これがきっとふたりの日常 4 |
ハクは、自分の視界の中、千尋が妙にうっとりした表情で自分を見上げているのに気付く。 「不思議……」 千尋は、どこか舌っ足らずに口を開く。 そっと手を伸ばして、ハクの頬に触れる。 「どうしてだろう。私、ハクに、触れたい……。ハクを、感じたい……」 「千尋??」 様子がおかしい。 「ハク……」 ハクの肩に手を置いて、潤んだ瞳でじぃっとハクを見上げた後、蕩けるようににっこり笑い……そのまま崩れるようにハクの胸元に飛び込んできた。 「ハク、ハク……!」 甘く、甘く……甘える声。 胸元に顔を押し付け、熱い息を吐き出す千尋の身体は、いつも以上に熱を持っているように思われた。 ――……なんだ!? 「千尋? 千尋……!?」 「ハクぅ……」 胸に顔を埋めたままの千尋の肩を揺さぶると、千尋はゆっくりと顔を上げる。 そして、そのまま、徐々に千尋の顔が近づいて来て……千尋の唇が、ハクの唇に触れた。 「……!?」 接吻。 先ほど千尋が口にした薬湯の、ほんのり甘い味が、した。 最近は、千尋からしてくれる事もあった。 けれど、こういうタイプの口付を千尋から求めてくれるのは初めてで……。 ハク、混乱する。 普段、冷静過ぎるほど冷静で理知的なだけに、一端混乱すると……簡単に、何もかもをぶっ飛ばしてしまう……とりあえず、まだ、混乱の段階で止まってはいるけれど。 そのまま、千尋の為すがままにその場に押し倒されると……背中は、すでに布団の上!! 「ハク……ハクぅ……」 唇を離して、はふっ、と息をつく千尋。 とろんと潤んだ瞳が、とても、とても、とても×1000、色っぽい。 ハクの中で、理性がぎしぎしとひどく軋んだ音を立てる。 「熱い……」 そんなハクの葛藤を知るわけのない千尋は、更には、ハクに馬乗りになったまま、水干を脱ぎ始める。 腰紐をほどいて、前の袷を開いて、腹掛け姿に。 ふっくらとした胸の隆起の分、脇から見える腹掛けが浮いていて、千尋が大人に近づいているのだと、ハクは実感……する、余裕なんかあるハズない! 「ハクも、脱いで……」 「って、千尋!?」 腰紐が解かれ、水干がするすると外される。 「千尋、ちょ、ちょっと待って……」 「い〜や。待たないよ」 くすくすっと童女のように笑い、完全に前を開けられたハクの首筋に唇を寄せた。 「いつも、されてるからお返し!」 はむっ、とハクの首筋に噛み付く……いや、吸い付く、と言ったほうがいいか……。 はむ、はむ。 千尋は、吸い付きながら、舌先でハクの肌を刺激する。 「千尋!!」 大きな声で静止してみるが、聞きやしない。 千尋の暖かな唇が、首筋から鎖骨……胸元までを、必死なまでに這い回る。 頭の高い位置で結わえられた千尋の髪が零れ落ちて来ていて、その舌と唇の愛撫と同時に胸元をくすぐる。 千尋の、匂いがする。 香水の匂いとは違う、千尋の、匂い。千尋だけが持つ、ハクを、どうしようもなく追い詰める、甘い匂い……。 「…………」 ぎしぎしぎし 理性という名の橋の上にのった物体の重みが増す。理性の橋を、限界まで軋ませて。 「ハク、好きよ……大好き……」 熱に浮かされたように、甘い吐息と共に吐き出される、千尋の囁き。 ぎしぎし…… 理性の橋が、今……大きく撓んで…… ばきっ っと、折れた。 「千尋っ!!!」 ハクは、千尋を抱きしめ、抱き寄せ、自分から強く口付ける。 千尋の唇を食べてしまう勢いの口付。 そのまま、ごろんと転がって、今度はハクが千尋を組み敷く。 うっとりしたままの千尋の瞳が、切なそうにハクを見上げている。 「ハクぅ……私、熱い……でも、ハクも、熱い……」 「……ならば、共に脱げばいい……いや、千尋のは私が脱がせてあげるよ……」 理性の橋を真っ二つに破壊して、今まさにハクの心の中に弾けた物体の名は……もちろん、欲望。 千尋に途中まで脱がされかかった水干を脱ぎ捨て、首の後ろに回っている、千尋の腹掛けの紐を解く。 「んっ……」 うっとりしたままの表情の千尋は、素直にハクの為すがままに身を任せている。 「千尋……」 「ハクぅ……」 腹掛けをゆっくりと押し下げていけば……千尋の……。 「………?」 いや、ハクは、動きを止め、顔を上げた。 何やら……気配が……。 妙な気配が…… 「もうちょっと開けろよ!」「だめだめ、コレ以上開けるとみつかっちゃうよ!」「に、しても、やっぱりとんだ助平だねぇ」 と、聞き覚えのある声の数々。 更に。 「おまえら、あいつら、折角上手く仲直りしているところなんだ。もちっと静かにしといてやらんか!?」 これまた、すっごく聞き覚えのある声……。 「これも、わしが気を利かせてやった薬のおかげだな」 「じぃさん、おまえもとんだ助平だな」 「何を言う! わしは純粋にふたりを心配しておったのだ。それに、何より、あの薬を自ら選んだのは千尋じゃしな」 「どうだか」 ひそひそ、ぼそぼそ……。 とても抑えてはいるが……その声は……。 我に返ったハクの額に、青筋が走った。 「それにしても、何をしておる、ハクの奴。もっと、こう、がばっと……」 「……!!」 続くひそひそ声に、ハクは……。 ぷちっ、と、怒りの糸は簡単に切れます。 「何を、している!?」 叫ぶや否や、魔法の力で襖を全開にすると……竜身に! 襖の向こうにいたのは、勿論……女部屋の面々十数人(<数十人かも?)と、釜爺。 シャーッ!! 竜独特の雄叫びを上げ、ぎょっとして逃げ惑う者どもを徹底的に追い掛け回す! 目を血走らせ、牙を剥き出しにした巨大な竜に追いかけられては、さすがにゲテモノ……いや、様々な姿形の神々に慣れた面々でも……オソロシイ。 追いかけて、追っ払って……。 すっとしたらしいハクは、ふぅと安堵の溜息をついて千尋の待つ自室に帰ってきた。 勿論、部屋に入る際には、隙間なくぴったりと襖を閉め、厳重に魔法で結界を張り……。 「千尋、待たせたね」 にこやかに千尋に声をかけて、まだ横たわったままの千尋に近づいて……。 「千尋……? ……!?」 健やかな吐息を吐き出して、眠りについていた。 お約束であった。 あの豪快なまでに騒々しい中、眠りにつけるあたり、余程肝がすわっているのか、単に慣れただけか。 いや、あの薬には、睡眠効果も含まれていたのかもしれない。 がくっ、と、ハクはその場に膝をついた。 せっかく……千尋自らが、やる気になってくれていたのに……いや、恐らく、あの薬湯のためでもあったのだろうが……。 さすがに、寝ている千尋に続きを促すわけにもいかず、ハクは、悔し涙を噛み締めながら、千尋を自分の布団に寝かし付け、ふぅぅと溜息をついた。 けれど、すぅすぅといと安らかに眠る千尋の寝顔に、ハクは微笑まずに入られなかった。 疲れている千尋を、更に疲れさせても仕方ないか。 妙に悟った気持ち(あるいは欺瞞?)になりはしたが……ふと、机の上に乗ったままの、先ほどの薬の袋を見て……。 「………………薬……」 閃く。何をか。 そりゃ、良からぬ事でしょう。 で…… その翌日、釜爺の元に、ひとりの少年の姿が。 「おじいさん、昨日の薬ですが……」 「わかったわかった。わしが悪かったよ!」 開店前、とりあえずボイラーに火を入れながら、釜爺は、ハクに襲いかかられて、逃げ惑う時に壁にぶつけた額のコブをさすっている。 「いや、違うんです。あの薬、まだ、ありますか?」 「お?」 「あの一緒に煎じてあった薬草を替えて、今度、睡眠効果のないものを作ってみませんか?」 「……。……おぬしも、悪よのぉ……」 「おじいさんには及びません」 にっこり。 男同士の締結が、今ここに結ばれた。 くちゅん。 昨日、腹掛け姿のまま、しばらく寝ていた千尋は小さくくしゃみをした。 目を覚ましたらハクの部屋にいて……薬湯を飲んで以降の事を覚えていなくて……。 千尋は、ハクの説明「千尋は、薬湯を飲んでから、すぐに寝てしまったんだよ。女部屋に連れて行くわけにもいかなかったから、私の布団に寝かせたんだ」を鵜呑みにしていた。 ハクの自分への心遣いを、昨日のハクの口付を(勿論、薬湯を飲む前の)思い出して、千尋は微笑みながら頬を染めた。 「また、あのお薬もらおうかな? だって、とっても美味しかったし、よく眠れたみたいだし♪」 千尋は、自分がとんでもなく深い墓穴を掘ろうとしている事に気付いていない。 そして、事の真意を知っていながら、それを千尋に真っ向から告げるような善人なんぞ、油屋にはいなかった。 そんな場所でも、限りなく純粋である千尋……。 千尋に捧げる言葉:知らぬが仏 (でも、油屋には仏様はおりません。いるのは神様のみ!) ……千尋が千尋である限り、こんな日常がごく当たり前に過ぎて行くのかも、しれない。 「あ、釜爺にもお礼にいかなきゃね」 純粋……純粋……まぁ、騙されている事に気付かなけりゃ、それはそれで幸せ? 千尋に、幸あらんことを! 〜幕〜 結局、ハクもピンクになってしまいました。 途中まで、ちゃんと白かったのにねぇ。 どうしてでしょうね……ははは……。 これがふたりの日常ですよ、きっと(笑)。 この後、例のお薬をハクが活用しまくったかどうか…… したとしても、千尋はハクの言い訳を素直に聞いちゃいそうだなぁ(笑)。 |