はじめに
先日,この話題に300超ものはてなブックマークコメントが付きました.
アトピー性皮膚炎については2016年4月26日の読売新聞記事(アトピー性皮膚炎、原因遺伝子を発見…理研など : 科学・IT : 読売新聞(YOMIURI ONLINE))にも書かれています.
このエントリでは,「アトピー性皮膚炎を発症するマウスとそうじゃないマウスの間でJAK1遺伝子のどこに違いがあるのか」についてを
2人の会話形式で説明します.
<会話の設定は以下の通り>
●読売新聞記事に関する質問を,某女子大で生物系の講義を担当中の尾巻講師(いつも白衣着用)が3年生JDの都(みやこ)さんから受けています.
●尾巻講師と都さんは講義と講義の間の10分休みに会話していること,都さんは1年生のとき「生物学の基礎」を履修したのでDNAと遺伝子の基礎知識はある(はず).
ではどうぞ!
JDと講師の会話
都さん,何かわからないことがあるんですって?
先生,そうなんです.読売新聞の記事に『「JAK1」というたんぱく質の遺伝子の一部が変化し,異常に活性化しているのを発見』って書いてあるんですけど,遺伝子のどこがどんなふうに変化したのか知りたいんです.
記事には書いてなかったね.じゃあ理研のプレスリリースを見てみようか.
アトピー性皮膚炎モデルの原因遺伝子を解明 | 60秒でわかるプレスリリース | 理化学研究所
こう書いてあるね.『「JAK1」分子の遺伝子配列に点突然変異(1塩基の変異)が生じ、JAK1の(以下略)』
先生,それそれ!「遺伝子配列に点突然変異(1塩基の変異)」っていうところです!どの塩基に突然変異が起こったんですか?
ちょっと待ってね・・・残念,プレスリリースには書いてないです.原著論文を当たってみようか?
お願いします〜
<原著論文(図も論文より)>
JCI - Hyperactivation of JAK1 tyrosine kinase induces stepwise, progressive pruritic dermatitis
上の図で説明するのがいいかな.縦長の四角い部分の上に2633とあるね.その下,小さい字なので見難いけどグラフの中央あたりに「G」と書かれているね.
(スマホでご覧の皆様は拡大してください)
先生,誰に言ってるんですか?
(・・・)
これは,アトピーじゃないマウス,つまり本来のマウスの塩基配列だとJAK1遺伝子の2633番目はG(グアニン)という塩基になることを示しているんだ.
ふんふん
でも,アトピーを発症するマウスはG(グアニン)じゃなくてA(アデニン)になっていたんだよ.
おお〜
論文にはこう書いてあるよ."a G-to-A missense mutation at position 2633 in Jak1 in Spade homozygotes that resulted in an arginine (R) to histidine (H) substitution".
せ,先生・・・英語はイヤですう〜.てへぺろ
てへぺろじゃないでしょ・・・英文をかいつまんで説明すると,JAK1遺伝子の2663番目の塩基G(グアニン)がA(アデニン)になるミスセンス変異によって,アミノ酸がアルギニン(R)からヒスチジン(H)へ置換した,ということだね.
そういうことだったんですね!(まだちょっとわからないけど)
読売新聞の記事に書いてあるように,JAK1というのはタンパク質なんだ.JAK1遺伝子に突然変異が起きてJAK1タンパク質の性質が変わっちゃうと,(途中のメカニズムは省略),結果として皮膚の角質が剥がれやすくなって皮膚のバリアがうまく働かなくなるらしいんだよ.
つまり,JAK1タンパク質の性質を変えた原因というのは,JAK1遺伝子の2633番目の塩基G(グアニン)がA(アデニン)にチェンジした突然変異なんですね!
チェンジっていうとキャバクラみたいだけど,それで概ねOKです.
でも注意することがあるよ.確認するけどタンパク質は何からできてるんだっけ?
タンパク質は・・・・
そうだ!アミノ酸!!
そう,アミノ酸です.タンパク質はアミノ酸が結合してできるんだったね.じゃあ,アミノ酸の順番を決めているのは何の配列だったかな?
それは・・・塩基の配列です!思い出しました!塩基3つの並びで1つのアミノ酸が決まるんですよね
そうそう.3年生になるとほとんどの学生が1年生で習ったことなんかすっかり忘れてるのに,良く覚えていたね.
それはともかく,JAK1遺伝子の2633番目の塩基の両隣を見てみようか.
(原図の字が小さいので拡大しました)
先生,さっきもこそっと言ってたけど,誰に話してるんですか?
ブログ運営上の事情だから気にしないように.
図の縦長の四角の中で,図の真ん中当たりにはCGTと書いてあるんだよ.この塩基3つの組(コドンという)はアルギニンというアミノ酸を指定するんだ.
ところが,CGTのGがAになる突然変異のせいで,CGTがCATになった.すると,アルギニン(R)じゃなくてヒスチジン(H)という別のアミノ酸が指定されてしまうんだ.図にR→Hと書いてあるのはこのことを示してるんだよ.
ということは,たった1つの塩基の違い(注:これが点突然変異)が起きたから,本来はアルギニンが結合するはずだったのにヒスチジンに置き換わってしまったと.
その通り.塩基1つの突然変異によってアミノ酸がアルギニンからヒスチジンに置換したから,JAK1タンパク質の働きが変化してしまったんだ.
読売新聞に書いてあった『理研の吉田尚弘研究員らは,アトピー性皮膚炎を発症するマウスを調べ,「JAK1」というたんぱく質の遺伝子の一部が変化し』というのはこのことを言ってるんだよ.
なるほど〜,納得しました!
ところで,G(グアニン)がA(アデニン)になっちゃうような,塩基1つだけが置き換わる突然変異でタンパク質の働き方が変わることって他にもあるんですか?
もちろんあるよ.
良く知られているのが鎌状赤血球症だね.CTC(シトシン-チミン-シトシン)という塩基配列がCAC(シトシン-アデニン-シトシン)になる,つまりTがAに変異するんだ.
この点突然変異は,グルタミン酸をバリンというアミノ酸に置き換えてしまうんだ.すると,赤血球に含まれるヘモグロビンというタンパク質の形が変わってしまい,赤血球が鎌のように変形してしまってヘモグロビンが正常に働けなくなる.このため,酸素を運ぶ能力が減って重度の貧血なんかになってしまうんだよ.
へ〜そうなんだ〜.あ,次の講義が始まるからもう行かなきゃ.先生ありがとうございました!
は〜い(・・・休憩できんかった.まあこれも大事な仕事だからしゃーない.ワシも早く次の講義に行こう)
【注:変異にはいくつか種類があるが,ミスセンス変異は塩基配列が変化することによってアミノ酸が置き換わること】
【塩基については筆者の別エントリにて簡単に説明しています】
ではまた!
会話形式のフキダシは,じょーじ(id:george-gogo)さんのエントリを参考にしました.