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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2016-05-05

今、世界に本は1億3000万冊あるらしい。僕らが一生のうちで読めるのはあと何冊なんだ 11:12

 シリコンバレーハルシオンモレキュラー社という会社がある。

 DNA操作技術を研究し、人間の寿命を150歳まで伸ばすという2008年創業のベンチャー企業だ。


 この会社のオフィスには、「人生がもっと長くなったら、あなたは何をしますか」というポスターが貼ってあるらしい。


 ポスターの文言は「世界には1億2986万4880冊の本があります。あなたは何冊読みましたか」と続く。

 まあ本の中には訳本や新装版などの重複もあるので、この1億3000冊という本の数え方はそれはそれで怪しいが。


 僕は最初期のSNSだった頃のGREEで、書評を一番たくさん書いて一位になったのがちょっとした自慢なのだが、今ではGREEはSNSという機能すらどこにあるのかわからない状態でそんなことはもはや自慢以前の妄言にしかならない。悲しいことである。


 ただ、この時書いた書評はどう多く見積もっても1000くらいが限界だった気がする。


 もちろん、読んだ本の中で書評を書くに値する本というのはそれほど数が多くない。記憶だけで書いてたから、だいたい10冊に1冊くらいだろうか。


 すると、僕はその時点で1万冊くらいは読んでいたことになるのかもしれない。これは全世界の蔵書の、0.007%に過ぎない。書評を書いたのは27歳の時だから、物心ついてから本をずっと読んでいたとして、20年で1万冊。一年に500冊読んでることになる。むかしは確かに本を沢山読んでいたけど、今は明らかにペースダウンしていて、多めに見積もっても年に50冊くらいしか読んでない気がする。いや、Amazonの履歴によるとその倍くらいは本を買ってはいるのだが、読んだかと言われると読んでいないものも少なくない。いわゆる積ん読というやつだ。


 そして積ん読はどんどん溜まっていく。指数関数的に溜まっていく。いつ読むとも知れない、読まないかもしれない本が。さらに言えば、頼んでもないのにあちこちから献本が送られてくる。あわよくばブログで紹介してくれ、とご丁寧に手紙まで付いて。しかしな、いくら本をもらったからって、読んでもない本を紹介するわけにはいかない。そしてさらに持ってはいるけど読んでない本が増えていくのだ。


 このうえ、古典を読めとかあれは必読だ、と言われても困る。本を読むというのは書くのと同じくらいかそれ以上に疲れる。むしろ本を書くほうがラクなくらいだ。


 飛行機の中で本を読んでいると、それがどんなに面白い本でも途中で寝てしまう。

 ところが本を書いていると、どんなにつまらない本でも覚醒する。いつもより捗っている気さえするのだ。不思議なことに。


 人間は創造的になればなるほど時間を忘れるらしい。

 そういえば、プログラミングをしているときも時間を忘れる。デバッグをしているときは特にそうだ。


 だとすると、なおのこと、読むべき本と同じくらい、読まなくていい本の情報は大事である。


 この難問に一発で答えをくれるのが、橘玲のズバリ、「読まなくていい本の読書案内」だ。



 本書は先日紹介した「言ってはいけない―残酷すぎる真実―」の元ネタ本である。

人間の性格や能力はほとんど遺伝で決定する!?教育は無意味?会社が儲かるかどうかはCEOの顔で決まる・・・な衝撃的な本 - shi3zの長文日記

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20160502/1462145442

 元ネタ本というか、この本を読むと「読まなくていい本の読書案内のスピンアウトである」と書かれているので、ではスピンアウトの元ネタはどういう感じなのかと思って読んでみたんだけど、なるほど面白い。


 橘玲的世界観を構築するのは、進化心理学や経済学といったバックボーンである。

 

 僕が橘玲を初めて知ったのは、亜玖夢博士シリーズなんだけど、この本と併せて読むと橘玲の世界観がどういう元ネタから仕入れてどう料理しているかがよく分かる。


亜玖夢博士の経済入門 (文春文庫)

亜玖夢博士の経済入門 (文春文庫)


 僕も人のことは言えないが、短期間に沢山本を書くと、どうしてもネタが被る部分が出てくる。先に言っておくけど今度の東洋経済に掲載される記事もできるだけ新しいネタを入れようとしてるけどどうしても基本的な話は被ってしまうところがある。


 橘玲も例外ではなく、何冊か続けて読むと「あ、これ前に見たやつだ」という記述が繰り返される。

 でもまあ、「あ、これ前に見たやつだ」とわかるということは、ある程度、ちゃんと前の本の内容を記憶しているというわけで、それ自体は悪いことじゃない。橘玲は一線級のプロなので、ちゃんと料理してくれているから同じ話でもちゃんと楽しめるようになっている。


 ちなみに冒頭のハルシオン・モレキュラー社の話は本書に出てくる話の引用で、元ネタがどこにあるのか見つけられなかった。会社が存在していることは確認できたが、その会社が本当に150歳まで寿命を延ばす技術を開発したのかどうかはわからないままだ。


 本書で言う「読まなくていい本」とは、「その根拠が既に否定されている古い価値観の本」を指す。

 そうすると1億3000万冊のうち、大半の本は読まなくて済むからありがたい。


 たとえば、フロイドの精神分析学だったりとか、ソーカル事件以前のフランス哲学書、ラカンやドゥルーズ&ガタリは読まなくていい。といった具合だ。


 読まなくていい、という理由はもう一つあって、橘玲自身によって、だいたいのものが要約されている。

 要約されているから、もっと詳しく知りたければ、章ごとに挿入されているブックガイドで原典をあたったり、より詳しい解説の書かれた本を読めばいい。要約だけで満足できる人は、もはや読まなくてもいい。これは便利である。



 さて、しかし橘玲氏の慧眼と知識量にはいつも圧倒されるが、この本を読んでいてどうも物足りないと思ったことがいくつかある。


 2015年刊行ということは、つい半年前に書かれた本ということになるが、本書は今の世の中を理解するために重要なポイントが欠けているように思える。


 どこが物足りないかといえば、情報処理という観点、要はコンピュータという観点が少し欠けているのだ。

 

 そこで僭越ながら、橘玲氏にぜひ読んでもらいたい本を提案させていただくことにする。


 橘玲的世界観では、複雑系がよく登場する。

 しかし、複雑系を理解するにはプログラミングを理解する必要があるし、できれば相互作用する非線形な計算・・・すなわち三体問題など、まさしく複雑系そのものを理解するために必要な知識を平易な言葉でまとめたA.K.デュードニーのコンピュータ・レクリエーション・シリーズをまずおすすめしたい。



 この本は絶版本で、なんとロングテールを誇るAmazonの蔵書にすら3と4しか登録されていない本だが、ぜひともシリーズ全巻をなんとしてでも手に入れることをお勧めする。


 これは日経サイエンスの連載をまとめた大判本で、薄いのですぐ読めるし、ゲーム理論相互確証破壊(MAD)の実例も出てくる。


 また、橘玲的世界観において圧倒的に欠けていると思われるのは、近年進歩の著しいAIについての知識である。

 金融取引の大部分をコンピュータによるアルゴリズム取引が支配しているというのに、経済を語る上でアルゴリズムやAIは不可欠な道具となることは目に見えている。


 AIについての本は、コンピュータ・レクリエーション・シリーズを読めば古典的AIの解釈や原理については過不足なく説明されているし(単純な思考アルゴリズムから三層パーセプトロンまで完璧に説明されてる)、今更、マービン・ミンスキーの「心の社会」などは読む必要がないだろう。同じような理由で、読むのが難解な「ゲーデルエッシャー・バッハ」も、かつての古き好き時代の人工知能がどういうものだったのか知りたいという考古学的興味がなければ読む必要が無い。


 オーバービューの入門として圧倒的に分かりやすいのは、もちろん松尾豊先生のあの本だが、刊行から一年が経過して早くも内容が古くなり始めている。



 この世界はあまりにも進歩が早いので、人工知能黎明期から現在までの歴史を手っ取り早く知るためには本書が有用だが、最新の人工知能技術で何ができるかということは、もはや活字になるのを待っていては間に合わない。


 目下、世界最先端の人工知能の論文が集まるのはコーネル大学図書館のオンライン論文アーカイブarXivである。

Artificial Intelligence authors/titles recent submissions

http://arxiv.org/list/cs.AI/recent

 この、人工知能分野だけでも、一日4〜10本もの論文が投稿されている。

 おそらく、人類の歴史上でもこれほどの情報量の論文が毎日コンスタントに投稿されるというのは異常事態であり、ここを追いかけているだけで一日が終わってしまう。


 論文だけでなく実装まで見たいという場合は、gitxivがある。

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http://gitxiv.com


 これは、arXivに投稿された論文の実装がgithubに公開されている場合に論文と実装をセットで参照するサービスで、論文だけではいまいちよくわからないことも、実装を見ればプログラマーには一目瞭然ということがよくある。プログラマーの必殺技は、最終的によくわからなくてもコピー&ペーストすればそのまま使えてしまうことである。


 プログラマーにとって手元で再現実験ができることがどれだけありがたいか、論文だけでは伝わらない「ナマの最新情報」が得られるという点で非常に有益。


 さて、20世紀最大の発明は「情報(Information)」という概念だろう。

 

 Informationという言葉の起源がいつだったかは分からないが、情報が非常に重要だと認識されたのは明らかに20世紀である。


 まず英国政府が情報の重要性に気づき、陸軍秘密情報部(Directorate of Military Intelligence)を設置。イギリス海軍情報部部長ジョン・ヘンリー・ゴドフリーらがアメリカ政府に助言する形で、アメリカ政府内にOCI(Office of the Coordinator of Information)が設置されたのは1941年。


 つまりそれまで情報(Information)は言葉こそあったものの、重要なものとは見做されておらず、情報収集および情報処理の重要性がハッキリと認識されたのは20世紀中盤に入ってからということになる。


 クリックとワトソンにより生物の設計図がDNAという情報に還元されるということが明らかになったのも同時期の1953年で、20世紀後半は情報化社会が叫ばれ、そしてニールス・ボーアとヴェルナー・ハイゼンベルクらによる量子力学の完成も20世紀中盤までにあり、宇宙を構成する物質の状態の本質が情報にあることがわかった。情報が本質的に重要だからこそ量子テレポーテーションなどの現象が発生するのである。


 この、全てが情報に繋がる、ということがいくつもの分野で同時多発的に判明したのが20世紀中盤から終盤にかけて起きた出来事であり、これに伴って情報技術産業が大いに発達した。俗にいうIT革命である。


 そして今現在、物理学の世界では様々な奇っ怪な現象に言及され、大胆な仮説が次々と立てられている。


 特に大胆なのは、ホログラフィック原理で、宇宙は情報の塊なのだから、情報を記録できるのは体積ではなく面積であり、つまり本質的に還元すれば、二次元の板からホログラムのように映しだされた幻影がこの四次元空間であるという考え方だ。


 あまりに突飛なので日本語ではまだ専門書がない。

 Scientific American誌の日本語版である日経サイエンスの過去記事にいくつか言及がある。

ホログラフィック宇宙を検証する | 日経サイエンス

重力は幻なのか? ホログラフィック理論が語る宇宙 | 日経サイエンス

ホログラフィック宇宙 | 日経サイエンス


 量子力学は、誰もが持つ宇宙観や人生観を根幹から揺さぶる考え方で、哲学に深く言及している橘玲的世界観で量子力学についての言及が甘いのは少し物足りなさを感じる。もしかして橘氏は物理学が苦手なんじゃないのか。でも大丈夫。最新の物理学はそういうレベルではないから。


 最近の量子論でダントツにぶっ飛んでいるのは量子物理学者のペンローズと、麻酔科医のハメロフが共著した死に関する論文だ。

 Wiredの「Death 2.0」特集で読むことができる。



 ここで紹介されている量子マーケティングは正直ナゾだが、ペンローズとハメロフの論文は一読の価値ありだ。

 ペンローズは量子脳理論という新たな脳科学の解釈を提唱している。


 また、最先端のAIについても、WiredのAI特集は網羅的でそこそこ役立つ


 WiredのAI特集にも出てくるPEZY Computingの齊藤さんの本もぶっ飛んでいるので一読の価値がある。分厚いけど


 分厚いのでKindle版があるのは嬉しい。


 齋藤さん率いるPEZY Computingは、世界の高効率スーパーコンピュータランキングであるGreen500の1位から3位を独占するという快挙を成し遂げたベンチャー企業だ。


 そして齋藤さんのビジョンは単に世界一速くて効率的なコンピュータを作るだけではとどまらない。


 脳との直結、そして脳と同規模のスケール、すなわち100兆のシナプス結合をシミュレートするエクサスケールコンピュータの実現(ちなみにPEZYはPeta Exa Zeta Yottaの略)。さらには人類の脳全てを直結して新しい人類を作り出すというクレイジーなところまで果てしなく進んでいく。このドライブ感。


 あまりにぶっ飛んでいて、こちらの理解が追いつかなくなる感覚は独特であり、どこまでもマジなマッドサイエンティスト感が満載で、たぶんマッド具合で言ったら亜玖夢博士も真っ青だろう。


 さて、マッドサイエンティストといえばこの人も忘れてはいけない



 現役マッドサイエンティストの稲見昌彦が、SF映画・アニメに登場するスーパーヒーローを科学的な解釈で解説しつつどうすればそれが実現できるかを解説するという本。

 僕も献本されたのにKindle版を買い直すという珍しい対応をした本であり、というか目次だけ読んでいてもワクワクするのだが、なんでAmazonの出版社による解説のところにダラダラと編集者個人の感想を掲載して肝心の目次を掲載していないのか。

出版社にいて本をつくるなかで、

これほど楽しく編集できた本はほかにありません。

本を手にとり目次だけでもご覧いただければ幸いです。

 だからその目次を掲載しろよ!!!!

 Kindle本で本を手に取りはないだろ


 と全力でツッコミを入れてしまった。

 この編集者の解説よりも目次の方が100倍面白さが伝わるので、目次から抜粋すると

  • SFから人間拡張工学を考える
  • 拡張身体とはなにか
  • どこまでが拡張身体なのか
  • どこまでが身体なのか
  • 現実世界はひとつなのか?
  • 新たな現実はつくれるのか?
  • 人間は離れた場所に実在できるのか?
  • ロボットはなぜヒト型なのか?
  • 他人の身体を生きられるのか?
  • 身体は融け合うことができるのか?

 ヤバイ

 本当は小見出しも断然面白いんだけど、手でコピーするのは疲れるのでこんなところで。

 書店に行ったらぜひ目次だけでも読んでもらえると。


 とはいえ、ここで紹介した本は全部おもしろいです

 ああそしてまた積ん読が増えていく