【熊本地震】熊本城は必ず修復できる! 日本の匠の技を結集…「工事にかかってしまえば早いんですよ」 (3/3ページ)

2016.05.04

大きな被害が出た熊本城=22日午前9時39分、熊本市中央区(本社ヘリから、竹川禎一郎撮影) 
大きな被害が出た熊本城=22日午前9時39分、熊本市中央区(本社ヘリから、竹川禎一郎撮影) 【拡大】

  • <p>熊本城(提供写真)</p>
  • <p>熊本城本丸御殿、豪華な装飾で彩られた「昭君の間」。中国前漢の美女「王昭君」の物語が描かれている障壁画=熊本県熊本市【撮影日:2011年06月13日】</p>

 ■日本有数の「曳屋」は「自信がある!」

 青森県・弘前城の修復に携わり、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げられた日本有数の曳屋「我妻組」(山形県米沢市)の社長、我妻悦雄さん(68)。

 平成25年夏から28年秋までかけて行った弘前城の修復工事で、我妻組は重さ約400トン、高さ14・4メートルの弘前城天守閣(3層建て)を約3カ月かけて移動させるという離れ業をやってのけて話題となった。我妻組なら…。だが、熊本城は外観3層、実質6階建て。おそらく重量は数千トンはあるだろう。さすがに熊本城を“曳く”ことは無理では?

 「いや。9割方できると思うよ。現場を見てみないと断言できないけどね」

 何とも頼もしい答えが返ってきた。

 我妻さんは、地盤が崩れないようにさえすれば、動かすことは可能だという。

 「地盤が弱ければ凝固剤を入れれば良いだけだし、ジャッキの数を増やせば、工事は小さい城も大きい城も関係ないよ」

 ただ、やはり悩みは「文化財であること」だという。工法は限られるし、通常の住宅よりも神経を遣う。

 「まあ、業者側からすれば責任が重いから尻込みしがちな工事だよね。熊本城はコンクリートでしょ?コンクリなら木造より簡単だよ」

 熊本城天守は鉄筋コンクリート造りが主だという。となれば…。

 今回の地震は人的被害もさることながら、「熊本のシンボル」にも大きな被害をもたらした。日本の「匠の技」を結集して、修復された熊本城を見てみたい。

 熊本城安土桃山時代末期に建てられた平山城だったが、加藤清正治世の1600(慶長5)年、天守閣が完成した。1877(明治10)年の西南戦争で一部を残して天守を含む櫓などが焼失した。宇土櫓はこの災厄にも燃え残った。1889(明治22)年の熊本地震で石垣の一部が崩落した。現在の天守閣は1960(昭和35)年に市民らの寄付をもとに建てられた。城跡は特別史跡。宇土櫓など建造物である熊本城諸櫓は国指定重要文化財。

 

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