さらに最近では、福島県内に設置されているモニタリングポストの撤去が進んでいる。
片岡さんらが、撤去のワケを市に問い合わせたら、「避難区域が解除になる地域に移設する」とのこと。市民が抗議したら、今年1月、住民説明会が開かれた。参加者が、「今後、廃炉作業中に何か起こったら、線量の異変をどうやって知るんだ?」と市の職員に詰め寄ると、職員は平然と、「不測の事態になるとは思いません」と答えたという。
結局、市に抗議した片岡さんらの地区のモニタリングポストだけは撤去されずにすんだが、市内の他のモニタリングポストは撤去されてしまった。
「モニタリングポストの値だって信用はできません。けど、私たちが放射線量を知る最低限の権利を奪われることになるんです。それに、いつの間にかなくしていって、私たちの意識から原発事故や汚染を消し去ろうとする、そのやり方が気に入らないんです」と、片岡さんは憤る。
前出の澤田さん(福島市)は、長女が鼻血を出し始めたころ、心配になって園長に「園庭を測定させてほしい」と頼んだが、「公立の幼稚園だから教育委員会の許可なしではできない」と却下された。仕方なく、幼稚園周辺の空間線量を測定したところ、ホットスポットが見つかった。澤田さんは市に再除染を依頼したが、「除染した土を持って行く場所がない」と、無責任な対応をされた。「子供を守る気があるんでしょうか……。福島で子育てをするのは、ほんとうに疲れます」と、澤田さんは途方に暮れる。
さらに福島では、お母さん同士の人間関係の分断が進む、悲しい現実もある。澤田さんは、「ほかの子供も被ばくさせたくないという思いから、ママ友たちに測定結果を伝えたのだが、うちひとりから「私たちは、放射能があろうとなかろうと、福島で生きていく。将来、福島は安全だったね、って証明するんだから、測定なんてしないで」と言われ、以来、関係はギクシャクしたままだ。
同じく神奈川県に自主避難中の前出の松本さんも、「自分たちのような県外避難者が、福島の汚染について訴えれば訴えるほど、『福島に住んでいる人を非難しているのか』と思われ、溝ができる」と、苦しい胸の内を吐露してくれた。『原発危機と「東大話法」』(明石書店刊)などの著書がある、東京大学東洋文化研究所教授の安冨歩さんは、分断の理由についてこう分析する。
「放射能をばらまいた国や東電が、そんなことなどなかったかのように振る舞うのは、それ自体が暴力で、国家による国民に対するハラスメントです。そして、ひとたびハラスメントの構造に取り込まれると、暴力を受けている側は、その事実と向き合うことができなくなるのです」
そこでできた傷は「盲点」のようになってしまうという。
「親から虐待されている子供が、自分では虐待の事実を認識できないのと同じです。自分が誰かに痛めつけられている、という事実と向き合うのは、とても恐ろしく勇気がいる。ですから、多くの被害者が、汚染と被ばくの事実から目を背け、加害者に加担します。事実と向き合い声を上げている人が、向き合えない人と対立するのはそのためです」
さらに安冨さんは、こうした歪んだ状況が、子供の心身に与える悪影響についても懸念する。
「大人たちは、何百年にも及ぶ放射能汚染を未来の世代に押しつけ、のびのびと外遊びする環境も奪っておきながら、自分たちは目先の利益だけ優先して『たいしたことはない』と言って原発再稼働まで進めています。こんな不道徳を押し付けられた子供たちが、それを当たり前だ、と思い込んでしまえば、不道徳が世代を超えて連鎖してしまう。そのような社会がどうなっていくのか、私はとても恐ろしい」
子供たちにツケは回せない、と母親たちも奮闘中だ。
「口をつぐんでしまったほうがラクでしょうけど、子供の甲状腺がんも100人を超えているのに黙っていられない。真実と向き合わずして本当の復興はありません」
そう話す前出の坂本さんは、子供を被ばくの心配がない場所で教育を受けさせる権利の確認と、国や自治体の不作為により、子どもに余計な被ばくをさせた責任を追及する「子ども脱被ばく裁判」の原告のひとりとなり訴えを起こしている。会津の片岡さんも、この裁判の支援者だ。
また、南相馬市の遠藤さんは、南相馬の自宅が年間被ばく量20ミリシーベルトを越えるおそれがあるとして、2011年6月“特定避難勧奨地点”に指定された。
しかし、国は「年間被ばく20ミリシーベルトは下回った」として、2013年12月末に、住民の反対を押し切って地点を解除。補償も打ち切った。
これを受け、特定避難勧奨地域の住民132世帯534人は2014年7月、「一般公衆の年間被ばく限度量は1ミリシーベルトなのに、差別的に福島県民だけ20ミリシーベルトを押しつけられるのはおかしい」として「南相馬20ミリシーベルト基準撤回訴訟」を起こして闘っている。
遠藤さんも原告のひとり。「これは、自分たちだけのための裁判ではないんです。もし他で原発事故が起こったら、その地域でも年間20ミリシーベルトの被ばくが強要されてしまう。そうならないために闘っているんです」と話してくれた。
福島でいまだに残るひどい土壌汚染。子供を守るためにも、この現実と向き合い、全力で対策を講じることが私たち大人の責任なのではないか。
(取材・文/和田秀子)
子供が遊ぶ環境を奪っておきながら、 目先の利益に走る大人の不道徳
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