この本を「かなり誠実な本であった」と評するのは、ライバル局・日本テレビで長年プロデューサーを務め、現在はドワンゴでニコニコドキュメンタリーを手掛ける吉川圭三氏だ。
今回、編集部では、テレビ局が抱える課題について二人に語り合ってもらった。(大谷広太、永田正行)
■プロフィール
■エリート意識を嫌った故・氏家日本テレビ会長
吉川:吉野さんの「『フジテレビはなぜ凋落したのか』は、よくあるフジテレビ"バッシング本かなと思って手に取ったのですが(笑)、読み始めたらあっという間に読み終わってしまうほど魅力的な本でした。フジテレビの中に23年間いらっしゃった方が書かれただけあって、巷間よく言われている「長期政権の日枝会長が〜」といったステレオタイプな批判でもありませんでした(笑)。僕は、この本を他のテレビ局の人たちはもちろん、新聞、出版、ネットメディアも含む全メディアの人たちに読んでほしいと思いました。
フジテレビの不振の原因として挙げられている、「上も悪かったが、下も悪かった」という言葉が、胸に突き刺さるんです。日本テレビが不調なとき、自分自身の失敗した番組を振り返ってみて、「作ったやつも悪いけど、上も悪かったよな」と思っていたなと。社員が自分でブランド意識みたいなものを持ってしまって、研鑽や研究を怠りやるべきことを忘れて浮かれたり油断したりしていたケースもありました。
故・氏家齊一郎会長は、行き過ぎたエリート主義みたいな風潮が出てきて、「自分は会議室でふんぞり返って下の人間にやらせて文句だけ言っている」といった状況を忌み嫌っていました。要するに、テレビ局だって“モノを作ってなんぼ”の会社なわけで、本来は現場的な仕事が多いはず、「質実剛健」が良いと常々言っていました。※注 氏家齊一郎氏(1926~2011)は元日本テレビ会長・民間放送連盟会長。1990年頃から10年に渡る日本テレビ3冠王を牽引した。
例えば、東洋経済が毎年発表する「大学生が就職したい会社ランキング」でフジテレビに日テレはいつも負けていたことについて、会長に「このままでいいんですか?」と聞いたことがあります。「視聴率三冠王で絶好調なのに、なぜウチは合コンでもモテないし、ランキングにも入らないんですか」と(笑)。
すると氏家会長は「あんなのに載って浮かれていたらお終いなんだ。うちは放送ネットワークも持っているが、ある意味『製造業』でもあるんだ。汗をかく。知恵を絞る。それが仕事だ。見ている視聴者の気持ちから離れて自分の会社がそんな一流な会社と思い込んでエリート意識なんか持ってはいかんのだよ。」と答えたのです。ランキングに取り上げられるような浮ついた雰囲気は必要ないと考えていたのでしょう。
吉野:フジテレビはその時代、視聴率は日テレに後塵を拝していたのに気持ちだけは“一番”でした。世間の評判は良いしエリート意識も強かった。そこに油断があったと思います。氏家さんが指摘したように「浮かれていた」部分があったのでしょう。
■”仲間ありき”の発想だったフジテレビ
吉川:フジテレビには「楽しくなければテレビじゃない」という社内の憲法とも呼ぶべきスローガンがありました。しかし振り返ると、バブル経済が崩壊、大企業がバタバタ倒産し、阪神大震災やオウム事件や酒鬼薔薇聖斗などの事件が発生したというような社会状況の中で、視聴者にしてみれば、「楽しくなければテレビじゃない」という気持ちではなかったというように思います。フジテレビにおいては「お台場カジノ構想」もありましたが、テレビ局が本業以外に手を出そうとする傾向もあります。
吉野:テレビ番組の広告収入が漸次減少していく中、各局が「放送外収入」の確保に躍起になっているのはご存じの通りです。「お台場カジノ構想」も放送局の新たなビジネスモデルを探る試みとしては確かに画期的だったかもしれません。しかしフジテレビ自体がカジノを運営するわけではないもののカジノを中核とする企業グループの一角で商売をするイメージが公益性の高い放送局としてふさわしいかどうかは意見の分かれるところでしょう。日本ではギャンブル依存症の人が成人人口に占める割合は約5%と世界的にみても際立って高い水準です。それなのにギャンブル依存についての議論がタブー視されて、これまでに十分でなかったところも気になります。
吉川:一方、バブル崩壊後、日本テレビは時代の空気を読むと言うか、ジャーナリスティックなことにもある意味、熱心だったと思います。直接それを描くという事ではなく、その時のムードを番組に反映させるとか。
僕自身で言えば、『世界まる見え!テレビ特捜部』で、アメリカ同時多発テロ事件、アラブのジャスミン革命などについて"世界はこの事件をどう見たか"という企画に挑戦していました。困難もありましたが、東日本大震災も決定打になり、社会全体に「浮かれている場合じゃ無いぞ」という雰囲気が出てきて、多くのテレビマンたちが少しずつ方針を変えて行ったのではないでしょうか。
吉野:そこが分岐点になっていると思います。日テレは真摯に社会と向き合って、視聴者の考えに寄り添っていこうとしていたと思います。それに対して、フジテレビは「楽しくなければテレビじゃない」という過去の成功を掲げて再出発しようとしてしまった。これは方向性としては逆だったのではないでしょうか。3月時点で、ほとんど決定していた夏の『24時間テレビ』の内容も全て一新されたのを覚えています。
「楽しくなければ~」というのは、仲間内で楽しいことを考えるという、いわば"仲間ありき"の発想なんですよね。自分たちの楽しいことを見せていけば、視聴者もついてくるだろうという発想がある。どちらかといえば制作者中心です。今にしてみれば、「フジテレビのDNA」などといったこだわりを捨てて、現実の変化をきめ細かく観察し対応していれば、これほどまでに転落しなかったのではないかと思います。自分たちのアイデンティティーを社会変化への対応よりも優先したところが成否を分けたのではないでしょうか。
先日放送が終了したドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』なども、現実と向きあおうというフジテレビドラマの新たな方向性であればエールを送りたいのですが、むりやり恋愛話をくっつけているようで、ストーリーや演出にリアリティーがやや欠けているような印象でした。 女子学生に聞くと、賛否が割れているようです。
吉川:フジテレビは仲間内で盛り上がる傾向がありましたね。
「オレたちひょうきん族」の時代は、ある種の密室、アンタッチャブルな空間が黒光りしていた時代だったんですよね。あの番組がやったのは、それまでタブー破りだった、"舞台裏を見せる"という手法です。それを他の番組や他局も真似をして、舞台裏やタレントの私生活を見せことが陳腐化してきた。その時点で、視聴者のワクワク感、ドキドキ感も小さくなっていったと思います。僕自身「ひょうきん族」は大好きでした。ただ、フジテレビはどうしても、その後もあの成功体験を繰り返そうとしてしまっているように見えました。
もうひとつ、別の意味では日本テレビの場合はある種の"DNA"があったように思います。例えばバラエティでは「天才たけしの元気が出るテレビ」。あれは「ひょうきん族」と大体同じ時期で、いろんな実験をしていた番組でした。それに続く形で元「元気」のスタッフで「進め!電波少年」を作る土屋敏男が出てきた。その「電波少年」にいた古立善之というのが、「世界の果てまでイッテQ!」を作っています。このように、なんとなく、時代に呼応してドキュメントバラエティーの"DNA"が良い形で継承されているように思います。
その点、「ひょうきん族」と「笑っていいとも!」だけでなくフジテレビの「なるほど・ザ・ワールド」といった番組のDNAはもったいなかったなと思います。あの番組では、多くの国に毎回行って、我々がリサーチしてもまったく捕まえることができなかった希少なネタを毎週提供していました。あれから、海外取材系のパクリ番組が横行しましたが(笑)、「なるほど・ザ・ワールド」ほどの海外コーディネートのネットワーク、情報量、面白さは、当時とてもじゃないけど我々は出来なかった。土屋なんかも、あれに刺激を受けて、世界に出るジャーナリスティックなバラエティを作りたいと言っていたと記憶しています。
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