社説(5/3):憲法記念日/先人たちの熱情学びたい
薫風に吹かれて、仙台市青葉区北山の資福寺を訪ねた。ここには現在の栗原市志波姫に生まれた自由民権運動家千葉卓三郎(1852~83年)が、ひっそりと眠っている。
議会も、憲法もない明治の激動の時代。民衆とともに熱い議論を交わして「五日市憲法草案」を練り上げた先駆者、千葉に思いをはせ、墓と記念碑に手を合わせた。
憲法草案は1968年、東京経済大教授だった色川大吉氏とゼミ生によって東京都五日市町(現あきる野市)の旧家の土蔵から発見された。その名もこれに由来する。東北をはじめ全国各地でつくられた「民衆憲法」の一つだ。
1881年に起草された204条に及ぶ草案を眺めると、日本国憲法の規定を先取りした内容に驚く。三権分立、二院制といった制度だけでなく、国民主権、基本的人権の尊重、言論の自由などの理念が盛り込まれている。現憲法の「源流」と言っていい。
翻って起草から130年余たった現在である。自由民権運動が盛んだった頃とは比べものにはならないが、憲法論議が熱を帯びてきた。改憲に意欲的なのが自民党だ。論拠の一つは現憲法がGHQ(連合国軍総司令部)の占領下で制定されたことを問題視する「押しつけ憲法論」である。
しかし、現憲法の出自を探ると、民衆憲法の理念が継承されていたのは単なる偶然ではないことが分かる。大正デモクラシーを経て再評価され、それを学んだ研究者によってGHQ案に反映されていた。日本人の「血」が流れているのは明白だろう。押しつけと決めつけるのは不適切だ。
「憲法古着論」もある。施行70年近い憲法は時代とともにほころびが出てきた。痛まない生地は残しつつも、ほころびは繕うべきだという考えだ。論議の延長線上に憲法9条があるのは間違いない。
北朝鮮の核開発、イスラム国(IS)のテロ、中国の海洋進出など国際情勢が緊迫化してきた。もはや一国平和主義では国を守れない。安全保障のほころびを補修するパッチワークとして編み出されたのが「積極的平和主義」だ。
手段となる集団的自衛権は、憲法を改正しなければ認められないというのが学者の多数意見だった。ところが、安倍内閣は歴代の政権が積み重ねてきた解釈を変え、安全保障関連法を成立させた。
厳しい現状に目を背け、理想に溺れてならないのは当然である。ただ、現実に追随するあまり歯止めが効かなくなり、同盟国防衛の名の下に戦争に巻き込まれてはかなわない。この市民の根源的な不安は依然払拭(ふっしょく)されないままだ。
だから反対運動が燃え続ける。けん引役が「SEALDs(シールズ)」だ。特定の党派に左右されず、自分の物差しで考えて行動する若者が主人公になっている。千葉の熱情に通じていないか。
選挙権年齢が18歳以上に引き下げられる見通しの夏の参院選では憲法改正も争点になりそう。「一国の人民は一国の政府の実体にして、一国の政府は一国人民の反射(反映)なり」。千葉の演説草稿の一節だという。憲法記念日のきょうこそ、かみしめたい。