約束の物語   作:CSNKFC
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 初めまして、閲覧いただきありがとうございます。先日オンラインが終了し、アニメ放送も最終話から約一年……次回作の発表を待ちながら、書き進めていきます。
 ※この物語は、クロノストーンのキーイラストを見た時に浮かんだ予想を元に、本編を再構成したものです。原作改変や独自設定がありますので、ご注意ください。



第1話 サッカーが消える!? 

「――ではサッカーを消去することは決定ですね」

 世間話をするような気軽さで数か月にも及ぶ議論は終結した。
 会議室の中は長い議論が終わったことに対する達成感と、行動に移すことができるという安心感に包まれている。
 必要最低限の照明によって部屋の中にいる者は同席者と議論に使用する機器しか判別することはできない。
 ここはこの時代の意思決定機関――世界の意志や方向を判断し決定する最前線だ。
 そして話し合われていたのは世界が直面している問題についての事だった。
 世界は今、戦争状態に陥っている。
 その構図は“普通”の人類と“特別”な子供達だ。
 始まりは人知を超えた能力を持つ子供が現れたという話題性に溢れたニュースだった。それまで空想の領域だったそれが、人々の前に現実として現れたのだ。
 世間の反応は多岐にわたったが初期の頃は好意的だった。人間の新たな可能性――本能的にそれを求めるのは必然だ。
 能力面だけでは無く身体面でも高い数値を記録した子供達に寄せられた期待は大きかった。各種競技や人類未踏の場所の探索、宇宙への適応と閉塞された世界に現れた希望の存在は“選ばれた子供達”と称されるようになっていた。
 しかし進化を遂げた存在は時として異質な物に映ってしまう。そして人類は異質な物に対して排除しようとするのは歴史が証明していた。
 彼らの力は強力だった――強力過ぎたのだ。そして未熟だった。
 能力の制御に失敗し事故を起こしたというニュースが報じられるようになっていくと、
それまで人々が向けていた好意は否定に変わった。
 各地で排斥運動が起きるようになり、その矛先を恐れた家族が彼らを放棄、隔離するようになる。酷い時には生まれた我が子を捨てるような大人もいた。
 結果的にストリートチルドレンとなった彼らは生きるために犯罪行為に手を染めた。それが人目に知れると排斥は迫害に変わっていった。
 追い詰められた彼らが抱くのは当然大人への憎悪だ。彼らは組織を結成し大人達――ひいては世界への復讐を開始する。
 今では毎日何処かで争いが起きているようになり、数で勝るはずの大人達は進化した彼らを制圧することができず、戦いは泥沼化していった。
そして大人達は解決の糸口を模索する。彼らの弱点を探そうとしたのだ。
しかし分析をすればするほど彼らの能力が高い水準にあるという事実以外に分かったことは無かった。
だがある時、大人達は一つの可能性に思い当たる。
――彼らの祖先に“サッカー”が関係している事実だ。
 この世界においてサッカーは普通のスポーツではない。
今から200年前の頃に爆発的流行を果たして以降、革命的な速度で進化を遂げて来たスポーツなのだ。
 “数年前の常識が時代遅れ”と称されるほどの新技術や新戦術の開拓により、サッカー人口は爆発的に増加。世界の半数が何かしらの手段でサッカーに関係していると言われているほどだ。
 そして彼らの遺伝を調べていくと、歴史に残るサッカープレイヤーの系譜に辿り着いていったのだ。彼らの誕生がサッカーにあると考えるのは当然の帰結だった。
 話は会議室に戻る。
 大人達はこの情報を唯一の武器として大切に考案した。何故ならこの武器が泥沼化した戦争を終わらせる終止符になる可能性を持っているからだ。
 人類の英知は歴史と共に進化を続けていた。そして200年前では夢物語だった技術も今では実用化している物が沢山ある。
時間移動技術――これもその中の一つだ。
 この技術が完成した瞬間に禁止された行為が一つだけある。それを用いてこの戦いを終わらせようと大人達は考えたのだ。
 “時間移動法第一条――あらゆる法を優先して、過去改変の行使を禁ずる。”
 過去に行き歴史の改変を行い彼らが生まれたという“事実”を消去する――少しでも間違えれば自分達の世界ごと消滅してしまうかもしれない禁断の果実に、大人達は縋ることを決断したのだ。

 サッカー消去の決定が降りてから数時間後、隠密に計画は動き出した。
 全ては未来の為と大義名分を掲げて、使命を受けた者達が過去へ跳ぶ。
 それが新たな伝説の始まりになるとも知らずに――。



 薄桃色の花びらが舞う中、黒の制服を纏った者達が学び舎への道を歩く。
 今年の桜はこの日に満開を迎えている。気紛れな花達の気分は始まりを祝うことで決まったようだ。
 時折吹く春風が花びらをすくい上げ、道行く人の視界を埋め尽くす。その先に見える稲妻マークを正面に構える建物――雷門中学校を幻想的に魅せていた。
 その雷門中を前にして一人の少年が期待と不安をかき混ぜた面持ちで立っている。
 制服に身を包みながらも丸っぽい童顔と目立つオレンジのバンダナから飛び出た前髪が見る人に明るさと人懐っこさを抱かせる。
 しかしこの時、彼が纏う雰囲気は反対だった。
 彼を取り巻く風景が、微動だにせず校舎を――その遥か先を見ているかのような姿に、彼を注視していた者には全く別の物として映っていた。
 やがて式の時間が迫っていたのか、彼は校舎の中に足を進めた。
 そう――今日は、入学式。彼もまた新入生の一人だ。
 そして彼の長い一日は始まりを告げた。
 彼は“円堂守”という名前を持つ一人の少年だ。

 入学式は滞りなく終わった。
 今後の予定を話し終えた担任の先生が解散を告げて、中学生最初の学校はひとまず終わりとなる。
 廊下では放課後の予定を話し合う在校生や、新しい友達を作ろうと奮闘する新入生の姿が随所に見られる。
 そこを足早に歩く円堂の胸中は不安で一杯だった。
 原因は入学式にある。
 元々知らされていたことだが雷門中は入学式の直後に部活紹介を行う。
 各部活の部員達が新入部員を獲得するために繰り広げられる勧誘合戦は、ある意味大会以上の熱意を入れていると言える。
 部活紹介自体も滞りなく終わった。しかし、円堂が登場を心待ちにしていたある部活は姿を現さなかったのだ。
 サッカー部――円堂は入部する部活動をここに決めていたのだ。それも入学が決まった頃では無く、数年前からだ。
 円堂はサッカーが好きだ。他のどんなスポーツも娯楽もそれにかなうことは無いだろう。物心ついた時からボールに触れていた円堂は、サッカーにのめり込むようになった。時間さえあればボールと一緒にいる程にだ。
 そして雷門なら――サッカー部なら心置きなくサッカーをすることができると考えた円堂は、サッカー部への入部を決意したのだ。
 まだ慣れない校舎の道を、所々で在校生に声を掛けて目的の場所まで急ぐ。
 職員室――気兼ねなく入室できる場所では無いそれに円堂は入学直後から乗り込むことになった。緊張する心を鎮めるために円堂は大切にしまった封筒を確認した。
 昨夜、一筆入魂の想いで書き上げた入部届。それを見て心は落ち着いた。
「失礼します! 冬海先生、いますか!」
 緊張している割に出た声ははきはきとした明るい物だった。そして声に応じたのは円堂が探していた人物、冬海だった。
「私ですが……何か?」
「新入生の円堂守といいます。サッカー部に入りたいんです!」
 入部届を突き出すと同時に、開口一番で入部希望と円堂は告げた。
 円堂の入部希望を聞いて冬海は目を丸くした。信じられないと言いたいような表情で入部届と円堂の顔を交互に見て事態を把握する。
「……なるほどサッカー部の入部希望ですか。しかもわざわざ入部届を書いて来るとは」
「俺、サッカーがやりたいんです。部活紹介に無かったから心配したけど、顧問がいると担任の先生に聞いて……」
冬海は面倒臭いようにため息を吐いた。それが期待に湧く円堂を落胆させる真実を告げなければならないことへの負い目か、自身に降りかかる面倒事への疲労感か、おそらくは後者だろう。
 やがて重々しく口を開き、円堂にとって衝撃的な真実を冬海は伝える。
「残念ながらこの学校にサッカー部はありません。期待させて悪いですが存在しないんですよ」
「えっ――」
 『入部届』と書かれた封筒が手から零れ落ちた。

 部室が無いことはない――そう続けて言った冬海の案内で来たのは校庭。その隅にあるプレハブ小屋の前で二人は足を止めた。
「プレハブ小屋……」
「そう、昔はあったみたいですが今は廃部になっています。部室も体育倉庫扱いで部活動をするには難しいのが本音ですね」
 本来与えられているはずの部室塔と比べれば雲泥の差である。尤も実質的な廃部扱いではその指摘も無意味だが……。
 円堂は何も言わずに無言で部室“だったもの”を見ている。例え体育倉庫として使われたとしても元々は部室だったのだ。それを思わせるような雰囲気が何故か感じられたのだ。
 しかしそれは円堂だけの話であり、隣に立つ冬海から見ればただの物置である。これ以上の“部活紹介”は無意味だと判断して別の部活を勧めて職員室に戻っていった。
 既に生徒のほとんどは下校しており、校庭は夕焼けに染まっている。
 そんな中で円堂の胸中は複雑だった。彼がサッカー部に入りたい理由は単純にサッカーをしたいという物だった。それだけならサッカー部に入らなくてもいいと思うのだが、そうはいかない理由がある。
 円堂の家族である二人は――理由は知らないが――サッカーを毛嫌いしている。その為にサッカーをやりたいのに表立ってサッカーをすることができなかったのだ。
 その為に一人で細々と、人目に立たない場所で隠れながらボールと向き合ってきたのである。それでも円堂は満足していたが、時が経つと共に欲も出てくる。
 本来サッカーはチームスポーツである。チーム全員で協力して勝利を目指す興奮は、円堂にとって得難い物であり続けた。それも部活に入れば現実のものとなる。そう考えていたのだ。
 尤もサッカー部がないなんて予想外にも程があるのだが。
「……ない物は仕方ないよな」
 思わず言葉に出るやるせなさ――しかしそれは逃避などでは無く、気持ちの切り替え。
 サッカーをする為にここに来た以上、別の部活に入るなど選択肢にない。
 だからと言って行動を起こさなければ取り巻く環境は何も変わることはない。
 無いなら始めればいい。ましてや冬海先生が言ったように過去にあったと言うのなら、復活させたって問題は無い。
「よし――!」
 悩みを吹き飛ばして、円堂が見据えるのは明日だ――。
 
 そして翌日、再び冬海の元を訪れた円堂が提出したのは書き直した入部届と部活動申請書だった。
 想定外の行動に狼狽する冬海を顧問に据えて、新入部員一人のサッカー部が始動することになる。

――“歴史通り”に進んだ場合の話だが。

「円堂守だな」
 突如背後から掛けられる声に振り向く円堂。そこにいたのは一人の少年だった。
 しかし彼は“異質”だった。
 身に纏うスーツは体と一体化しており、顔の横には映画で見るようなインカムがある。それだけで一般人では無いと思うが、何よりもこの世界とは“ずれている”と円堂には感じるのだ。
「……君は?」
「私はアルファ。エルドラドのルートエージェントだ」
「アルファ……ごめん、俺のことを知っているみたいだけど会ったことないよな?」
「YES。実際に会うのはこれが一回目だ」
 むしろ会っているのならば忘れるはずが無い。それほどアルファの存在は異質だ。雰囲気もまるで感情を動かさない静か過ぎる印象だった。
 そう考えている内にアルファの姿が大きくなる――否、静かにアルファは距離を詰めていた。無言で迫る姿に円堂は無意識のうちに後退するが、背中には体育倉庫改めサッカー部の部室がある。
「――っ、俺に何の用だよ?」
  至近距離まで迫られたことに対する困惑か、無言で重圧を与えてくることの恐怖か、少々棘のある言い方になった円堂にアルファが告げたのは決定だった。
「お前からサッカーを“消去”する――」
 消去――消えてなくなること。または消して無くすこと。
 アルファが告げたのは後者の意味であり、それが意味することはただ一つ。
「俺から……サッカーを消すって言うのか?」
「YES。サッカーは存在してはならないものになった。故に消さなければならない」
 質の悪い冗談だったらよかった。だがアルファの言葉にそのような物は微塵もない。
 淡々と、無表情に使命を遂行する。
 私情を入れることなく、アルファは目的の為に動くだけだ。
「お前による雷門中サッカー部の復活は、我々にとって大きな悪影響を齎す。故にここで、お前にはサッカーを忘れてもらう必要がある」
 だからと言って素直に“応”とはできない。サッカーは唯一の繋がりなのだ。それを捨てることは円堂にとって自分を捨てることと同意だ。
「俺はサッカーを捨てない……消させはしない!」
 敵意を向ける円堂を前にアルファが取り出したのは手の平サイズの丸いプレート――それが変形してサッカーボール状のデバイスに変化する。
 スフィアデバイス――エルドラドが開発し、アルファ達ルートエージェントが任務遂行のために使用する武器。その機能は多岐にわたり、状況に応じて使い分けることができる。
「NO、拒否はできない!」
 展開したスフィアデバイスの機能を使用するアルファ。それに応じてスフィアデバイスは青色に輝く。選択された機能はムーブモード。目的地に瞬間移動できるものだ。
 円堂とアルファを挟む位置にスフィアデバイスを蹴り上げる。青い光が二人を包み込み機能が実行される。
 光が消え去った後、二人の姿は神隠しにあったかのように無くなっていた。

 視界を青で埋め尽くされ、それが引いた時に見えたのは黒に染め上げられた空だった。
 起き上がって周囲を見渡す円堂だが、見覚えのある場所では無かった。
 足元に広がる整備されたサッカーフィールド。
 それを囲むように立ち並ぶ観客席。
 いつの日か立ちたいと思った舞台に、何故かいる。予想の範疇を超えた事態に、軽く混乱しそうになる円堂を引き留めたのは、先程まで共にいた無感情な声色だった。
「事態を受け入れたか?」
「アルファ!」
 この事態を引き起こした張本人は静かに円堂を見下ろしていた。
 そして周囲にはアルファと同じ服を着た者達がいる――その数は10人。
「不思議な縁だ……この地でお前のサッカーを消すことになるとは」
 数の上でも圧倒的に不利な状況。苦い表情になる円堂だが、闘志を潰えさせるわけにはいかなかった。
 実力も手段も分からない。だが、呑まれたら負ける――。
「ここからはサッカーの時間だ。最後にして最悪のサッカーでお前の心を折る」
 アルファは再びスフィアデバイスを起動させる。輝く色はオレンジ。単純に威力を上昇させる攻撃用の機能。ストライクモードの起動を示している。
 それを見て円堂は身構えた。それだけで精一杯だった。
「ぐあっ!?」
 見ることができたのはアルファがスフィアデバイスを蹴り上げる瞬間だった。
 そのシュートスピードは常人に捉えられる物ではない。ましてや防ぐなどもってのほかだ。
 乱回転する視界の中で円堂は何が起こったのか理解できない。ただ分かるのはフィールドの上で吹き飛ばされているということだけだ。
 弾丸のように飛ばされ、フィールドについても勢いは衰えず回転すること数回。体中から発せられる痛みに耐えながらゴールを背にして円堂は立ち上がる。
 次に視界に入ったのは未だにオレンジ色に輝くスフィアデバイスと、包囲するように立つアルファ達11人。
 その中の一人にスフィアデバイスが渡った瞬間、円堂に嫌な予感が走った。
 その予感は現実になる。
 アルファが手を――まるで処刑を下すかのように振り下ろす。
「やれ――」

 常人に捉えられない速度を維持してサッカーで言うパスを繰り出せばどうなるか。
 オレンジの軌跡を描きながらスフィアデバイスは行き先を変えて一瞬の芸術を作り出す。
 尤もそれを見て感動する者は紛れもなく異常者の分類に入るが。
 11人による高速パス。その中心点にいる円堂にとっては地獄の様な物に感じられた。
 倒れることも許されず、苦痛とうめき声だけしか発することを許されない。
 新品の制服がボロボロになろうとする所でアルファは私刑を中断させる。
 アルファの言う“最後にして最悪のサッカー”を受けて自身の中から、歴史上から多くのサッカープレイヤーがサッカーを拒絶した。
 そしてこれ以上の暴力は必要ないと判断した。目的の為に手段は選ばないが、不必要な痛み、犠牲はアルファの望むところでは無かった。
 故に止めを刺すべく、言葉で揺さぶりを掛ける。
「……どう感じた?」
 たっぷりと含みを入れて問う。既に体は限界だろう、微かに動いたのを返事と認めた。
「サッカーはつらい、重い、苦痛、邪悪、不必要……そう、サッカーは不必要なのだ」
 体に、心に刻み込むように言葉の楔を与えていく。
 これでほとんどの者はサッカーを拒絶した。
 今回もその例から外れることは無いだろう。

「――あんなに凄いプレーができるのに……何でそんなこと言うんだよ」
「何――?」
小鹿のように震える足で円堂は立ち上がる。苦悶の表情で、信じられないと言うかのように、アルファ達を見据える。
 初めてアルファは表情を驚愕に変えた。微かな変化だが、彼を知る者達はそれに驚きを露わにする。
 答えを返そうとしない円堂はもう一度聞く。
「あんなすげえプレーができるのに、なんでサッカーを消そうとするんだ!」
「……未来の為」
 答えなどアルファ達には最初からあった。
「――未来?」
「YES。私たちの未来はサッカーによって重大な事態になった。故にサッカーは消去されなければならない。そして円堂守。お前のサッカーは危険だ。お前のサッカーが未来を“破壊”する」
 その言葉に円堂の心が揺れた。
 もしもただ単純にサッカーを嫌いだという理由なら反抗しただろう。
 もしもただ不都合だと言うのならば、そうならない為の打開策を探しただろう。
 しかし、アルファは――未来は否定した。サッカーをすることを……。
「俺がサッカーをすれば、世界が終わる……」
 アルファは嘘をつくような奴に見えない――敵対しながらも、僅かな邂逅だが円堂にはそう感じられた。
 ならば――未来から来たことも、サッカーが消去されるのも納得できてしまう。
 それは――拒絶では無く、諦めだった。
 身体から力が抜け、フィールドの緑に体を預ける。
 抗う気力は無かった。静かに近付いてくるアルファはどうでもいい。
 円堂は諦めたのだ。

「違う! サッカーは必要だ!」
 フィールドに吹き込む風。声の主は正しく吹き込むように二人の間に現れた。
 風を形にしたような栗色の髪と、あどけなさを残す少年だった。
 しかしアルファ達と対峙する彼の瞳は、決して揺れ動かないであろう強い意志を秘めていた。
 その瞳が円堂を正面に捉える。纏う風は優しく、熱い。
「貴方のサッカーに多くの人が救われたんです。だからサッカーを……他でもない貴方が諦めないで下さい!」
 彼の言葉が円堂の心を取り戻す。失いかけた闘志が再び燃え上がる。
「君は……?」
 彼が身に纏っているのは円堂にとって見覚えのある制服だった。色が違えど肩に施された装飾は紛れもなく雷門の物だ。
 だけど入学式で彼を見た覚えはない。何よりもこれ程サッカーを愛している奴がいるなら、サッカー部が無いはずが無いと円堂は思う。
 深い呼吸を置いて、彼は問いに応える。
 その出会いを円堂は忘れない。
 記憶を消されたって、その出会いは魂に刻み込まれたのだから――。
「俺は、松風天馬――雷門中サッカー部のキャプテンです」
 それは紛れもなく未来の可能性。
「雷門中サッカー部――!?」
 驚愕と期待が入り混じった表情で聞く円堂に、天馬は事実を告げた。
「サッカーを取り戻す為にこの時代に来ました――力を貸してください!」
 それが円堂にとっての始まり。
 人生で最も“長い”一日の序章であり、
 彼のサッカーが始まった瞬間でもあった――。

 未来からの使者により時間軸は大きな歪みを産み、新たな時間軸を誕生させた。
 円堂守と松風天馬――本来出会うはずのない彼らが出会い、物語は始まりを告げる。
 これはサッカーを取り戻す為に時空を駆けた二人の物語である。