トヨタ方式で復興支援を行うべき理由。

2016年05月02日 06:00

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熊本地震の発生から2週間が過ぎた。各種の被害や復興に関する状況はすでに多数報じられているが、その中でも多くの人を苛立たせたのが避難所への支援物資配給に関するトラブルだろう。

ある地点ではおにぎりが腐るほど余っている一方で、別の地点では全く足りていないという状況がたびたび報じられている。こういったニュースには行政の不手際に対して多数の批判コメントがよせられたが、避難所に支援物資をスムーズに届けることは極めて難しい。少なくとも現状では100%無理と言っても過言ではない。それは企業がどのように物流システムを構築しているかを考えれば分かる。

近年、ネット通販の拡大により多くの企業が物流に力を入れている。ネット通販大手の楽天やアマゾン、ゾゾタウン等の物流に関するニュースはたびたび報じられるが、顧客に商品をスムーズに届ける仕組みを作るために企業は莫大な時間と手間とコストをかけている。そしてこれらの物流はあくまで平時を前提としている。

まともな状況でも難しい物流システムの構築を、震災発生から数日で構築して運営することはまず不可能だ。グーグルマップ等を利用して避難所の情報をネット上に公開する動きもあり一定の効果が出ていたようだが、当然完全な仕組みとはなりえない。

結局何をすべきかと言われれば、被災時のためのシステムを事前に作っておくべきだった、ということになる。ゴールデンウィークに突入し、ボランティアが殺到しているのに上手く管理出来ていない状況にも全く同じことが言える。

先日、石破茂地方創生担当相は大災害に常設で対応する「防災省」を作るべきでは、という談話を公表した。いまだ余震が多発する状況で将来の話をすることは不謹慎と言われるかもしれないが、今だからこそ被災時への対応を自分の得意なビジネスの視点で考えてみたい。

■避難所への支援はジャストインタイム方式で。
被災時にはどんなにモノがたくさんあってもそれだけでは被災地を救うことは出来ない。必要なものを、必要な時に、必要な分だけ、ジャストインタイム生産方式で言われるような、無理・無駄・ムラをなくすことが復興支援でも重要だ。この手法はトヨタ自動車で採用されていることでも有名だ。

避難所によって不足と過剰の落差が酷い状況に対して、足りない位なら余っても良いからドンドン運んでしまえ、という意見もあったがこれは間違いだ。食料が過剰な避難所へさらに大量の物資が届けられると、食糧・トラック・人員・道路と多数のリソースが浪費されて、モノ不足の避難所はさらに食糧が不足する。これがまさに熊本で実際に起きていることだ。

「市には17日から水や毛布などが大量に届き始めた。ただ、管理場所の手配が間に合わず、市内唯一の保管所では荷受けと搬出作業が混乱。午後6時には物資を積んだトラックが15台ほど並んだ。鹿児島県から水を運んできたという男性運転手(53)は「5時間たっても荷下ろしできていない」。市の担当者は「初めての事態で、混乱している」と話した。
~中略~
県の担当者は「市町村はニーズ把握にまで手が回らず、県も何が求められているか把握できないでいる」と語る。物資が届いてもさばききれないため、県は個人からの送付希望は断っている。ただ17日夜からは、余る恐れがあっても一部地域には物資を送る作業を始めた。国から要請があったという。

菅義偉官房長官は17日、「地元も混乱している。被災者の手元に届く態勢をしっかり作っていきたい」と述べた。

おにぎりに1時間並んだ 救援物資、避難所に届かず:朝日新聞デジタル 2016/04/18」

他にも熊本県庁では支援物資が段ボールで山積みにされた写真や映像なども報じられた。これらを見れば、モノが不足しているならとにかく大量に送ってしまえば良い、という考えは明らかに間違っていることが分かる。不必要な物資を無理に押し込めばさらに混乱し、かえって必要な行動を邪魔してしまうからだ。

記事にあるように5時間も荷下ろしで待っている運転手がいたのなら、この運転手は空っぽのトラックで駆けつければすでにある支援物資をどこかの避難所に運ぶことも出来たかもしれない。

つまりこのタイミングで足りていないものは物資ではなく、仕分けの人員や配達をするトラックだったのでないか、ということだ。

■日本人の得意な生産管理を復興支援に生かすべき。
このような状況はモノづくりの生産管理で「ボトルネック」と呼ばれる問題であり、ある特定のポイントが全体の効率を下げている状態を指す。

例えばある商品を作る工場でA・B・Cと3つの工程があり、A・Cの工程では一日1万個の商品を作るだけの能力があるとする。しかし真ん中の工程Bは5000個しか生産する能力がなかったらどうなるか。この工場で生産できる商品の数は1日5000個に制限される。つまり生産能力はボトルネックであるBに制約を受ける。

この状況でボトルネックを放置して、すべての工程がフル稼働したら何が起きるか。1日で5000個しか作れない工程Bの前では作りかけの商品が山積みにされ、工程Bの後ろにあるCでは能力の半分しか稼働せず、手持ちぶさたでやることが無くヒマな状況になる。

経営者が「これじゃあ生産が間に合わないから24時間体制で工場を動かせ!」と指令を出したらどうなるか。すべての工程で生産数が二倍になっても、Bがボトルネックという状況は変わらない。山積みされた作りかけの商品が工場内にあふれ、いつかはスペースがパンクして工場の生産活動全体に支障をきたすだろう。

言うまでもなく、これが被災地で起きていたことだ。したがって余っても良いからとにかくたくさんの物資を送れ、という国からの要請は混乱に拍車をかけた可能性が極めて高い。

やるべきことはボトルネックを見極め、過剰なリソースを不足している箇所に割り当てることだ。工場の例で言えば他の部門からBの工程に人を動かす、県庁や各地の拠点ならばモノの支援を断ってカラのトラックを支援元に要請する、といった具合だ。

しかし、このような対応はなされなかった。支援物資が多すぎて受け入れを中止したという報道はいくつも流れていたが、モノはいらないから空っぽのトラックで来て下さい、といった話があったとは聞かない。

■情報が無ければ何もできない。
なぜこのような状況になるのか。それは避難所に関する情報が不足しているからだ。情報さえあれば、どこに何が必要なのかが分かり、あとは道が分断されているなら早急に直す、あるいはヘリ等で空輸する、といった判断もできたかもしれない。

しかし情報が無ければ県庁に段ボールの山が築かれたように、山のようなこの物資を一体どこに運べばいいのか……?という状況に陥る。この件では県庁や熊本市の職員が批判されていたが、物流のプロが指揮をしていても同じ状況になったはずだ。情報が無いのだから当然だ。

結局は情報を吸い取る仕組みを事前に作っておくべきだった、ということになる。これが防災省を作るのなら最も重要な仕事の一つになるだろう。そしてそういった仕組みは災害時にも瞬時に稼働できるようにクラウドで構築すべきだ。

避難所で何がどれくらい必要なのか、普段は防災と全く関係の無い仕事をしている自治体の職員が見積もることは出来ない。しかしこれを人間が考えるようなシステムはそれ自体が非効率だ。

例えば500人が身をよせる避難所があるとする。必要な物資を見積もるために必要なデータは、人数、年齢、性別、けが人や妊婦の有無、電気や水は通っているか、備蓄してある物資は利用可能か、運営スタッフとして動ける人員は何人いるか、といった程度の情報で十分だ。複雑な仕組みは緊急時には上手く運営出来ない。

クラウドに接続された端末があり、これらのわずかなデータに地域、季節、気象データ、インフラの復旧時期などを自動的に組み合わせれば、必要な物資は人間が計算するまでもなく一瞬で出力される。

■通信網も生存のためのインフラである。
今回はソフトバンクが気球型のアンテナを被災地で飛ばしたという報道もあった。これは高度100メートルに浮かばせれば5キロの範囲でLTEの高速通信が可能だという。被災者の情報取得はもちろん、こういったクラウドの災害復興システムを稼働させるためにも、食料や水と同じくらい通信網の復興は優先順位が高い。スマートフォンやタブレットは電気が無くても乾電池式の充電器があれば利用は可能だ。こういったものも備蓄品の中に入れておけばいい。

ネット通信が出来ない状況でも、衛星携帯電話で避難所と連絡さえつけば上で挙げた簡単なデータを口頭で伝えてもらう事は出来るだろう。それを災害対策本部で代わりに入力をすれば良いだけだ。

避難者が少なくて備蓄品でとりあえず3日間は問題が無い場所と、備蓄品に対して避難者が極端に多くてすぐに食料の補給が必要な場所、といった具合に情報が把握さえ出来れば優先順位をつけることも出来る。

こういったシステムを事前に準備する際には、避難所となりうる小学校や中学校を拠点として全て入力しておき、備蓄されている物資の情報も把握できるようにしておけばいい。避難所としての拠点立ち上げは各自治体の災害対策の職員に加えて、すべての部署の係長以上など、一定の職位以上にある人全てに権限を渡すなど、ある程度柔軟に運営すべきだろう。

自治体が関わらずに自然と出来てしまったような避難所が今回はあったようだが、こういった場所も新たに避難所として登録可能なように、柔軟なシステムにしておけばより利便性は上がる。こういった仕組みもクラウドで運用されていれば新しいアカウントを瞬時に作ることができる。間違っても専用の端末でしかログインできないとか、避難所のアカウント作成は市長の許可が無いとできないとか、硬直的な仕組みは避けるべきだろう。

■刻一刻と変わる状況にもクラウドは対応出来る。
被災地の復興はかなりのスピードで進んでいる。新幹線や道路、空港など被害を受けたものも4月中にはほぼ復旧しそうだ。電気・ガス・水道などのインフラも順次復旧が進んでいる。

状況が変われば必要なものも変わる。給水を受けられる水道局の目の前にある避難所に大量の水が届くなど、情報不足によるムラ・ムダも大量に発生しているようだ。避難所の人数も後から増えたり、途中から他の地域に移動して減ることもあるだろう。

これらのデータもリアルタイムで更新する必要がある。それを最も正確に把握できるのは避難所にいる現地の人間であるため、やはりシステムは現場の人間も操作可能なクラウド運用が最適だ。こういったシステムが完備されれば、避難所開設から2日後にはエコノミークラス症候群にならないように全員でラジオ体操をするように促すなど、日々の避難所運営に必要な情報も自動で案内されるようにしておけば余計な被害を減らすことも可能だろう。

そして必要な物資が分かれば、あとはそれを届けるだけだ。これは発注から実際に届くまでにかかる時間を考慮した、リードタイムという考え方が必要になる。

■リードタイムとは?
例えば工場で注文から納品を受けるまで3日かかる材料があるとする。材料のストックが無くなるまで残り2日で注文をすれば生産がストップしてしまい、4日前に注文をすれば不要な材料が積みあがって余計なスペースが必要になる。これは避難所で物資が不足したり、過剰に届き過ぎて段ボールが山積みになって受け入れを中止した状況と同じだ。

こういったトラブルを避けるために必要なことも、正確なデータということになる。1日あたりどれくらいの物資が必要で、それを届けるにはどれくらいの時間がかかるのかが分かれば、リードタイムを考慮した物資の補給タイミングを人間が判断する必要もなくなる。移動にかかる時間は現在ならグーグルマップで瞬時に分かる。被災時に道路が交通可能か分断されているかも、車が通ったかどうかの情報を利用してグーグルマップでリアルタイムで提供されている。

ビジネスの分野ではヒト・モノ・カネを上手く管理することが経営の基本だと言われるが、現在ではこの3つに「情報」も加わっている。今回の被災者支援で最も不足していたものは「情報」では無かったのか。

少なくとも日本があまりに貧乏で被災者を支援するためのモノやカネが無かったとか、誰も助けてくれるヒトが居なかったという状況ではない。それにもかかわらずこれだけ混乱をした理由は、判断を下すための、指示を出すための情報が不足していたからに他ならない。

■防災省は「クラウド省」「ノマド省」として運営すべきである。
各種インフラの復旧スピードを見る限り、日本は災害に強い国になることは十分可能だと思われる。唯一足りないモノは情報であり、それを管理するための仕組みだ。

防災省は全ての省庁の中でもっともハイテクに作られるべきだ。クラウドを徹底するために、建物も持たない「ノマド省庁」として運用されても良いかも知れない。災害復興ではどこを拠点にすれば最適なのかはその時になってみないと分からない。東京が被災すれば拠点は北海道になるかもしれないからだ。

最後になりましたが、熊本地震で亡くなられた方にご冥福をお祈り申し上げます。また、被災者の方々には一日も早い復興をお祈り申し上げます。

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中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン 編集長
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中嶋 よしふみ
ファイナンシャルプランナー シェアーズカフェ・オンライン編集長

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