ラッパー・ハハノシキュウによるMCバトルコラム連載の第2回である。ルールは先攻後攻2回ずつ。ハハノシキュウ本人とそれを1歩引いて俯瞰している立場の母野宮子という2人が交互にコラムを執筆していく。何時 何処に居ても君だと分かる様にしておけよ E.H.H project/Bad Boyz Be Ambitious(2007年)
先攻1本目 母野宮子
ラッパーというのは、いつも自分のことで精一杯で、自分というラッパーが世界の基準だと思いたかったりする。これから始める話はそんな基準の話だ。MCバトルをテーマにしたコラムを連載していくうえで、なるべく他のラッパーについて具体的な言及をするのは色々と面倒だから避けたいと思っていた。
だが、この手の話をするにあたって義務教育のように避けられないラッパーがいる。(本当にサグなラッパーなら義務教育なんて受けないけど)
それがR-指定だ。
かなりの人見知りだとは聞いていたし、一方のハハノシキュウもペットショップの犬や猫の目を見れないくらい人見知りだ。だから、仲のいいDOTAMAに「どうやって彼に話しかけたらいいんでしょう?」と相談していた。
DOTAMAは「ロン毛同士仲良くなれるよ!」とKOHHよりも適当なことを言ってきたため全くあてにならなかった。その後、ハハノシキュウが勇気を出してR-指定に話しかけた話は別に面白くないため割愛する。
フリースタイルダンジョン/画像はテレビ朝日より
これまでの放送を振り返り、フリースタイルダンジョンには、今の所2箇所のブレイクポイントがあるとハハノシキュウは考えた。
CHICO CARLITOが登場したREC2。そしてDOTAMAが登場したREC4である。
MCバトルの大会にはブレイクポイントが必ず存在する。1回戦の第1試合から順番に試合が進められていき、その日の空気をガラっと変えてしまう1戦がどこかでやってくる。
フリースタイルダンジョンにおいては、そのブレイクポイントの鍵をR-指定が握っていると言っても過言ではない。
フリースタイルダンジョンはトーナメント制の1日で終わる大会とは毛色が違う。もちろん収録現場にその空気があるのは間違いない。だが視聴者にとっては、テレビで毎週観るという行為がそこに加算されるため、見え方が変わってくる。
そんなテレビの世界、フリースタイルダンジョンにおいてブレイクポイントを産み出すためにはどうしたらいいのか?
安い言葉で答えれば、それは衝撃だ。野球で言うところの投手/打者の2刀流選手・大谷翔平が登場した時のような衝撃。
じゃあ、その衝撃ってなんなのか?
フリースタイルダンジョンという番組を第1回から観ていくと、まず、いろんなラッパーが世の中にいるってことが女子高生にもわかるはずだ。
※このコラムではヒップホップやラップに詳しくない人のことを「女子高生」と呼んでいます。
あそこはラッパーがたくさんいる料理店だ。ただし、メニューがない。まるで注文を注文で返してくる料理店だ。
ただ、楽器をやらない人間が普通にギターを弾いているバンドマンにそこまで凄味を感じないように、もはやフリースタイルでラップしてること自体への衝撃は次第になくなっていく。
チャレンジャーもそれを迎え撃つモンスターも、そういう意味では料理店における想像の範囲内のメニューが揃えられてるなっていう印象になる。
だから、素人目に観てもヤバイとわかるギターテクの魅せ方みたいなものをラップで体現する人間が出てくる所から沸騰は現れ始めるのである。
CHICO CARLITOの登場により、番組の空気に変化が見え始めた。
元々CHICO CARLITOを知らない女子高生でも、彼は他のラッパーとは何かが違うと感じ取れたと思う。
そしてCHICO CARLITOがあっという間にモンスター相手に3連勝し、初めて4人目のR-指定が登場する場面がやってきた。ファミレスで想像のできる範囲の外側にあるメニューが、ようやく見えてくるのである。
そしてR-指定が登場すると、あまりに呆気なくCHICO CARLITOをクリティカルで薙ぎ倒す。
その即興とは思えない完成度に、フリースタイルダンジョンで初めてMCバトルを観たって素人目でも「これはヤバイ」と思えたはずだ。
後攻1本目 ハハノシキュウ
「確かに焚巻さんや、DOTAMAさんの登場回で、一気に番組の存在が世間に認知されたってイメージですね」
まさか女子高生とMCバトルについて長電話をすることになるなんて、ラップを始めた当初は想像すらできなかった。
「テレビでフリースタイルバトルをする時代がくるとは想像してたんですけどね、まさか今年だとは思わなかったですよ」と僕は、競馬のレースが終わった後の負け惜しみのように言った。
「で、本題なんですけど、そのR-指定さんが握ってる鍵ってのはなんなんですか?」
「R-指定が握ってないものをチャレンジャーが握ることです。R-指定という名の回転寿司で回ってないものを握った奴が興味を持たれるんです」
「R-指定さんの『みんなちがって、みんないい。』って曲とか。どんなラップが来ても握れるっていう貫禄がありますね」
フリースタイルダンジョンにはありとあらゆる料理が揃っている。それは勿論、寿司に限定されない。だから、チャレンジャーはそこに存在しない料理を用意して、モンスターに挑まないといけないわけだ。
例えば、パスタにタラコを足したやつを持って行ったって、とっくにそれは定番と化している。誰にも見向きもされないだろう。
「R-指定さんが握れなくて、ハハノシキュウさんが握れるものって何ですか?」
「プリンとか……」
「回転寿司の話じゃなくて、MCバトルの話をしてください。確かに回転寿司にはプリンがありますけど、あれを握ったら汚いですよ」
最近じゃ女子高生こと、担当編集の藤木さんもMCバトルが上手くなってきているようで、僕の屁理屈から屁を抜く作業を率先して行ってくれる。
「R-指定君ができなくて、僕ができることですよねぇ。えーと、前髪で顔を隠すとか」
「それはR-指定さんにもできますよね、やろうと思えば」
この連載が始まる前に比べて、明らかに藤木さんのMCバトルスキルが上がっている。きっと、僕の文章を沢山読んだからに違いない。
さて、困った。
そんな僕のラップが詰まったのを勘付いて、藤木さんが質問を言い直してくれた。
「それじゃあ、聞き方を変えてもいいですか? もしもハハノシキュウさんがフリースタイルダンジョンに出たらどういう感じでいきます?」
僕が一番困る質問に変わってしまった。
ふざけたことを言ったら「記事で使えないからダメです」とアンサーを返されるに決まってる。
もういっそのこと、木多康昭の『幕張』みたいに編集部ネタだけを原稿に書いて、ラップの話を放り投げたい気分である。←こういう一文を添削で消されるのである。
僕は、フリースタイルダンジョンに出た時に、どうすれば自分が一番得をするかを考えた。やはり勝ち負けよりもタレント性をアピールできるかどうかだなと、残念ながら打算的に思ってしまう。
最初から般若さんをやっつけて100万円を獲得することだけに躍起になれるような、「純粋さ」そのものにカリスマ性や人を惹きつける魅力があればいいのだけど、残念ながら僕にはそういうイノセントな魅力はない。
だから、言い方は悪いが計算してやってるみたいなあざとさが残るだろう。まあ、その計算が間違ってるっていう点においては評価してほしいが。
話に聞くと、フリースタイルダンジョンのステージはとにかく眩しくて、とにかく熱いらしい。スタジオやレコーディングブースに入る時には照明を消し、なるべく暗くする人がよくいるけど、そういう類の集中方法を用いる人にとっては地獄だろう。
つまり、僕にとってあそこは天国とは呼びがたい。
というか箸を投げるようで申し訳ないが、僕はモンスターに勝てる気がしない。最初から。
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