【ワシントン=河浪武史】米大統領選で不動産王のドナルド・トランプ氏が共和党の候補指名を確実にした。当初は「泡沫(ほうまつ)候補」と目された同氏が旋風を巻き起こしたのは、広がる経済格差やテロの脅威に効果的な手を打てない既存の政治に、米国民が怒りを募らせているからだ。トランプ氏の過激な発言には、同じ共和党支持者の中でも拒否反応を示す人が少なくない。世論の分断は11月の本選に向けさらに強まる可能性がある。
「こうなるとは予期できなかった」。ライバルのテッド・クルーズ上院議員が選挙戦撤退を表明した3日、トランプ氏はニューヨークの繁華街に所有する「トランプ・タワー」で演説し、率直な感想を漏らした。
昨年6月中旬、同じ場所で出馬宣言した同氏は「メキシコ国境に『万里の長城』を築く」と移民排斥論をぶち上げた。政治評論家も含めて多くの米国民は、11カ月後に候補指名を確実にするとは予想できなかった。
「クリントン氏もクルーズ氏も皆、エスタブリッシュメント(支配階級)だ」。3月中旬、トランプ氏の優勢が鮮明になった中西部での予備選で、工場労働者だという男性がテレビカメラに向かって叫んだ。
「トランプ旋風」の原動力はそうした既存政治家への有権者の憤りだ。2008年のリーマン・ショック後の1年間で700万人の雇用が喪失。08年に約5万5300ドル(約580万円)あった中間層の年収は、景気回復が進んだ14年時点で3%減少し、下位10%の低所得層は8%も減った。
ところが上位5%の高所得層は19万8000ドルから逆に4%増加し、経済格差は開く一方だ。低・中所得層のいらだちは富裕層の課税逃れなどに対処できない政治に向かう。トランプ氏は「自己資金で戦う私はウォール街の言いなりにはならない」と訴え、有権者の不満を味方につけた。
昨年来のパリ同時テロやカリフォルニア州銃乱射事件、ベルギー連続テロなども既存政治に逆風となった。一時陰りがみえたトランプ氏の支持率は、パリのテロ後に再び首位に返り咲いた。同氏は銃規制の強化を拒否すると表明。「安全が確保できるまでイスラム教徒は入国禁止」と主張し、人種・宗教差別をタブー視する「常識」を破って既存勢力を揺さぶった。
異端児の躍進で本命視されたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、マルコ・ルビオ上院議員らが次々と選挙戦撤退に追い込まれた。共和党の主流派は危機感を強め、7月の党大会の決戦投票での逆転劇を画策した。
だがトランプ氏が離党と無所属での本選出馬をほのめかすと、党の分裂を恐れて一枚岩にはなれなかった。最近になって2位のクルーズ氏と3位のオハイオのジョン・ケーシック州知事が選挙協力に合意したが、もはや手遅れだった。共和党主流派はトランプ旋風の背後にある、既存政治への批判に有効な答えを示すことができなかった。
米社会が内包する潜在的な対立をあおり、予備選を勝ち上がったトランプ氏。集会では罵声が飛び交い、暴力沙汰まで起きた。トランプ旋風が生み落とした社会分断の傷痕は、大統領選の結果にかかわらず、簡単には修復できない恐れがある。