「心の穴」が生み出す暴力
—— 『プリティ・ガールズ』は姉妹や親子、夫婦が抱える問題が描かれていています。クレア、ポール、リディア、三人のキャラクターはまさに二村さんが『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』で書かれている「心の穴」の問題を象徴しているような感じがします。
二村ヒトシ(以下、二村) 夫婦の心の穴の断絶がテーマっていうと、やはりアメリカのサスペンス小説『ゴーン・ガール』を思い出すけど、どっちも怖いタイトルだよねえ。誘拐虐殺犯目線の「可愛い女たち」、夫目線の「イッてしまって帰ってこない女」。旦那が妻に隠しごとをしているという構造自体は現実にもあるし、その逆もまたしかりなんで、珍しいことじゃない。ポールの場合は、その隠しごとが半端なかったわけですが。でも結局、ポールのような人間を引き寄せてしまったのはクレア自身なんだよね。
—— ポールと結婚する以前から、クレアは主体性がほとんどない女性です。
二村 彼女は母親との関係性で心に大きな穴が空いて、自己受容感が低い人間になってしまった。クレアみたいなタイプの人って、コントロールされたいわけじゃないのにされてしまう。そして、それを見抜いた人間が近づいてくる。
—— ポールはクレアの心の穴を突いたってことですよね。逆にポールにもでっかい穴が開いていて、人をコントロールすることでしか満足感を得られない。
二村 誰かから何かを奪うことでなきゃ楽しめない人生なんて幸せじゃないし、どこかで本当の自分と向き合って、心の穴の形を知るしかない。これは小説だから、人が自分の穴と向き合わざるをえない様を極端で象徴的な形で書いている。この先はネタバレになるけど、クライマックスではクレアが主体性を獲得するカタルシスがあるよね。
—— かっこいいシーンでしたね。あそこで許してたのが従来の物語だった気がします。
二村 少年ジャンプ的なストーリーだと、敵を許すっていう展開があります。國分功一郎さんとの対談で、『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンドみたいなバトル漫画における異能力って、そのキャラの心の穴そのものだろうって話をしたんだけど、『幽☆遊☆白書』でも過去の因縁や悲劇的な生育歴によって魔力を得た妖怪たちが、心の穴をさらけ出しあって戦い、おたがい理解しあえると仲間になれる。ただ、それはファンタジーだから成り立つのであって、リアルっぽい怖さを狙った『プリティ・ガールズ』のようなサスペンスだと、そうはいかない。
—— 人殺しをして捕まったら終わりですからね。
二村 でもさ、心の穴から生じる現実の人間の魔力みたいな特性は、人によっては善用もできるよ。それにはやっぱり他人を傷つけたり傷つけられたりしたあとで自分と向き合うしかない。犯罪はもちろんダメだけど、取り返しはつくと思います。
—— この作品は猟奇ポルノが題材になってますが、そもそもかなり特殊なジャンルですよね。性が暴力や殺人に結びついてしまうのはなぜなんでしょう。
二村 それはやっぱり「セックスとは、やっちゃいけないことで、いけなければいけないほどテンションがアガる」と思いこんでる人がいるからでしょう。人から自由を奪う、尊厳を奪う、命を奪うって問答無用で「やっちゃいけないこと」だよね。そこにもし快感を覚えてしまったら、もうそれ以上に楽しいことはありえないってなっちゃうんじゃないかな。
—— そういった性倒錯って周囲にバレないもんなんでしょうか?
二村 当人に破滅願望があったら、それは伝わるからバレるでしょう。でもサイコパス傾向の人間って「自分は悪くない」って認識ですよね。だとすると、なかなか気づかれないだろうね。けど小説中でも一度だけ、いつもノーマルで平凡なセックスしかしなかったポールが、クレアに「やって、と言え」と口走ってしまった。あの場面は彼にとって重要な場面だったし、もしかしたらクレアともう一生会えなくなるかもしれないわけだから、つい漏らしてしまったんだと思う。本当はもっと以前から暴力的なセックスをしたかったかもしれないけど、彼女のことが好きすぎて、できなかったんだろうね。
今すぐ捨てるべき、AVで抱く勘違い
—— クレアとポールの心の穴問題をお聞きしましたが、姉のリディアについてはどう感じますか?
二村 クレアに助けを求められた時もすぐに駆けつけたし、彼女は主要登場人物の中で、ある意味一番まともな人だよね。長姉が19歳の時に誘拐されてから、両親はケンカばかりで、彼女が末妹クレアの母親代わりになってたんだけど、相当心が弱ってコカイン中毒になってしまう。その後のイザコザで家族からも絶縁されたけど、一人になってからは更生して働いて、今では高校生の娘もいる。自力で貧困から抜けだした努力家。恋人もいて幸せそうだった。
—— 皮肉なことに、彼女がドラッグから回復できたのは母と妹に絶縁されたからなんですよね。
二村 そうなんだよ。家族という地獄から脱出して、やっと幸せになれたのに、小説の後半で今度は犯人からずっとひどい目に遭わされ続ける……。かわいそうだよね。
—— ひたすら監禁と異常な拷問が続くっていう。かなりサディスティックでしたね。
二村 でも、それでリディアとクレアとの関係は再構築される。姉妹は分かり合えるけど、被害者としての女性と加害者男性のディスコミュニケーションは深まるばかり。
—— 「やって、と言え」も支配的な発言ですね。
二村 AVでよくあるセリフだよね(笑)。その言葉の正体は、単に自分の欲望を肯定してほしいだけ。お前が求めてるんだろ?って相手のせいにしたいんだよ。
—— AVを見てる男性を肯定してくれる言葉になってるんですね。
二村 単純に求められると嬉しいしね。それに、相手の性癖と一致してないことを強制する、ねじれた行為に興奮するってこともある。
—— 「やって、と言え」と強いることで支配してる満足感が得られると。
二村 基本的に人間は、これは男も女もですけど、自分に都合のいいように解釈しますからね。例えばレイプポルノでレイプ魔が「嫌だ嫌だって言いながら濡れてんじゃねえか」的な陳腐なことを言うじゃないですか。あんなの女性の体が怪我をしないために、つまり自分を守るために自動的に濡れてるんだっていう生理的な話なのに、勘違いして解釈してる男性たちがいる。
—— そういう意味では勘違いしている男たちにこそ読んで欲しい小説かもしれませんね。
二村 そうだよね。だって、これもネタバレだけど、サディストだったはずのポールが最後の場面で、あれ、絶対ビンビンに興奮していたでしょう。
—— 間違いないですね(笑)。
二村 これを読んで、そしてノンケの男はみんな女性からケツを掘られればいいと思うんですよ。
—— みんなマゾになれと。
二村 そうしないと男と女は理解しあえないんじゃないの? 奪い続けるだけの人生なんて、当人にとってもつらいものです。だから男はみんなマゾになりましょう。
—— 素敵な結論ありがとうございます(笑)。本日はありがとうございました。
本日cakes連載での最終回を迎えた「プリティ・ガールズ」と合わせてお楽しみください!
二村ヒトシ
アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應義塾幼稚舎卒で慶應大学文学部中退。著書に『すべてはモテるためである』(文庫ぎんが堂)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(イースト・プレス)、cakesで大好評連載の鼎談をまとめた『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA ダ・ヴィンチBOOKS)など。5月12日に湯山玲子さんとの共著『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』を発売予定。
公式サイト:nimurahitoshi.net
twitter:@nimurahitoshi / @love_sex_bot