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【軍事情勢】
被害者に成りすました加害者 韓国がおびえるオーストリア正史
だが、小欄の認識は甘かった。韓墺国交正常化50周年の2013年、韓国政府は首都ウィーンで記念行事を催したが、文化・芸術一色だった。さらに3カ月後の9月、朴氏はベトナムを訪れた。ベトナム戦争(1960~75年)中、韓国軍はこの国で民間人や捕虜を大量虐殺し、多くの女性を陵辱したが、謝罪は皆無。日本に執拗に要求する「正しい歴史認識」とは何かを自覚し悩む「墺太利(オーストリア)症候群(シンドローム)」や「越南(ベトナム)症候群」に苛まれる時代は来るのか? その日を迎え、初めて一人前の独立国に昇華する。
《第三の男》の話をもう少し。映画ではなぜ、多数の人々を死なせる質の悪いペニシリンを闇で横流しするオーソン・ウェルズ(15~85年)演じるハリーが暗躍可能で、ハリーの親友・三流作家ホリー(俳優ジョゼフ・コットン/05~94年)が射殺するまで逮捕されなかったのか…。なぜ、ハリーに怒ったホリーが英軍治安当局の囮(おとり)捜査に協力したのか…。
「偉人の捏造」も共通癖
オーストリアは38年、ナチス・ドイツが併合。独総統アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)を歓迎する国民も多かった。ドイツとして将兵80万人を動員し、30万人前後が戦死した。従って1945年のポツダム会談で、ソ連/米国/英国/フランスが墺全土とウィーンを、それぞれ分割統治する方針が決まる。4地区には軍政が敷かれ、各国の主権が保障された。ハリーは、英軍の捜査権が及ばぬソ連支配地を根城に、地下下水道を使い他地区に潜入して闇商売で儲けた。逮捕には、英国支配地におびき寄せる必要があった。