何時ぞやの悪評を掃うにも絶好の機会である。
翌日。コウは、王都でお世話になった人達の所に挨拶をして回っていた。既にガウィーク隊のメンバーは西にある国境の街、アリアトルネの防衛支援に向けて魔導船に乗り込み、今朝早くに出発している。
研究所ではアンダギー博士が、餞別だと言って複合体専用に製作していた"魔導槌"をくれた。自己修復機能を持つ打撃武器という、相変わらず変な方向に進化した大型槌で、ハンマーの形をした先端には片方に先の尖った鋼鉄の槌が付いており、これには複合細胞を融合させてあるらしい。
反対側には内燃魔導器を利用した推進装置が付いていて、柄の部分にあるスイッチで点火する。爆発力の排出によって先端を一気に加速させるという、とても生身では使えない危険な代物だ。
「性能に関する詳細な情報が必要じゃからして、必ず提出しに来るように」
「うんっ ありがとう」
王宮群の中庭ではこんな時でも秘密の憩い場で寛いでいたロゼス王子が、コウのバラッセ行きを聞いて王城の上層階、エルローゼ王女のいる所まで連れて行ってくれた。上層階にある広いテラスでお茶を嗜んでいたエルローゼは突然の訪問に気を悪くするでもなくテーブルに招く。
「そう、あなたも戦いに行くのね」
少し表情を翳らせながらコウの前髪をそっと撫でたエルローゼは、『戦神の御加護がありますように』と祝詞を紡いだ唇でコウのおでこに祝福を与えた。
ロゼス王子と中庭まで下りて来たコウは、バラッセまでの行程を確認すると軍施設のある区画へと向かう。その道すがら、バラッセの街に関する情報でロゼス王子の知るダンジョンの噂話なども教えて貰った。
「バラッセのダンジョンは最深部に"生命の門"という秘宝があるらしいって話を、前にレイオス兄さんから聞いたよ」
「ひほうかぁ~」
レイオスは『何れ俺の隊で探索に行こうと思っている』と話していたそうな。
「君の友人達によろしくね、また会おう」
「うん、ここまで送ってくれてありがとう」
軍施設から魔導艇で王都の上空へと上がり、浮遊陣地の飛竜発着場まで運んで貰ったコウは、ロゼス王子に手を振って別れた。その後、少年型を解除して伝書鳥のぴぃちゃんに憑依する。
飛行速度と航続距離を重視した無人の偵察飛竜に伝書鳥の状態で乗せて貰い、クラカルまで一直線に飛んだあと、そこから伝書鳥でバラッセに向かう。王都トルトリュスの上空を偵察兵の搭乗する飛竜が飛び交う中、伝書鳥を乗せた偵察飛竜がクラカルの街を目指して飛び立った。
王都を飛び立った偵察飛竜がクラカルの街上空に着いたのは、昼下がりを過ぎる頃だった。街上空で旋回する偵察飛竜の背中から伝書鳥が飛び立つ。
「ぴゅりりり」"ありがとう"
「キョー」
クラカルの街に降りていく飛竜と声を交わした伝書鳥は、そのままバラッセの街を目指して東へと翼を向けた。
ガウィーク隊と行動を共にし始めた岩山を眼下に飛び続けること暫らく。山間の向こうに靄の掛かった街の姿が浮かび上がる。夕刻前の西日に照らされるバラッセの街は、防壁の一部が崩され街の一角から黒煙が上がっていた。
『伝書鳥君、急いで!』
「ピュリリッ」
◇ ◇ ◇
コウがバラッセの上空に辿り着いた時、黒煙の上がっている東門の付近から、箱型の物体が街に侵入するのが見えた。前面に破城槌、上部に複数の機械弓を搭載したそれは、ナッハトーム帝国がグランダールの魔導兵器に対抗する為に開発した新兵器。
過剰装甲で固めた丈夫な車体にゴーレムの技術を動力として組み込んだ、自走可能な動く特火点。直接敵陣へと切り込み、制圧する「機械化戦車」であった。その戦車に向かって、軍服姿の老人が一人突撃を敢行している。
あれは危ないと思ったコウは伝書鳥に戦車の前方へと急降下して貰うと、異次元倉庫から複合体を取り出すタイミングを計る。
『ここだ!』
数メートルの高さを残して複合体を取り出したコウは、そのまま降下しながら憑依。狙い通り、戦車の破城槌を踏み抜いて着地した。戦車と正面衝突寸前だった軍服姿の老人は、コウが着地した衝撃で尻餅をついている。が、怪我はないようだ。
「ヴォオオオォ」『間に合ったー』
一旦後退して距離を取った戦車は、装甲の隙間から棘刃や回転する鋸を生やすと、コウを避けて街軍兵士達の隊列に突入しようとする。コウは正面に回りこんでそれを阻止、戦車の機械弓や棘々を壊しながら攻撃を仕掛けた。
堪らず街の外へと後退していく戦車の上に乗り上げ、尚も攻撃を続ける。そうして装甲の剥がれた天井を殴りつけた時、深々と突き刺さった腕が戦車の動力を破壊した。動きの止まった戦車の後部が開き、搭乗員が逃げ出していく。
コウは彼等の事は捨て置くと、色々と役立つモノが搭載されている戦車の備品などを異次元倉庫にせっせと移していた。すると、街道脇の平地に陣取っているナッハトーム軍の大型投擲機から火炎樽が飛んで来て近くに着弾した。戦車の残骸は瞬く間に炎上する。
『おっとっと、燃えちゃう燃えちゃう』
複合体を片付けてやり過ごしたコウは、鎮火してから少年型になって街に入ろうかと考えた。
炎と煙の中に精神体で浮かび、戦車から回収した戦利品を整理する。ふと見ると、夕暮れの平地で大型投擲器周辺に集まっているナッハトーム軍が、陣地の構築を始めていた。
◇ ◇ ◇
夜。ナッハトーム軍の陣地に動きは無く、夕闇に包まれるバラッセの街も殆ど明かりが見えない。防壁の上を歩哨の影がゆっくりと横切っていく。
そろそろ頃合かと少年型に憑依したコウは、バラッセの焦げた東門前までやって来た。試しに扉を押してみたが、びくともしない。と、その時、扉の向こうから男女の話し声が聞こえて来た。
聞き覚えのあるその声の主は、エルメールとリシェロであった。二人が揃っているなら丁度良いと、コウは門扉をノックしながら声を掛けた。
少しだけ開かれた扉からエルメールとリシェロが顔を覗かせ、そこに子供の姿を見つけて驚いた表情を浮かべる。無事街に入る事が出来たコウは、改めてバラッセの街に帰郷を果たしたのだった。
久し振りに合えたエルメールとリシェロの傍には、ガシェの姿もあった。彼等三人は、まだ目の前の少年がコウである事に気付いていない。複合体の事は冒険者として登録した事を既に知られているが、少年型召喚獣の事はまだ手紙にも書いていなかった。
なので、コウは先ず自分の正体を明かす事にした。この身体もアンダギー博士に貰ったモノで、街中での生活を送る際に使っている事を説明する。
「!っ まさか、さっきのゴーレムはお前だったのか」
「うん、おおいそぎで飛んできたんだけど、まにあって良かったよ」
そうだったのかと、先程の戦車とゴーレムの戦いを振り返るエルメール達。ちいさな少年と門前で和やかに言葉を交わす彼等に、周囲の街軍兵士や冒険者勢は不思議そうな視線を向けていた。
「また、お前に助けられたな」
「えへへー」
深夜。エルメール達が統治者の屋敷で今後の防衛構想を話し合っている頃、コウは街の避難所の一つになっている訓練学校の校舎で、ニーナやルカベル、校舎猫のコウとも再会していた。
「ええーっ 本当にあなたがコウちゃんなの?」
「ボクだよー」
「っていうか、人型の召喚獣ってすごく値が張る代物の筈なんだけど……王都の魔導技師って豪儀なんだなぁ」
「ハカセはお金持ちだからねぇ」
校舎の一角で語り合う三人と一匹。さっきまでニーナの膝で丸くなっていた校舎猫のコウは、少年型コウの膝で丸くなっている。
暫くすると、会議を終えたエルメールが迎えにやって来た。バラッセに滞在中はまたエルメール達のお世話になる予定である。
その後、コウはエルメールが統治者の方針に対して愚痴るのを宥めたり、ニーナ達に複合体姿を披露したりして過ごし、バラッセの防衛戦を前に親睦を深めるのだった。
◇ ◇ ◇
――コウがバラッセに帰郷して三日目。街門の防壁から見えるナッハトーム軍の陣地に、大きな動きがあった。昨夜の内に、エパティタ側の国境の街パルス方面から来たと思われるナッハトーム軍遠征艦隊の本隊らしき部隊が合流した。その中には機械化戦車の姿もあったようだ。
夜が明けると、陣地に聳え建つ大型投擲器の数が二基から十基に増えていた。防壁からは見えないが、陣地後方に上がる炊事のモノと思しき立ち昇る煙の量や範囲から、相当数の兵力が集まっている事が推測された。
街の東門防壁は既にボロボロ状態。初日に崩された部分や門扉は木材と石材で補強を重ねているが、突き崩されればもはや崩壊は免れない。
「包囲されていないだけマシだな。今日を持ち堪えれば、援軍が到着する筈だ」
クラカルからの援軍が街に入れば、ナッハトーム軍によるバラッセの制圧は限りなく不可能に近くなる。後から後から援軍を送り込めるグランダール側に対して、ナッハトームの遠征軍は敵地に拠点を構えたまま、現兵力だけで対抗しなくてはならないのだ。
「向こうもそれは分かっている筈……恐らく今日は全力で街を取りに来ると思う」
今日が正念場だと、バラッセの防衛に就く冒険者勢や街軍兵士達は、気持ちを引き締めた。
バラッセの街を防衛するグランダール勢とナッハトームの遠征部隊による攻防は、直接戦闘こそ小規模ながら、機械化戦車や大型投擲機など新兵器による攻撃で爆風吹き荒れる派手な戦いとなった。
ナッハトーム軍の機械化戦車は、その分厚い装甲と自走能力によって剣や槍、弓矢といった通常兵器ではまるで歯が立たず、攻撃魔術にも耐性があるので防衛側は終始押され気味であった。
しかし、相手の新兵器以上の強大な力を持った味方の存在により、要所要所で防衛網を崩される危機を脱していく。初日に無茶をやらかして臥せっていた老いた総指揮も見事な戦略手腕を発揮し、こちらの裏を掻こうとした敵の更なる裏を掻いてやり込めるなど、老獪な指揮振りを見せた。
機械化戦車の突破力と大型投擲機による火炎樽攻撃で防壁は一部倒壊してしまったが、新型魔導兵器を駆使するコウの活躍によって戦車が破壊されると、ナッハトーム軍は勢いを失った。
やがてクラカルよりグランダール正規軍の援軍が到着した事により、この戦いは防衛側の勝利で決着がついたのだった。
◇ ◇ ◇
バラッセ攻略を断念したナッハトームの遠征軍は、投擲器を片付けて引き揚げに入っていた。それを横目に、バラッセの街軍や冒険者勢は防壁と門の修理を進めている。
現状ではクラカルからの援軍を合わせても街道脇の平地に敷かれた陣地に集結しているナッハトーム軍の方が若干兵力も多いので、無理に打って出る事はせず、相手の撤収準備を傍観している形だ。
こちらの兵力が十分に集まってから、改めてエパティタの解放に進軍するよう指示が下るだろうと兵達は予測していた。
コウは鹵獲された機械化戦車の残骸を一台、博士のお土産にと異次元倉庫へ仕舞っている。
現場で戦車の回収を図ろうとするコウの行動を、総指揮が容認してくれたのだ。戦いの後、総指揮の彼は援軍の正規軍指揮官に街軍の指揮を引き継がせ、一線から身を引いた。
その元総指揮から、ダンジョン前の公園でこの街のダンジョンに関するお話を聞いていたコウは、更なる詳しい情報を得る為にこの場を後にする。
「それじゃーまたね、おじーちゃん」
「うむ」
ベンチからひょいと飛び降りたコウは、こちらに歩いて来るエルメール達の姿を見つけたので駆け寄って行く。元総指揮のお爺さんに会釈しているエルメールに、コウはバラッセのダンジョンの深部について訊ねた。
「ふむ、例の秘宝の事か」
「あれも噂の出所がハッキリしない割りに、中々消えない噂だよねぇ」
コウが"生命の門"について調べたいと相談すると、エルメールとリシェロは「それなら冒険者協会に掛け合ってみよう」と協力してくれた。二人の口添えにより、冒険者協会支部の資料室を使わせて貰える事になったコウは、そこでダンジョンの歴史について色々な情報を知る事が出来た。
「ダンジョンって流行でつくられてたのか~」
各地に点在するダンジョンは何処かの魔術士が魔法生物の実験をする為に作ったのが最初だと言われている。
変わり者の大魔術士が私財を投げうって地下迷宮を作り、財宝目当てに訪れる冒険者相手に実験動物や魔法生物など、所謂『創作生物』を嗾けて性能実験に使った事から始まり、そこから多くの英雄や富豪が生み出されたという。
噂が噂を呼び、やがて地下迷宮の話はとある娯楽に飢えた酔狂な貴族の耳に入った。その貴族が自分の統治する街にダンジョンを作らせると、冒険者を始め連日多くの人々が訪れるようになり、一地方の小さな田舎街でしかなかったその街はたちまち大きな街へと変貌を遂げた。この大成功を受けて、貴族達の間で迷宮ブームが起きたのだ。
「バラッセのダンジョンはちょっと違うんだなぁ」
バラッセの街にあるダンジョンは貴族達の迷宮ブームより以前に作られた、魔術士や研究者達による実験場としての色が濃い。集合意識の存在が初めて確認されたのも、実はバラッセのダンジョンが最初で、そういう意味では由緒正しい地下迷宮である。
最深部に存在すると云われる秘宝"生命の門"については諸説あり、不老不死を可能にする呪術装置だという説や、魔物を生み出す魔術装置であるとする説、はたまた異世界に通じる時空門が開いているという説まであった。
とあるダンジョンでは、最下層で見つかった禍々しい魔力を放出する呪術式らしき装置を外に持ち出したところ、そのダンジョンから魔物や変異体がいなくなったという報告もある。
この装置が"生命の門"の諸説の一つに数えられているらしい。ちなみにその装置は、エイオア国政府が管理しているという。
コウは"生命の門"に関する諸説の中でも、"異世界に通じる時空門が開いている"という説が気になった。沙耶華の存在で自身が異世界から来たらしい事はハッキリしているのだ。ではどうやって、どうして自分はこの世界に現れたのか。
「後はじっさいに行ってしらべないと分からないかな……」
以前、沙耶華とも語り合った異世界に関する話。他にも自分達のような異世界人は居るのか、帰る方法はあるのか。コウは王都へ戻る前に"生命の門"について詳しく調べてみる事にした。
ナッハトームとグランダールの戦争が続く中、戦争に与しない冒険者達は平時とあまり変わりなくダンジョンの探索などを行なっている。
バラッセの街のダンジョンは三階に設置した休憩所で四階以降の探索が容易になり、多くの冒険者を呼び込めると睨んでいた統治者の思惑は、思わぬ方向からあてが外れていた。
三階で活動する冒険者が増えて以降、魔物の動きが以前よりも狡猾になり、危険度が上がってしまったのだ。せっかく三階付近での活動時間が延ばせても、四階以降の探索は却って難しくなっている。集合意識が余程最深部に近づけたくない理由でもあるのだろうと考えられていた。
「ひさしぶりだなぁ」
少し開けた空間に、ぽつんと建つ高い鉄柵に囲まれた小さな祠。ダンジョンの入り口までやって来たコウは、一度ぐるりと柵の周りを回り、地下への階段へと踏み出す。
馴染みのある地下通路を少年型召喚獣の身体で進み、地下二階への階段前で大ネズミを見つけたので召喚を解除して大ネズミに憑依した。ダンジョンでは何が起きるか分からないので、複合体を使うのは自力で移動できなくなった場合や、緊急の時だ。
そうして以前のように変異体の身体でダンジョン内を進み、途中で襲い掛かってきた相手に身体を乗り換えながら地下へ地下へと下りていく。
魔獣犬で過ごしていた頃に建設中だった三階の休憩所は、立派な外壁で囲まれた安全な拠点として機能していた。
しかし、以前は多くの商人達も訪れていた休憩所も、今はすっかり寂れてしまっている。道中の危険が当時の比では無くなった為、ここで商売をするのは割に合わないと判断されたらしい。
十数人のグループが疲れた様子で身体を休めている中央ホールを少年型で通り抜けたコウは、そのまま反対側の通路へと出て行った。
拠点を素通りしたコウは三階通路で魔獣犬に憑依して探索を続け、途中手負いの冒険者グループを助けて、彼等から地下四階以降の様子や最深部について教えてもらった。
四階は集合意識の支配力とダンジョンを覆う魔力が強く、現れるモンスターは骸系が多い。手錬の冒険者グループでも長く探索するのは厳しいとされる難所だが、モンスター全般が半分朽ちた肉体を引きずりながら蠢いているので、完全に骨と化しているモノ以外は動きも鈍く対処は難しくないそうだ。
そして地下五階。基本、この階に生物は存在しない。掃除係の粘菌や地脈草のような植物がかろうじて"生き物"である他は、魔力で動く骸骨や無機物ばかりが徘徊する。
これまでは地下五階に関する詳しい情報は殆ど語られる事もなかったが、冒険者の拠点が出来てからはこの階の探索者も増えた。その関係で情報も出回るようになり、何れの情報源からも等しく"亡者の階"だと評されている。
また、床や壁、天井には人の手が入っており、王都の地下遺跡など各地で見つかる古代遺跡の様式である事が、生還した冒険者の証言と学者達の研究で確認されている。
五階の終点と言われる場所には地底湖が広がっているらしい。
「ヴォヴァヴァウ? ヴァウヴァフ?」"地底湖が最深部で行き止まりなの? 生命の門は無いの?"
「なんだ、ダンジョンのモンスターでも知らない事があるんだな……生命の門って秘宝が本当にあるのかは俺達にも分からないが」
「ちょっと前に地底湖を調べたグループが居てね、何でも水中に通路の先がまだ伸びてるらしいよ」
「多分、このダンジョンの最深部は水没してしまっているんじゃないかな」
相当大掛かりな軍隊クラスの遠征部隊で水中の探索から行わなければ、真の最深部に辿り着くのは不可能ではないか? という結論が出ていると、彼らはバラッセのダンジョンに関する上位冒険者達の間での共通認識を教えてくれた。
彼等と別れて地下四階に下りた魔獣犬コウは、地下五階に下りる階段を探して通路を疾走する。
徘徊するモンスターに朽ちた死体や朽ちかけの死体が多いせいか、四階の床や壁は表面が湿気てぬらぬらと滑っており、足元に注意しないと転倒してしまう。この階の通路を全力で駆けるなど、通常なら危険極まりない行為である。
ズシャーっと派手に転んで前方からゆらゆらと近付いていた骸戦士を巻き込み、そのまま骸戦士が起き上がる前に再び駆け出す。事前に聞いていた通り、この階のモンスターは全体的に動きが鈍い。
骸戦士達の腐り掛けた肉塊は攻撃に対する衝撃吸収の防御効果も持ちながら、機動力を奪う枷にもなっている。
コウはとりあえず骸戦士に遭遇するとそのまま突撃してローリングアタックをかまし、転ばせてから即逃げるという戦法で迅速に対処していた。いい感じに突撃の衝撃が緩和されるので、魔獣犬の身体に傷も付かない。
代わりに色々直には触りたく無いモノが付着し捲くっているが、魔獣犬の身体なので問題ない。当の魔獣犬の希薄な意思も、意識の奥でなんだか楽しそうにしているので問題ないのだ。――という事にしておいた。
そんな調子で半日近くは経過した頃、遂に地下五階へと下りる階段まで到達したコウは、ここで魔獣犬と別れる事にした。ここから先は餌となる丸ネズミが居ない事に加えて、終点の地底湖からは少年型召喚獣か複合体を使う事になる。
コウが支配を解けば、再び集合意識に支配されて人間を襲うだけの存在になってしまうが、餌の無いフロアで餓死させたり地底湖で溺死させるよりはいいと判断した。
これはモンスターという存在に対するコウの認識が、一般的な冒険者と違い、魔獣犬を人間の敵で討つべき害獣とまでは見做していない事の表れでもある。
階段前で魔獣犬から抜け出し、暫く様子を見守っていると、ぼーっとしていた魔獣犬は何かに気付いたようにふと顔を上げて宙に浮かぶ精神体のコウを見る。
「……」
『……』
やがて集合意識に支配されたのか、のそのそと歩き出した魔獣犬は四階通路の暗闇に消えていった。魔獣犬が立ち去った後、周囲にモンスターの姿が無い事を確認して複合体を出したコウは、地下五階へと続く階段に踏み出したのだった。
◇ ◇ ◇
地下五階、王都の地下遺跡と雰囲気のよく似た造りになっている通路を魔導輪で滑走する複合体。暗闇の中で蠢く骸骨を避けながら、或いは弾き飛ばして粉砕しながら終点の地底湖を目指して駆け抜ける。
滑走しながら魔導槌を掲げ、時々内燃魔導器に点火して加速を得るという走行法は、ついさっき骸骨の群れに先制攻撃の奇襲を仕掛けようとして偶然発見した。
『この方法は帰ったら博士に報告しよう』
亡者の階と評される五階はどこもかしこも骨だらけで、そこら中に散らばっている骨の欠片には大量の魔力が染み付いている。これらは触媒として使える為、五階まで下りて来る冒険者は無理に奥まで探索に行かず階段近くの骨を収集して持ち帰る事も多い。
時々骨も拾ってみたりしながら通路を進んでいると、冒険者達からも聞いていた"下り坂"に差し掛かった。三方から中央の開けたホールに続いており、そこが終点の地底湖だった。この辺りには彷徨う骸骨の姿もないようだ。
『ここかぁ』
水辺には焚き木の跡などが幾つか見られ、ここを訪れた冒険者達が休憩をとる場所として使っていた事をうかがわせる。そのまま複合体で水没地帯を進んでいくと、湖底から奥に通じる通路が延びていた。
突き当たりの大部屋から上へ続く長い階段が伸びており、途中で水面を抜けて開けた場所に出た。地下五階のダンジョンはここからまだ先へと続いている。
休憩所に戻ったら他の冒険者達にも教えてあげよう等と考えつつ、コウは未踏区域へと足を踏み入れた。
地下五階の奥は地底湖前までの通路と比べると若干埃っぽく、戦闘の痕跡などが見られない分、少し寂しい雰囲気を感じなくも無い。冒険者が訪れない以上、骸骨戦士の素材となる者もいないのでとても静かだ。
やがて最深部に辿り着いたコウは、そこで"生命の門"と集合意識の真実を知った。
古代の魔術士、ダンジョンコーディネータによる壮大な自己進化実験の成れの果て。それが、このダンジョンと、ダンジョンを覆う集合意識の正体だった。
多くの変異体や魔獣を生み出し、朽ち果てた冒険者の骸を操る集合意識、それらを維持している"生命の門"を前に、コウは決断を下す。
『……勝手にダンジョンを潰すと、怒られるよね……でも――』
集合意識に操られる多くの魔獣犬や骸戦士。他者の魂や精神といった領域にまで踏み込んだこの研究と実験の成れの果ては、生命に対する冒涜だ。コウは明確な理由や確かな理屈も浮かばないまま、何故かそんな風に想った。
異次元倉庫から魔導槌を取り出して握り締めたコウは、魔力の輝きに包まれる石塔を睨む。そして、そのままゆっくりと振り被ると――
『こんな装置があっちゃいけない気がするんだ』
――柄のスイッチを押し、攻撃推進用内燃魔導器に点火した。
◇ ◇ ◇
深夜頃。地上に戻ったコウは、ダンジョン前まで様子を見に来ていたエルメールにダンジョンの事で重要な話があるからと、バラッセの統治者に取り次いで貰えるよう頼んだ。
リシェロやガシェの協力も得て、統治者の屋敷に集まった冒険者協会支部の幹部達を前に、コウは最深部に鎮座していた"生命の門"を破壊し、ダンジョンの機能を失わせた事を謝罪と共に報告した。
最初は何の冗談かという雰囲気の彼等だったが、コウが持ち帰った石塔型魔術装置"生命の門"の残骸を見せると、コウの話が本当だった事を悟って慌てたり考え込んだりという反応を見せた。
その後、"生命の門"は古代の魔術文明とダンジョンの歴史を紐解く貴重な発掘品として扱われ、研究者向けに限定公開されるなど、街の活性化にも役立てられる事が決まった。
エイオア国政府が管理しているらしい何処かのダンジョン最深部で見つかった『禍々しい魔力を放出していた呪術装置』の後継機と思われる石塔型の魔術式融合装置として、研究者達の間で調査と検証が行われた。
その結果、とある街の統治者が管理している歴史資料館に保管されていた書類から、コウの話に出てくる古代の魔術士、ダンジョンコーディネーターが実在していた事を示す公式文書が見つかった事で、バラッセより発表された研究調査結果は正しいモノであると証明された。
各街の研究機関からは「素晴らしい研究成果だ」と冒険者コウに賞賛が送られ、研究者達の間では如何にして古代の魔術士に関する足取りや細かい所まで調べ上げられたのか、という話題で頻繁に議論が交わされている。
――真相は『直接魔術士(本人)から聞いた』というモノだったりするのだが、それがコウから語られる事はない。
「コウ、協会にはもう行ってきたのか? 確か今日発つのだろう?」
「あ、エルメールさん」
「ピュリリ」
表通りから外れた路地を肩に伝書鳥など乗せて歩くコウに、エルメールが声を掛ける。この道はコウが街猫としてエルメールの部屋でお世話になっていた頃に、よく使っていた抜け道だ。
「もう行ってきたよ、今日の昼過ぎにはクラカルに飛ぶつもり」
"生命の門"絡みで暫くバラッセに留まっていたコウは、事が落ち着いたのでガウィーク隊と合流しに行くべく街を離れる。
「しかし、協会もよくこの混乱した時勢の中で辻褄を合わせられたものだ。冒険者に登録された時からの依頼扱いにしたそうだが?」
「うん、いちおう冒険者協会のとくべつな依頼でたんさくして見つけた事になってるよ」
「ふむ……まあ確かに協会や街にとって有意義な人材といえるし、お前にとっても良い選択だったのかもしれんな」
冒険者協会はコウに以前から"生命の門"の探索と調査を依頼していた、というシナリオを作ると、今回の調査結果を称え、"双剣と猛獣"という高位のメダルを贈与した。
グループ単位でなければ取得が難しいとされる高ランクのメダルを個人で得たコウは、冒険者ゴーレムとしての功績と知名度を着実に上げて行くのだった。
バラッセの街に援軍第二陣が到着する頃、コウは王都に向けて飛び立った。
◇ ◇ ◇
王都までの帰り道、クラカルの街でディレトス家の令嬢アリスの元を訊ね、互いの近況を報告し合ったりして親睦を深めたコウは、翌日の早朝には王都に到着、博士の研究所に顔を出した。
「おおうっ これがナッハトームの戦車か」
「ちょっと焦げてるけど、ほとんど壊れてないよ」
博士はコウが持って帰ってきた戦車の残骸を早速調べ始めた。サータ助手も戦車の構造には興味があるらしく、博士と一緒に内部の機構などを観察している。ちなみに、沙耶華は研究所の厨房で朝食の支度を進めている。
「しかしアレじゃのう、"生命の門"を作った魔術士の話。王都の地下遺跡に集合意識が存在しない事の説明にもなるのう」
昼頃にアンダギー博士の研究所を後にしたコウは、王都の北西にある国境に近い街、アリアトルネの防衛に向かったガウィーク隊を追う為、魔導船乗り場へとやって来た。
バラッセの街に行く時は軍の協力でクラカル行きの飛竜に乗せて貰ったが、今回は使用人達を運ぶアリアトルネ行きの魔導船に便乗させて貰う。
「君、本当にアリアトルネに行くの? 船を間違えてない?」
「あら……? でもこの子、何処かで見たような」
「ボク、ガウィーク隊のみんなとごうりゅうしに行くんだ」
コウが自分はガウィーク隊の一員である事をアピールすると、使用人のお姉さん方は『ああ、そういえば!』と、街で有名討伐集団の隊員達とよく一緒に歩いていた少年を思い出して納得した。
彼女達は王宮群でも第七層から八層という下層区画で働いている使用人達なので、上層区で起きた事件などについてもあまり詳しい事までは知らない。
故に、コウがエルローゼ第一王女様のお気に入りで話相手を務めていた事や、ゴーレムに変身して襲撃者から王女を護った等と噂に聞く"謎の少年"当人である事には気付いていなかった。
武闘会での活躍などで複合体のインパクトが強いせいか、少年型の認知度は親しい間柄の人間という狭い範囲に留まっている。
「出航するぞ、皆席に着いてくれ。ああ、それと子供には誰か付き添うように」
船長の指示で、使用人のお姉さん方がコウを挟むようにして座る。人員輸送用の魔導船は船長の他、必要最低限の人数で運用されており、船室は乗合馬車と同じような作りで向かい合わせの席にそれぞれ五人ずつ、詰めれば一度に十五人は運ぶ事が出来る。
操舵室の天井にある船橋に上がった船長が王都上空を覆う浮遊陣地の監視員に出航を告げた。
「魔導船定期便208、エスルア号だ。これよりアリアトルネに向けて出航する」
「確認した。現在アリアトルネは西の砦方面から敵軍の侵入部隊が多数確認されている。航路はルート3を推奨する」
「了解した。当船は南西ルートでグリデンタ方面からアリアトルネに向かう。以上」
「了解。航行の無事を祈る」
魔導機関を唸らせ、浮遊陣地群を超える高さまで上昇した魔導船は一路、西方に向けて飛び立った。
コウを乗せた魔導船の定期便エスルア号がトルトリュスを発った頃。
「博士ー? お食事の用意が出来ましたよー?」
お昼になっても食堂に現れない博士を呼びに来た沙耶華が、研究所前の広場に置かれている戦車の残骸を覗き込む。戦車の周囲には魔術研究棟施設からやって来た魔術士や魔導技士も何人か集まっており、熱心に残骸を調べている。
「ううむ……」
「博士?」
「むん? おお、サヤ嬢か――むむ、もう飯の時間か」
「何時もの事ながら随分と熱心なんですね」
今回は特に入れ込んでいるみたいと指摘する沙耶華に、博士はうむと呟いて戦車の底から這い出て来た。入れ替わりに研究棟の魔導技士がいそいそと潜り込んで行く。一番技術者の興味がそそられる中枢機構部分だが、狭いので順番に調べているらしい。
「ふーむ……不可解じゃのう」
「どうかしたんですか?」
「うむ……、ちーとばかし気になる部分があっての」
戦車の残骸を調べた博士は、車体の造りなどに違和感を覚えるのだという。これまでにもナッハトーム製の馬車や道具、兵器の類は沢山調べた事があるのだが、この戦車は旧来のモノと根本的に何かが違う。
「こいつあ純粋にナッハトームの機械技師達が発明したモノとは違うかもしれんぞ」
その構造様式など設計理念から異世界シリーズのような概念を感じ取るのだと――
「え、それって……?」
「もしかしたら、ナッハトームにもコウやサヤ嬢のような異世界人が迷い込んでいるのかもしれんのう」
――博士はそう言って研究所の食堂に向かうのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。