はじめに
保育所問題に関するエントリーをすっかり見かけなくなりました.すでに旬な話題ではなくなりつつあるのでしょう.むしろそのほうが冷静にテクニカルなことを指摘できると思います.
千葉県市川市での保育園新設が周辺住民の反対のため建設されなくなったことは大きなニュースとして取りあげられたので,ご記憶の方も多いでしょう.
この件について,行政がもっとしっかりすべきだというブログ記事がありました.
引用します.
保育園建設にあたっては、どこでもトラブルが起こる可能性を考慮して現地住民の理解を得ていく努力が必要だと思います。今回の件で言えば市川の例でも調布でのことに関しても、住民は「説明不足」だと主張している声も聞こえます。
行政の関わり方をもう少しなんとか出来ないのでしょうか。
(中略)
周辺住民対子育て世帯の構図になぜか流れている気がしますが、住民同士言い争ってても何も解決しないでしょう。
行政にもっと頑張って欲しいんだよって言いたいです。
では,行政にどこを,何を頑張って欲しいのでしょうか?
行政は何をどう頑張らなくてはいけないのでしょうか?
ここを指摘しないと,ただの精神論になってしまいます.
記事の流れからは,「行政に頑張って欲しいのは保育園新設のための周辺住民への説明である」と読めます.
ところで,保育園新設にあたって,周辺住民に説明しなければいけないのは事業者,行政,もしくは事業者・行政の両方のどれなのでしょうか?
事業者に責任あり
保育園開設にあたり,事業者,行政,事業者・行政の両方のうち,周辺住民に説明する責任をどれが負うかについて明らかにするため,市川市の保育園新設に関する『認可保育園 設置・運営事業者募集要項(整備費交付枠)http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000198127.pdf』を見てみましょう.
こうあります.
「申請に先立って,申請事業者自らが,近隣住民等に対する認可保育園の整備・開設に係る周知・説明を実施すること」と明記されています.
さらに,事業者側は申請にあたって誓約書も提出しなければなりません.第7項にご注目ください.スマホの方には申し訳ありませんが,拡大してご覧下さい.
http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000198078.pdf
「市川市整備が承諾された際には,申請者,設置・運営法人の代表者本人または代表者より委任を行けた役職員が,誠意を持って,認可保育園の設置及び工事の実施に関する近隣住民への事前説明,調整及び紛争解決等を実施いたします.」
次も誓約書なのですが,こちらは「整備費交付枠」ではなく,補助金を受けずに認可保育園を新設する事業者が「認可保育園自主整備計画適格性審査」を受けるために提出するものです.第6項にご注目ください.
http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000195222.pdf
補助金を受けずに保育園を新設する事業者に対しても 近隣住民への事前説明等についての文言は補助金を受ける場合と全く同じです.
つまり,近隣住民への周知・説明を担うのは,まずは事業者ということになります.
市川市の場合,この「誓約書」および諸々の申請書類が提出され,所定の手続きを踏んで審査をパスすれば保育園開設に向けてGoサインが点灯することでしょう.
そうなれば,近隣住民に保育園開設の次第を説明し,調整し,紛争を解決しなければならないのは,事業者に他なりません.
ここを勘違いしてはいけないと思うんですね.まず行政ありきではないのです.
ちなみに,先のブログの記事で人気コメントの1位・2位になったのは,いずれも近隣住民に説明のは事業主でしょという内容のものでした.
保育園作れないの住民のせいにするのそろそろ止めませんか? - Enter101
- [ブコメしたいだけ]
なんでもかんでも市というか行政のせいにするが、事業の実施主体が説明するのが当たり前だろ。まぁ単純に、行政の福祉分野に対するリソースが全体的に足りてないので手厚く動けないだけではあるのだが。
2016/04/14 17:30
保育園作れないの住民のせいにするのそろそろ止めませんか? - Enter101
説明会も法人に任せきりだった、ということを、市の対応不足と断定する理由がよくわからない。経営主体の法人が説明する責任があるんじゃないの?
2016/04/14 16:43
市川市で保育園新設断念になったことの問題の根本は,市川市が「近隣住民に事の次第を説明して調整して紛争を解決できる事業者を選定していなかった」ことです.
言い換えれば,
適格ではなかった事業者を適格と審査した手続きに瑕疵があることこそが,行政側の問題点ではないかと思います.
だったらどうすればいいでしょうか?
審査手続きに瑕疵があるのならそれを改める.行政が頑張るべきはここなのです.
行政側の新たな動き
素人考えですが,住民反対による保育園開設断念を回避するためには,
①保育園新設の審査に近隣住民の同意(口頭もしくは同意書の添付)を得なければ審査を始めない,
②近隣住民の同意を得ない場合,失格とみなす旨を「失格要件」に追加する,
など手続きの厳格化を計るしかないように思います.
千葉県我孫子市では,①案に近い方針へとすでに舵を切った模様です.
我孫子市の天王台地区で今月開園予定だった私立認可保育園(定員120人)が、住民の反対により建設中止になっていたことが14日、市への取材で分かった。事前説明の遅れが要因。市は今後保育園を整備する際、早期に近隣住民に同意を得るよう事業者に求めていく方針。
市保育課によると、建設予定地はJR天王台駅近く。同市は昨年度の当初予算に整備補助費約1億9千万円を計上したが、住民説明会では「交通量が多くなり生活に影響が出る」などの反対が噴出し、同年7月に建設を断念した。
市は来年4月をめどに、断念した園の代わりとなる定員70人の認可保育園を同地区内で2カ所開園する計画。事業者が既に周辺住民に説明を行い、口頭で同意を得ているという。(我孫子でも保育園断念 住民反対「生活に影響」 | 千葉日報オンライン)
「市は今後保育園を整備する際、早期に近隣住民に同意を得るよう事業者に求めていく方針。」「事業者が既に周辺住民に説明を行い、口頭で同意を得ているという。」
どんな事業者を選定しようと,住民からの同意を得ていなければ市川市や我孫子市のように開設断念・延期に追い込まれるのは必至です.事前に住民からの同意を得るのは,そうならないようにするために不可欠な一手です.
保育園開設断念の事例は,日本各地で見られています. 今後,こうした問題が生じている自治体でも,我孫子市と同様の方針で臨むケースが増えるかもしれません.
昨年四月時点で待機児童が五百人以上だった東京や大阪、福岡など九都府県(政令市、中核市を除く)の担当者に電話で聞き取り、回答のあった分をま とめた。開設断念は千葉二、東京一、神奈川一、沖縄一の計五件(定員は約四百四十人分)。延期は神奈川四、沖縄一の計五件(定員は約四百二十人分)で、開 設が二カ月から半年以上遅れていた。東京二十三区でも同様のケースがあるが、都の集計には反映されていない。
このうち神奈川県茅ケ崎市では、ゼロ~三歳児向けの保育所(定員五十人)の新設を断念。最寄り駅から遠く、送迎に車を使う保護者が多くなることが予想され、近隣住民が「事故が増える」と反対した。説明会を重ねたが理解を得られず、事業者が撤退を決めた。
沖縄県では二〇一五年度中に予定していた保育所の着工を、「子どもの声がうるさい」「道幅が狭く送迎車で渋滞が起きる」との住民の反発で断念した。別の候補地を探し、来年四月の開設を目指している。
このほか「住民への説明が遅い」「説明会がないまま開園計画が持ち上がった」と不満をぶつけるケースもあった。(東京新聞:保育所つくれない 住民反対で断念相次ぐ:政治(TOKYO Web))
この記事では,保育園新設のため国家戦略特区制度を利用して,本来は保育所が設置できない土地での整備を目指すなど,行政側の新たな動きも報じています.引用します.
昨年四月の待機児童数が千百八十二人と全国最多だった世田谷区でも、騒音を懸念する住民の反対などでこの春の開設を延期する施設が出た。
そこで活用したのは国家戦略特区制度。都市公園法で保育所設置が認められない都立公園内での整備が可能となり、祖師谷公園では来年四月、原則三~五歳を八十人預かる施設を開設予定だ。近くの住宅街には、地域住民に配慮して、発生する音が比較的小さいゼロ~二歳用の施設を整備し、連携させる。
政府は今月、自治体に通知した待機児童の緊急対策に、地域住民との合意形成を促すコーディネーターの積極的配置など、保育所整備を円滑に進めるためのメニューを盛りこんだ。
保育園開設の同意を住民から事前に得ていたとしても,何らかの問題が起きることは容易に想像がつきます.その場合は行政が説明に加わるだけではなく,上記記事のようなコーディネーターが働きかけるなどすれば,少なくとも現状よりはましになるかもしれません.
行政側だってただ手をこまねいているわけではないようですから,保育園作れないのを単に行政のせいにするのはそろそろ止めませんか?
ではまた!