■日本有数の「曳屋」は「自信がある!」
青森県・弘前城の修復に携わり、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げられた日本有数の曳屋「我妻組」(山形県米沢市)の社長、我妻悦雄さん(68)。
平成25年夏から28年秋までかけて行った弘前城の修復工事で、我妻組は重さ約400トン、高さ14・4メートルの弘前城天守閣(3層建て)を約3カ月かけて移動させるという離れ業をやってのけて話題となった。我妻組なら…。だが、熊本城は外観3層、実質6階建て。おそらく重量は数千トンはあるだろう。さすがに熊本城を“曳く”ことは無理では?
「いや。9割方できると思うよ。現場を見てみないと断言できないけどね」
何とも頼もしい答えが返ってきた。
我妻さんは、地盤が崩れないようにさえすれば、動かすことは可能だという。
「地盤が弱ければ凝固剤を入れれば良いだけだし、ジャッキの数を増やせば、工事は小さい城も大きい城も関係ないよ」
ただ、やはり悩みは「文化財であること」だという。工法は限られるし、通常の住宅よりも神経を遣う。
「まあ、業者側からすれば責任が重いから尻込みしがちな工事だよね。熊本城はコンクリートでしょ?コンクリなら木造より簡単だよ」
熊本城天守は鉄筋コンクリート造りが主だという。となれば…。
今回の地震は人的被害もさることながら、「熊本のシンボル」にも大きな被害をもたらした。日本の「匠の技」を結集して、修復された熊本城を見てみたい。
熊本城安土桃山時代末期に建てられた平山城だったが、加藤清正治世の1600(慶長5)年、天守閣が完成した。1877(明治10)年の西南戦争で一部を残して天守を含む櫓などが焼失した。宇土櫓はこの災厄にも燃え残った。1889(明治22)年の熊本地震で石垣の一部が崩落した。現在の天守閣は1960(昭和35)年に市民らの寄付をもとに建てられた。城跡は特別史跡。宇土櫓など建造物である熊本城諸櫓は国指定重要文化財。