【ワシントン=河浪武史】米政府は29日、為替報告書を発表し、日本など対米貿易黒字が大きい5カ国・地域の為替政策を監視対象に指定した。日本が円売り介入に動くのをけん制し、環太平洋経済連携協定(TPP)の批准に向け米議会を懐柔する狙いが透ける。一方、麻生太郎財務相は30日、円売り介入も辞さない姿勢を示し、日米の溝が深まっている。
■「大統領後押し」
米財務省が議会に年2回提出する為替報告書は、不当な通貨安誘導に動いた国や地域を「為替操作国」と認定して制裁を発動する仕組みに基づく。今回から新たに「監視リスト」を設けて日本、中国、ドイツ、韓国、台湾を入れた。すぐに制裁を発動するほどではないにしても、相手国・地域の為替政策をけん制できるようにするためだ。
「大統領が為替操作に毅然と対処できるよう後押ししていく」。米財務省が為替政策の「監視リスト」に日本や中国などを指定すると、野党・共和党のブレイディ下院歳入委員長はすぐさま歓迎の声明を出した。
ブレイディ氏は同党を代表するTPP推進論者だ。オバマ政権と野党の重鎮による一糸乱れぬ連携プレーは、今回の為替報告書とTPP問題が密接に絡んでいることを浮き彫りにした。
TPPは早期批准のメドがたたない。大統領選を控えて世論はますます内向きになり「アジア各国は通貨安誘導で自国製品を有利に売り込んでいる」と自由貿易協定への反対論が強いためだ。
TPPはオバマ大統領のレガシー(遺産)の一つになるはずだった。一方で伝統的に自由貿易を推し進めてきた共和党にも、実はTPP推進論者が多い。政権と野党との妥協の産物が、当局による「通貨安誘導の監視強化」だ。政権は為替操作への強硬姿勢をアピールすることでTPP反対論を抑え込み、議会の早期承認を求める考えだ。
■制裁には3条件
「監視リスト」に入っても、制裁措置をすぐに発動するわけではない。
米財務省は制裁に動く条件として(1)対米貿易黒字が年200億ドル超(2)経常黒字が国内総生産(GDP)の3%超(3)一方的な為替介入による外貨買いがGDPの2%超――のすべてに抵触することを掲げている。日本は(1)と(2)は当てはまるものの、(3)は該当しない。中国も含めて3条件すべてを満たす国はない。
日本が(3)に抵触するのは、年10兆円を超す規模の円売り介入を実施した場合だ。日本は過去4年間、為替介入に踏み切っていない。実際に制裁が発動される可能性は小さいとみられ、是正措置のない監視リストは「米議会のガス抜きが狙い」(国際金融筋)との見方がもっぱらだ。
米国は11月の大統領選を控え「日本や中国は為替操作国だ」(ドナルド・トランプ氏)と円相場は標的にされやすい。各候補とも米世論を「内向き」にあおっており、円安誘導に動けば批判が強まる可能性がある。
ルー財務長官は4月14日にワシントンで開いた日米財務相会談の翌日に「円相場は秩序的だ」と述べて、露骨に日本の円売り介入の思惑をけん制した。本来は4月15日がメドだった半期為替報告書の公表も月末まで引っ張り「日銀の追加緩和による円安誘導をけん制した」(国際金融筋)との見方も浮かんでいる。
為替報告書は「日本は金融政策だけでは均衡ある成長が実現しない」と指摘し、労働市場などの構造改革を求めた。日本はTPPの議会承認やカジノを含む統合型リゾート(IR)の実現なども遅れており、米当局は安倍政権の懸案先送りにいらだちを強めている。