「想定外ですむのか」土砂崩れで娘失った母
南阿蘇「警戒区域」未指定 「安全と信じていた」
「想定外ですませていいのか。娘を返してほしい」。熊本地震による土砂崩れで娘を失った牧野照子さん(74)=熊本市東区=は憤る。5人が死亡した熊本県南阿蘇村の高野台団地は土砂災害防止法の「警戒区域」に指定されていなかった。しかも、村が開発公社を通じて売り出した分譲地も含まれている。「安全」と信じていた住民は突然の悲劇に悲しみ、行政に不信の目を向ける。
「富美(ふみ)の家がない」。16日の地震後、長女の会社員、牧野富美さん(46)が暮らす高野台団地で土砂崩れが起こったことを友人から聞いた照子さんは、テレビに映った捜索活動の様子を見て息をのんだ。あるはずの場所に家がない。「生きていて」。熊本市の自宅にいた照子さんは娘に電話をかけ続けたが、つながらない。祈りは通じず、3日後に変わり果てた姿で土砂の中から発見された。
富美さんの隣に暮らしていた小学校教諭、田爪(たづめ)晴恵さん(43)によると、16日はまず下から突き上げるような激しい地震の衝撃を受けた。続いて、どんどん、がしゃがしゃと「聞いたことのない大きな音がした」。土砂崩れだった。1階がつぶれ、2階のベランダまで土砂が押し寄せた。約2時間後に救助された田爪さんが目を向けると、富美さんの2階建ての家は土砂とともに流されていた。
高野台団地は村が開発公社を通じて売り出した土地の上に建つ一戸建てと、マンションタイプの村営住宅から成る。生産設備メーカー「平田機工」熊本本部(熊本市)で社長秘書をしていた富美さんは、豊かな自然に憧れ熊本市から移住した。照子さんは「注意深い子だった。警戒区域に指定されていたら、土砂災害の危険があると思い、14日の最初の地震で避難していたと思う。村が売り出した土地なので安全と信じていた。村はどんな地質か事前に調査すべきだった」と訴える。田爪さんも「危険性があることは全く意識していなかった」と語った。
村の職員は「緩やかな勾配で災害が起こるとは思っていなかった。我々も警戒していなかった」と釈明した。
土砂災害警戒区域を巡っては、2014年に広島市で70人以上が犠牲になった豪雨による土砂災害で、現場の一部が指定から漏れていたことが問題となった。広島県は警戒区域の基準を満たす危険箇所と認識していたが、指定が遅れた。
しかし、今回の現場は基準に達していない傾斜の緩やかな場所だった。土砂災害に詳しい京大防災研究所の松四(まつし)雄騎(ゆうき)准教授(地形学)は「我々にとっても想定外。火山灰の層が強い揺れで液状化した可能性がある。東日本大震災でも火山灰などの堆積(たいせき)地域で地滑りが起こった。共通性を見つけ出して、精度の高いハザードマップを作る必要がある」と指摘した。
東日本大震災で警戒区域外の土砂災害が相次いだ福島県砂防課の職員は「調査のあり方を考え直すべきだ」と語った。【志村一也、佐野格、前谷宏】