ワクワク感はなかった。2020年に開催される東京五輪・パラリンピックのエンブレム発表会に、落胆の声が上がっている。公開された最終候補作4案の中からアーティスト野老(ところ)朝雄さん(46)がデザインしたA案「組市松紋」が選ばれたが、発表会直前に漏れて、セレモニーは台なしに。また、事前に「A案ありきだ」と喧伝されたこともあり、エンブレム委員会の宮田亮平委員長(70=文化庁長官)は会見でイラ立ちを見せた。全く盛り上がらなかった発表会の舞台裏を追跡した。
発表会の冒頭、森喜朗組織委員会会長(78)は「朝から緊張とワクワク感でいっぱいでした」とあいさつした。しかし、現場の空気は、ワクワクというより疑心暗鬼に包まれていた。
発表会に先立って開かれた組織委理事会で、エンブレム委員会が投票で選んだ採用案を承認。理事会が終わってしばらくして「A案に決定」と通信社、民放、NHKの報道が相次いだ。まだ公に発表されたわけでもないのに、だ。宮田氏と王貞治エンブレム委員(75)による緊張感タップリのはずだった発表セレモニーは、ハッキリ言って盛り上がりに欠けた。A案と速報された以上、当然だ。
選ばれたA案は江戸時代に広まった市松模様をベースにして、日本の伝統色である藍色で描いている。東京造形大学で建築を学んだ野老さんは「夏の大会なので涼しげなものがいいと思いました」と配色の理由を説明。宮田氏は「寡黙でありながら多弁である」と評価した。ネット上では「葬式かよ」と暗い印象を抱く人が多いが、野老さんや組織委によると、今後はさまざまな色での展開が検討されているという。
おめでたいはずの発表会だったが、質疑応答では厳しい質問も出た。
外国メディアの記者は「透明性と言っていたのに30分前に漏れていてびっくり」と漏えい問題に突っ込み。武藤敏郎事務総長(72)は「そういう話は聞いたけど、私どもは分かりません。発表会で同時に発表するのが筋だと思っていた。それ以上のコメントはできない」と答えるにとどめた。
ほかにも最終候補4案のうち、どれが敗者復活で繰り上げた作品なのかに質問が集中。宮田氏が「なんでそんなこと聞くの?(A案は)繰り上げたものではないとは言える」とイラッとする一幕もあった。「敗者復活の経緯を具体的に教えてほしい」と迫られると「ペーパーがないので、後で事務方から話すと約束します」と回答を避けた。
4案のうちネット調査やマスコミ調査ではB案とD案が人気で、A案の支持は高くなかった。この点について、宮田氏は「A案ありきなんて指摘が一時期流れた。我々は公明正大にやってきた。A案ありきと言われて腹立たしかった。国民参画が無視されたわけではない」と声を大にして強調していた。
前回の佐野研二郎氏(43)のデザインが選ばれたときの審査員だった平野敬子氏は4案公開直後に「『A案』ありきのプレゼンテーションだと受け取りました」とブログに書き込んでいた。宮田氏の念頭にあったのも平野氏の見解だったと思われる。全力で否定したものの、実際にA案に決まったのも事実で、ワクワク感が欠ける原因になった一つである。
もう一つの原因である漏えいは一体誰がしたのか。調査の有無を問うと組織委職員は「漏れたのすら知らなかったから、コメントはない」と否定する。過去に新国立競技場のデザイン案が2つで争われたときに、一方の案に肩入れする発言をした森氏が漏らしたのか。
関係者は「理事会が終わってから1つ上の階で開かれる発表会に行くときに、森氏は裏口を使っています。おそらく通常の出入り口を使った理事会メンバーから漏れたのではないか」と推測する。
別の組織委職員は落胆を隠さない。「発表会前にテレビの中継が会場で行われていて、『A案で決まりました』と言っていて漏れたと知りました。水を差されたとかは私からは言えませんが…はぁ~」と“察してください”と言わんばかりの表情を見せた。
旧デザインは都庁前のセレモニーで派手にお披露目された。今回は「コストをかけないことを意識した」(事務方スタッフ)というように抑え気味に。選考の最後の最後で詰めが甘かった。
【関連記事】