あれは名古屋に来て間もないころ…。私は独身で、一人気ままに飲食店と単発ナースのバイトをしながら、それなりに充実した生活を送っていた。当時、時給の良さに惹かれ、していたバイトがある。
それはずばり、訪問入浴。
一言で言おう。
ハードだった!
辛いとか苦しいとか忙しいとか…なんかそんなんじゃなくて、ハードだった。あくまでも私の主観だが。
体力的にも精神的にもそこそこハード。笑
一日はあっという間に過ぎた。8時間働いたなんて信じられないくらいだった。なので、働いた日数は少なくても、お給料日になると『がっぽり』稼いだ感覚があった。
さぁ、その『訪問入浴』の全容を見てみよう。
ちなみに、私の視点は、循環器内科(急性心筋梗塞、心不全、不整脈etc)の病棟経験者ということを前述しておく。それなりに厳しい職場だったということだ、笑。
訪問入浴の求人条件
・派遣会社からの紹介
・勤務時間 8:30~17:30(内休憩1時間)
・事務所集合、解散
・1回 13,500円
・1日最大8軒のお宅を訪問
・ユニフォーム貸与
・お昼は各自用意(コンビニ駐車場で休憩)
・持ち物は筆記用具、動きやすいズボン、秒針付の時計
訪問入浴の内容と看護師の仕事
訪問入浴とは?
簡易浴槽など、入浴に必要なもの(着替え以外)を全て持って、決められた時間に利用者宅に伺い、約40分の間に入浴、入浴に関わる全ての介助を行う。
訪問入浴における看護師の仕事
入浴前後のバイタルチェック、衣服着脱の介助、入浴時の介助、胃ろうや気管切開部の処置(消毒、ガーゼ交換)、皮膚の観察、記録。
このような条件だった。ただ、この体験はとても思い出深いので、仕事内容や条件だけでなく、当時を思い出しながら訪問入浴の数々の体験記を紹介したい。
さぁ!バンに乗って出発よ!!
訪問入浴の朝は早い。8:15には集合場所に到着していなくてはいけない。なぜなら一軒目のお宅の入浴は9:00から。
準備、移動、申し送りの時間を考えるとギリギリのスケジュールになっていた(もちろん事業所、日程により異なる)。それでも看護師は優待されているのだろう…出発する準備を、現地スタッフがしっかりしてくれている。
私たちはまず、与えられたユニフォームに着替え、身だしなみを整え、貴重品と筆記用具のみを持ち、入浴スタッフによる出発の合図を待つのみだ。ここで本日うかがう利用者さんのカルテに目を通せることもあれば、初対面の入浴スタッフさんへの挨拶もままならないまま、車に乗り込むこともある。
とにかく細かいことは車に乗り込んでから!といった具合なのだ。
さて、その車、バンなのだが、初めて見たときの驚きは忘れない。驚いている時間は無かったし、その後すぐ慣れた自分の順応性にもビックリだが、とにかくギュウギュウなのだ。運転席と助手席には入浴介護スタッフという詰め込み具合。
ナースは荷物と一緒に後部座席。
後部座席は、ナースが一人腰かけるスペースをのぞいて、浴槽や機材が所狭しと鎮座していたのだ。「お、おぉ…(汗)」まぁ、慣れてしまえば何の問題も無い。むしろトトロのオープニングみたいで楽しかった。
情報収集、記録は、車の中で。
車は、栄や名駅のど真ん中を走り抜けていくこともあれば、のどかな田園風景のなかを進むこともある。向かう利用者のお宅が、現在地から遠かったりすると車窓からの眺めに想いを馳せる時間もあったりするが、たいていはカルテに目を通し、記録するだけで車中は精一杯だ。
ということで、本日伺う利用者のカルテをザザンッと渡され、情報収集するように言われる。『あと○分で○○さんのお宅に着きまーす!』という言葉とともに。
困惑している暇など無い、とにかく情報収集だ!!前回訪問時のナースの記録、必要な処置、気をつけなければいけないこと(お宅独特なルールが結構ある!!あなどるなかれ)などをチェックする。
そうこうしているうちに利用者宅付近に到着。指定された駐車場に行く前に軽く申し送りが始まる。介護スタッフさんが訪問・入浴に関する申し送りを、看護師が前回の様子や処置についての申し送りをする。申し送りはだいたい5分あるかないか。
3人で『さっ!』と気合をいれ、利用者指定の駐車場所に車を停める。
気合の一つも入れないと、これから始まる怒涛の40分を乗り切れない。
準備15分・・・バイタルチェック、脱衣、移動
お宅に着いて、みんなで利用者さんに挨拶をする。のんびり世間話でもして始めたいところだが、時間で動いていく仕事。口と手は同時に動かしていく。
ナースは、まず始めにバイタルを測定する。お家にうかがった際、利用者さんは布団もしくはベッドに横になっていることが多い。なので、サササッと寄り添い、周辺にスペースを見つけ、ナースの道具セットを広げる。
体温、脈、呼吸、血圧をはかり、記録する。そして入浴が可能かどうか判断する。明らかに具合が悪そうだったり、発熱がある場合は、他スタッフにすぐ報告、相談する。
バイタルチェックが終わったら、ヘルパーさんのGOの合図で脱衣の介助をする(お湯の準備ができてからでないと体が冷えてしまうため)。ヘルパーさんが一人手伝いにきてくれる。
利用者さんは…体格のいい方もいれば、一人で抱えられそうな方もいる。
硬縮がある方、肌が弱い方…さまざまな利用者さんがいらっしゃって、脱衣といえども一筋縄ではいかない。なにせ初めてお会いする方なのだ。カルテだけでは、分からないことがたくさんある。
脱衣が終わり、お風呂の準備もOK、利用者さんの体にタオルをかけたところで、さぁ、入浴の時間。利用者さんはきっとこの瞬間をずっと楽しみにしていたのだろう。スタッフ総出で、移動用マットを使い、利用者さんを浴槽へと移動させる。
入浴10分・・・全身状態の観察、洗身
入浴時間の間ナースがする仕事は、全身状態を観察しながら、利用者さんの身体を洗っていくことだ。ヘルパーさんが先導して、声かけをしながら順々に洗っていくので、私はその手伝いをしていく。ヘルパーさんが左手を洗うなら私は右手、といった具合だ。
ご家族のかたも加わり他愛も無いおしゃべりをしながら、利用者さんを中心に、ゆったりとした時間が流れる。いや、そういう時間であって欲しい。だって『おふろのじかん』なのだ。私たちには仕事でも、利用者さんにしたら、疲れを癒すリラックスタイムなのだ。
入浴中の順序は、2,3件もお宅を回ればなんとなく分かってくる。私は言われたとおりに手伝っていく。私にとっては初めてでも、利用者さんには関係の無いこと。不安を感じさせないように、私は表情や言葉の使い方に注意した。
お顔を拭き、身体を洗い、髪を洗い、入浴も佳境。最後はのんびり浸かっていただき…『では、そろそろ上がっていきましょうか』となる。利用者さんの身体はポカポカ、笑顔もあふれている。こちらまで嬉しくなる。
片付け15分・・・移動、着衣、バイタルチェック
ベッドに戻り、身体を拭き、ドライヤーをかけ、着衣の介助をしていく。衣服はご家族の方がベッドサイドに準備している。このとき、爪きり、薬の塗布やガーゼ交換、消毒といった処置が利用者さんによってはある。
『なんか軟膏が10本くらい置いてあるけど、これ全部塗るのかな!?!?』
事前にカルテで確認しておかなければただでさえ初めての空間、時間をくってしまう。
どんな小さなことでも疑問や分からないことがあれば、ヘルパーさんやおうちの方に確認しておくのがいいだろう。次に訪問するナース、他業種のスタッフに迷惑をかけないようにしなければならない。
しっかり記録にも残す(そんなに厳密な記録ではない。見ていると大体のナースは、無事に入浴が終わった場合は『特変なし、皮膚状態良好』といった具合だ。記録には他業種も確認する利用者さんの記録と、事業所独自の記録がある)。
自分の施す処置や判断に責任をもつのは、看護師としてはどこへいっても同じなのだといつも自分に言い聞かせた。
最初のうちは本当に時間がかかった。
ヘルパーさんがヘルプに来てくれて助かった思いをしたことが何度もある。お風呂上りの、ポカポカ潤った体格のいい方に、肌着を着せるのに四苦八苦したこともある。帰るころにはサッパリした利用者さんと汗だくな看護師がいた。
忘れものがないかチェックをし(この忘れものがけっこう厄介らしい。体温計やペンなど。気をつけよう)、『ありがとうございましたー!!』と、利用者さん、ご家族にあいさつし、お家を後にする。
これで一通り終了。これを一日に最大7,8件ほど訪問する。
本日の訪問、終了!!お疲れ様でした!!
全てのお宅を訪問し終えたら、車は事務所へと戻る。ナースは着替え、事務所長から業務カードにサインをいただき、挨拶をして終了だ。確実に今夜のお酒はうまいだろう。
本当に体力のいる仕事だ。思いだしている今も少し疲れを覚える。ナースより、オペレーター、ヘルパーさんはもっとすごい。浴槽をかつぎ、マンションの階段をかけあがるオペレーター男子の姿は格好いい。それに続き、機材を持ち、走り、状況をすばやく把握、笑顔も素晴らしいヘルパーさんは尊敬する。
つべこべ言わない、一直線に利用者さんに向かっていく姿をみていると、こちらも音をあげてなどいられない気持ちになった。
三位一体となり、ひとつの目標達成のためにひたすらに体と頭を働かせる。行動をともにするうちに一体感が生まれ、一日が終わると、本当にお二人にねぎらいの言葉をかけたくなる(偉そうですみません)。そして、不慣れな私にも、親切にフレンドリーにしてくれたことに感謝の気持ちを覚える。
私の訪問入浴ナースとしての1日はこうして幕を閉じた。
訪問入浴はこんな人におすすめ?
私の過去の経験から訪問入浴をすすめたい人の人物像はこのような感じ。
・チームで何かを成し遂げることに喜びを感じる。
・体力はあるほう、または体を動かすのが好き。
・コミュニケーションが好き。
・いっきに稼ぎたい!
・お年寄りとのふれあいが得意。
・適応能力はあるほうだ。
・医療行為のない職場で働きたい。