受験業界詐欺師の見つけ方とエビングハウスの忘却曲線

【はじめに】
本記事はうつ病とは直接関係のないものです。
興味がありましたら、ご一読いただけると幸いです。


【忘却曲線理論ブーム】
現在、受験業界を筆頭に学習商戦では、
空前の「エビングハウスの忘却曲線理論ブーム」です。

塾のサイトを見れば「エビングハウス」
勉強方法のサイトを見れば「忘却曲線理論」

猫も杓子も「忘却曲線」

しまいには
「うちの忘却曲線こそ本当の忘却曲線理論!」
「よその忘却曲線理論は間違いだ!」

集客のための「忘却曲線理論」戦争勃発!!
せめて受験戦争くらいに留めておいて欲しいものです。

私も「エビングハウスの忘却曲線理論とうつ病」の記事を書くにあたり、
可能な限り、このエビングハウスの忘却曲線理論について調べました。
(私は心理学の専門家ではありません)

その中で、「あれ?なんだかおかしくない??」
と感じたことがたくさんありました。
せっかくですので、今回ここでいくつか紹介してみたいと思います。


【エビングハウスの著書を読んでみた】
「エビングハウスの忘却曲線理論」を知るにはどうすれいいか?

エビングハウスさんが書いた忘却曲線に関する本を読めばいい。
当たり前のことですね。

単純な私はすぐさまインターネットでエビングハウスの本を探しました。

探すこと10分。。。

私の心はすでに折れる寸前でした。

簡単に「読めばいい」と思いましたが、
実は数あるエビングハウスの著書から
「忘却曲線理論」の記述に関する書籍を探すこと、
これがものすごく大変な作業だったのです。

ほとんどの書籍が絶版。
加えてエビングハウスは自らの著書に
「忘却曲線」という言葉を使っていないらしいのです。

しかたがないので、入手できるもの、閲覧できるものを
片っ端から取り寄せて、1人人海戦術でしらみつぶしに
内容を確認していきました。

内容の確認。。。
地獄のような作業でした。
抽象的な文章に加え、訳のわからない数式がたくさん。
グラフも記載されていましたが、インターネットでよくみる
あの有名な曲線、あんなものどこを探しても載ってないんです。

でも何度も何度も読んでいる(というより眺めている)と、
なんとなくですが、何について書いてあるかということが
分かってくるんです。

そしてついに、ついに見つけました。

『記憶について – 実験心理学への貢献』 ヘルマン・エビングハウス
(以下『記憶について』)

エビングハウスの著書はほかにもいくつかありましたが、
世間で言われている「忘却曲線理論」に関する記述は
この『記憶について』のみです。
(たぶん。。。)

この本の中の、

第7章 「時間の関数としての保持と忘却」

ここに私の求めていた「忘却曲線理論(と呼ばれている)」についての
記述があることを発見しました。
(実際には他の章にも関連する事項は記載されています)

原書はドイツ語(エビングハウス博士はドイツ人)ですが、
もちろん私はドイツ語など読めるはずもありません。
宇津木 保さんという方が訳した日本語版を読みました。

正直言いますと、日本語版を読んでもちんぷんかんぷんです。
何度も何度も何度も何度も読んで、
はじめて
「ああ!そういうことね、うんうん」
そんな感じです。

それでも、それでもです。
巷で幅を利かせている

「自称 エビングハウスの忘却曲線理論 博士」

このような方々に比べれば、はるかに理解を深めることができました。

つまり。。。

私は受験業界のインチキを暴くための大きな可能性を掴んだと考えます。
教育関係者が嘘をつくことなど想像さえしていなかった頃と比較すれば、
エビングハウスの著書の一部を理解したことは大きな前進です。
そう・・・ヤツらは必ずいるのです。一人残らず追い詰めましょう。
インターネットの中にいる詐欺師を。
全て。

(出典 「進撃の巨人 第25話」エルヴィンスミス 一部改)


【節約率と記憶量・忘却量】
まずインターネットでよく見かける論議が、

「エビングハウスが研究したのは節約率であり、記憶量・忘却量ではない」

というものです。

例えば「melancholy(憂鬱)」という英単語を覚えたとします。

このあと、

20分後には
 58%覚えている
 42%忘れている(100% – 58 % = 42%)

1時間後には、
 44%覚えている
 56%忘れている(100% – 44 % = 56%)

だから早く復習しましょう。

こんな説明がよくなされています。

自称忘却理論博士はこのような説明を見るとすかさず

「エビングハウスが研究したのは節約率であり、記憶量・忘却量ではない!」

つまり
20分後に「58%覚えている(記憶量)」という表現は誤りで、
20分後に再度暗記をする際、「58%の労力を節約できる(節約率)」という
表現こそが正しい

このように主張するんですね。
細かいところをご苦労なことです。

おそらくソースはWikipediaの「忘却曲線」にある

注意すべき点は、このグラフは節約率を表しているだけに過ぎなず、
記憶量を表しているわけではないということである。

(出典 Wikipedia)

という記述でしょう。

確かにエビングハウスは著書『記憶について』の中で、
表、グラフ、数式を表現するのに多くの場合「節約率」を用いています。

ただし、同著書の中で、
「節約率(量)」を「(記憶の)保持量」
と言い換えたり、
「(記憶の)保持量」 をしていない部分を「忘却量」「忘失量」
といった言葉で表現し、
「節約率」という言葉同様、これらの表現で
多くの実験結果や理論を説明しています。

つまりエビングハウスは「節約率」と同様に
「記憶量」「忘却量」も研究している
のです。

というより、エビングハウスの数ある研究のうち「節約率」の部分のみ
大きく取り上げられ過ぎた結果の誤解、といった方が
より現実に近い表現でしょう。

心理学を研究されている方々のサイトを見ると、
特に抵抗なくこれらの言葉が使われています。
もちろん原書を読んでのことでしょう。

一方Wikipediaしか読まない自称博士たちは、
このような専門家の方々に噛み付いてまで
自己の正当性を主張し、集客に躍起になっているのです。

主張すればするほど、原書を読んでいないことを
声高に宣伝していることにも気がつかず。。。


【節約率の差異】
これもWikipediaの「忘却曲線」からの引用です。

20分後には、節約率が58%であった。
1時間後には、節約率が44%であった。
1日後には、節約率が26%であった。
1週間後には、節約率が23%であった。
1ヶ月後には、節約率が21%であった。

(出典 Wikipedia)

自称博士が大好きな節約率、ですね。

でもこのWikipediaに記載されている節約率、
実は原書と若干の相違があるんです。
以下が原書に載っていた数値です。
(tは分(minutes))

20t:58.2 ←20分後58.8%:OK
64t:44.2 ←64分後44.2%:OK
526t:35.8 ←8時間46分後35.8%:Wikipediaに記載なし
1440t:33.7 ←★★★1日後33.7%:NG(Wikipediaと相違あり)★★★
2×1440t:27.8 ←2日後:27.8%:Wikipediaに記載なし
6×1440t:25.4 ←6日後:25.4%:Wikipediaに記載なし
31×1440t:21.1 ←1ヵ月後21.1%:OK

(出典 『記憶について- 実験心理学への貢献 』)

明らかに★の部分、差異があります。
しかし私が見た限り、インターネット上にある
1日後の節約率はすべて26%、Wikipediaと同じです。
(Wikipediaへのこの数値(の根拠となる数値)の投稿は2004年、出典不明)

もちろんのちの研究で、なんらかの間違えが発覚し、
修正された可能性は高いです。

ただ、ソースをWikipediaやハウツー本以外、
つまりは原書に求めるのであれば、
少なくとも1つや2つくらい26%ではなく、

1日後には、節約率が33%であった

という記述がインターネット上にあってもよいはずです。

こと忘却曲線理論をに関して言えば、
その理論や実用を語る、ほとんどすべての人たちは
Wikipediaの子(コピペ)や孫(コピペのコピペ)
のようです。


【忘却曲線を表す数式】
先にも書いたとおり、忘却曲線理論といえば、このような曲線のグラフが有名です。

250px-ForgettingCurve.svg
(出典 Wikipedia)

ただ、エビングハウスの著書『記憶について』に、
このような曲線はどこにも描かれておりません。

ではこの曲線、どうやって描かれたのでしょうか?

それはこの曲線のもととなる「数式」があったから

数学が苦手な私でさえ、容易に想像できます。

ただ、この数式、やはり自称博士たちのサイトを
いくら探しても見つからないんです。

某質問サイトでこのような質問をしている方がいました。

「エビングハウス忘却曲線を簡単な数式で具体的に説明してください。一番最初に的確な回答をされた方には○○ポイント差し上げます」

おそらくは、私と同じく曲線のもととなる「数式」があるのだろう、
と想像した方が疑問に思った質問だったのでしょう。

回答者複数いましたが、正解ゼロ。
もっともらしい理屈をこねて、
持論の数式を書いて説明をしている自称博士もいましたが、
なにがなにやら。
少なくとも「簡単な数式で具体的」ではありませんでした。

エビングハウスの忘却曲線は『記憶について』の中に記載されている
以下の数式をもとに描かれます。

Q = 100⊿/ L

Q:節約率
L:最初の学習時間(第1学習に要した時間)
⊿:L – WL(もしくはL – WLK)の値
WL:2回目の学習時間(再学習に要した時間)
WLK:WKに修正が必要な場合の修正後の値

(出典 『記憶について- 実験心理学への貢献』一部改)

⊿(デルタ、ですかね)が一般的でないため、現在では簡素化した

Q = 100(L – WL) / L

という式で表されています。

「melancholy(憂鬱)」という英単語を覚えるのに、100秒かかったとします。
20分後に42秒で覚え直しができたのであれば、
先の数式にこの100秒と42秒を代入し

Q = 100(100秒 – 42秒) / 100秒
Q = 58

20分後には、節約率が58%であった。

こんな感じで1時間後、1日後、1週間後、1ヵ月後と
覚え直しにかかった時間を計って、数式に代入すると、
有名なあのグラフの曲線ができあがる、というわけなんですね。

何度も何度もいいますが、この数式が記載されているのは
心理学を研究されている方のサイトばかりです。
受験・教材の集客を目的とした自称博士のサイトで
この式を見つけることは、少なくとも私にはできませんでした。


【繰り返すと忘却曲線は緩やかになる??】
さて、長くなりますので最後にしましょう。

「復習を繰り返すと忘却曲線は緩やかになる(忘れにくくなる)」

忘却曲線を用いた学習でのもう一つの目玉セリフです。
私自身、いくつもの忘却曲線アプリや
勉強管理(スペースト・リハーサル法ほか)を行い、
繰り返すと忘れなくなる、ということを自身の体と頭をもって経験しました。
本当に忘れなく(もしくは覚えやすく)なります。

ただその事象を当のエビングハウスはどのように記していたのか?

「忘却曲線が緩やかになる」

ということはすなわち

「2回目以降の覚え直しをすると、節約率の値が上がる」

きっとそうだ!

私はそう思い、インターネットでこの節約率を探し回りました。
結果、2回目以降の節約率に関する記述はどこにもありませんでした。

今まで頼りの綱にしていた心理学を研究されている方々のサイトも、
再学習後の節約率についてまでは言及されていません。
おそらく、心理学の研究では記憶の「定着」ではなく「忘却」に
焦点が置かれているためだと思われます。
(トラウマはどのくらいの期間で薄れていくか、のような)

インターネットでの検索を諦めた私は、
『記憶について』を穴が空くほど繰り返し読みました。
そしてエビングハウス自身がこの節約率を求めることを
諦めている一説を見つけました。

だから、私は、こういうあいまいな仮定をやめて、
毎日の反復回数がもたらすと考えられる
正味の効果は、かなりの大きさをもった、
おそらくは変動の少ない数値によってあらわされるという
事実を示すことによって、毎日の反復回数と毎日の節約量との
関係を示すだけで満足することにした。
(以下、不正確な測定結果の表が続く)

(出典 『記憶について- 実験心理学への貢献』)

簡単に言うと、

やってみたけどうまい数値がでなかった
だけどたぶん繰り返すと節約量は上がるよ。

そういってるんですね。
(測定結果では繰り返したのに節約量が下がっているケースが散見される)

現在目にする忘却曲線の緑色の部分(2回目以降の節約率)は、
上記エビングハウスが成し得なかった研究を
引き継いだ機関が導き出したものなのでしょう。

250px-ForgettingCurve.svg
(出典 Wikipedia)

上記表の投稿者(英語版Wikipediaに投稿)は英語圏の人物で、
現在すでにほとんどの情報が削除されてしまっていました。
数年前に確認した時は、イギリスの研究機関が出典元だったように記憶しています。

少なくとも自称博士が、経営の片手間で導き出せる曲線ではありません。
自称博士が掲載しているグラフに、自作のフリーハンド曲線が多いのも
このような事情があるからなのでしょう。


【まとめ】
受験業界の詐欺師の見つけ方は以下の通りです。

エビングハウスの忘却曲線理論を看板に掲げているにもかかわらず

①出典が明記されていない
②「エビングハウスが研究したのは節約率であり、記憶量・忘却量ではない」という主張をしている
③節約率の数値がWikipedia丸写し、他の計測値が一切記載されていない
④節約率を表す数式が記載されていない
⑤「復習の繰り返しにより定着度が増す」という記述があるが、定着率が記載されていない
 もしくはフリーハンドで適当な曲線を描いたグラフを載せている

ほかにもたくさんありますが、これくらいあれば
インチキ塾やインチキ教材を見抜くことができます。

あやしいな、と思ったら

「何という本にかいてありますか?」

この質問で口ごもる、もしくはエビングハウス以外の書籍をあがるようであれば、即アウト。
もし出典を知っていたとしても、②~⑤を聞いていけば、ほぼ詐欺師かどうかは分かります。
(そもそも原書など必要ない、手元にない、などという回答はもちろん論外)

2016年4月25日現在、Amazonでは

『記憶について – 実験心理学への貢献』
在庫:なし
中古:8 出店
価格:5,900円~15,000円

http://www.amazon.co.jp/%E8%A8%98%E6%86%B6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E2%80%95%E5%AE%9F%E9%A8%93%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%B2%A2%E7%8C%AE-1978%E5%B9%B4-%E6%9C%9B%E6%9C%88-%E8%A1%9B/dp/B000J8NZ1E

この記事が自称博士たちの目に留まれば、
残り8冊の本にたちまち注文が殺到するでしょう。

もともと1978年に2,000円(税抜き)で売られていた本、
中古在庫はいつまで残っていることやら。

先を見越して買い占めちゃうっていうのもいいかもしれません。
きっと高値で買いたがる博士たちがたくさんいるはずです。


【追記】
以上のように、インターネット上にはびこる
「自称 エビングハウスの忘却曲線理論 博士」
の揚げ足をとっていったわけですが、
私はそういった方々になんら恨みがあるわけではありません。

そもそもこのような細かいことは知らなくとも、忘却曲線理論を用い、
記憶の定着や学習の効率を上げることは可能です。

ただ、まがりなりにも「エビングハウスの忘却曲線理論」を看板に掲げて
集客行為を行い、収益を得ているのであれば、
せめて最低限度の知識をつけることは「誠意」であり「責任」であると
私は考えます。

「エビングハウスが研究したのは節約率であり、記憶量・忘却量ではない!」

「そもそもエビングハウスなどという100年も前の心理学者の理論が正しいわけがない!」
(エビングハウスの実験は1879開始、自分自身が被検体、論文の初版は1885年)

このような主張も大いに結構です。
実際に、全てが誤りであるとはいいません。

それでも、それでもです。

原書『記憶について』を読んでいない

いくらなんでもこれはないですよね。
自己主張や他者批判のおおもとなる材料を知らない、知ってても持っていない、
有り得ません。

私はこのサイトを作るにあたり、

「医師や専門家でもない、一患者に過ぎない自分が作るサイトに意味などあるのだろうか?」

そう考えました。

はじめのころは
「専門家に負けないサイトを作ろう」
そう思い多くのサイトや書籍を読みました。

読めば読むほど、調べれば調べるほど
素人の私が作る専門サイトなど、しょせんは不完全なものにしかならない。
そう思うようになりました。

と同時に、多くのサイトや書籍を読みましたが、
患者としての私が本当に知りたい情報というものがなかなかない。
ということにも気づきました。

夜中に急にやばくなった時どうすればいいの?
うつ病で働くにはどうすればいいの?
海外旅行に行くにはどうすればいいの?
どんなテレビ番組ならうつ病でも楽しめるの?

このような問題に直面し、
患者としての私が苦しんだこと、私が困ったこと、
そしてそれらを克服するために、
実際に私が試し、調べ、足を運び、役に立ったこと。

結局私が欲しかったのはそのような情報であり、
おそらく他のうつ病で苦しむ方や
その家族、友人、周りのみなさんが知りたいのも、
同じような情報であるんだな、と思うようになりました。

私がこのサイトで発信するそれらの情報は、客観性や専門性に欠けるかもしれません。
それでも、できる限りの調査をし、
せめて「最低限の誠意だけは損なわない情報を発信すること」
それがこのサイトの存在意義です。

そう思い「エビングハウスの忘却曲線理論」について調べていたところ、
誠意のかけらもない情報が山のように出てきました。
あまりの責任のなさに少々腹を立てて、このような記事をしたためた次第です。

間違いはあっても嘘はない

そのようなサイトを作っていく所存です。

今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします。


【参考】
『記憶について – 実験心理学への貢献』 ヘルマン・エビングハウス 宇津木 保 訳
『Wikipedia – 忘却曲線』
心理学研究者の皆様のサイト多数
忘却曲線理論 商戦に参戦のサイト多数