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【北朝鮮拉致】自衛隊は拉致被害者を救出できないのか? ドイツの事例を参考に元自衛官らが訴える「奪還シナリオ」の必要性

【北朝鮮拉致】自衛隊は拉致被害者を救出できないのか? ドイツの事例を参考に元自衛官らが訴える「奪還シナリオ」の必要性

 北朝鮮による拉致問題の進展がない中、自衛隊を活用した拉致被害者救出実現を目指す動きが始まっている。自衛隊はこれまでイラクとアルジェリアで邦人輸送をした経験はあるものの、昨年、成立した安全保障関連法の審議でも自衛隊による拉致被害者救出が議論されることはほとんどなく、現状では自衛隊を邦人救出に活用することへのハードルは高い。「なぜ被害者を助けるのに自衛隊を使えないのか」。自衛隊OBらは“有事”に備えた準備の必要性を指摘する。

アルバニアの動乱から邦人を救ったドイツ

 「自分の国民をほかの国の軍隊に救出してもらうこともあるし、自分の国の軍隊でほかの国民を救出することもある。これが国際的な常識です」。自衛隊OBや予備自衛官らで作る「予備役ブルーリボンの会」(荒木和博代表)が3月5日に東京都内で開いたシンポジウムで、そう指摘する意見が上がった。

 指摘したのは、予備役ブルーリボンの会幹事の荒谷卓氏。陸上自衛隊唯一の特殊部隊といわれる特殊作戦群の初代群長を務めた経験を持つ自衛隊OBだ。

 シンポジウムで荒谷氏は、世界各国による在外国民救出の事例を説明。その中でも、1997年に東ヨーロッパのアルバニア共和国で発生した動乱での、ドイツの活躍を紹介した。

 アルバニアでは国民の間で流行していたネズミ講が破綻。財産を失った国民が暴徒化するという事態に発展。このときドイツはアルバニア在住の自国民保護のため、国防軍を派遣。ドイツ人だけでなく、日本を含む他国民も救出した。

 このときのドイツの行動に関し、荒谷氏は「自国民も救出したが、非常に多くの外国人を救出した。これで国際社会もドイツが軍事的にも主体的に行動するということを是認した」と説明。自国民保護をきっかけに、ドイツが国際政治の中で重要なプレーヤーになっていったと強調した。

 これに対し、日本の自衛隊はこれまでイラクとアルジェリアで邦人輸送を実施したが、「両方とも非常に安全な状況の輸送だった」と荒谷氏はいう。このため、「自衛隊を自国民保護という目的で、世界中の国々の人をどんどん救出していく。そのオペレーションの実績、経験を積んでいくことによって、北朝鮮で救出する機会がきたときに恐らく自信をもって作戦行動ができるようになると思う」と北朝鮮有事に備えた準備の必要性を語った。

北にいうこときかせるには「力しかない」

 続いて登壇した予備役ブルーリボンの会代表で、拉致問題を調べている「特定失踪者問題調査会」代表の荒木和博氏は、韓国人拉致被害者救出や小泉純一郎首相の訪朝による拉致被害者5人の帰国などを例に、日本がどう北朝鮮に対峙していくべきかを述べた。

 北朝鮮が日本人拉致を初めて認め、その後の拉致被害者5人の帰国につながった2002年の日朝首脳会談が実現した背景には、米による圧力強化があったことが知られている。同年1月の一般教書演説でブッシュ米大統領は「悪の枢軸」と北朝鮮を名指しして批判、北朝鮮が日本に接近し、首脳会談へとつながった。

 荒木氏は一般教書演説を受け、「これで爆弾を落とされると本気で北朝鮮の中は思った」と説明。当時は中国との関係も悪化したため、北朝鮮には日本に近づく選択肢しかなかったと分析した。

 こうした経緯から、今後北朝鮮との間で被害者帰国に向けた交渉を実現するため、荒木氏は「北朝鮮にいうことをきかせるには、力でやるしか方法はない。北朝鮮の中で金正恩が『このままいくと爆弾を落とされる』『日本がキレたら何をするかわからないと』いうふうに思えば、交渉に乗ってくる可能性はある」と話した。

実現しなかった拉致被害者救出作戦

 シンポジウムでは、民間による拉致被害者救出が過去に検討されたことがあったことも明かされた。

 昭和53年8月に北朝鮮に連れ去られた増元るみ子さん(62)=拉致当時(24)=の弟、照明さん(60)は平成14年終わりごろ、るみ子さんと、るみ子さんと一緒に拉致された市川修一さん(61)=拉致当時(23)=救出作戦の実施を提案されたという。

 照明さんによると、作戦を提案したのは、元北朝鮮工作員の安明進(アンミョンジン)氏。「現在でも増元るみ子さんと市川修一さんの所在地がある程度わかる。連れ出せるはずだという相談があった」という。

 しかし、るみ子さんと市川さんの2人を同時に救出するのは困難だという見通しを伝えられ、「どちらか一人残されたほうはどうなるのだろうという危惧があったのでプロジェクトを断らざるをえなかった」と振り返った。

 荒木氏も15、16年前に、民間軍事セキュリティー会社の関係者から、特定の被害者奪還を提案されたことがあったと説明。「そのときはそこまで考えがいたっていなかったのと、それ以上に一人だけ取り返すということについてどうしても抵抗があって、なんとなく立ち消えになった」というが、「どこかで(救出作戦を)決断しなければいけない時期はくるという可能性はある」と話した。

天災でも準備しないといけない時代だが…

 シンポジウムの最後では、報告者らが意見をそれぞれ訴えた。荒谷氏は「天災でさえも今はちゃんと準備しないといけない時代。政治的な災害はもっと主体的にかかわれるはずだ」とし、「拉致問題に対する根本姿勢を一度見直して、本当に国際社会で責任ある国家であればどうするだろうという視点から、立ち向かうべきだろうと考えている」と話した。

 自らも予備自衛官である荒木氏は「この国が蹂躙されて国民が連れ去られ、向こうから取り返せない。その状態を自衛官として予備であろうが現役であろうが恥ずかしいと思わないか。悔しいと思わないか」と訴え、膠着した事態を動かすためには「怒りが必要だ」と強調。「こんなことやられて、われわれは今何もできていないのだという怒りをしっかりとかみしめて、先祖にも、生まれてくる次の世代にも申し訳ないとしっかり感じていく必要があると思っている」と呼びかけた。

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