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史上最悪の農薬は、史上最強の救世主だった

JBpress 4月27日(水)6時20分配信

 殺虫剤の歴史を調べると、必ず出てくるDDT。なぜ必ず出てくるのかというと、化学合成された最初の殺虫剤であり、それまで天然由来の物質を使ってきた殺虫剤の歴史を塗り替えるほどの、きわめて大きな社会的貢献を果たしたからです。にもかかわらず、DDTは今では農薬の“悪の象徴”のような扱いを受けています。

 改めて、このDDTの歴史を振り返りながら、薬剤のリスクとベネフィットについて考えてみたいと思います。

■ 製品化の功績でノーベル賞も

 DDTとは「Dichloro Diphenyl Trichloro ethane」の頭文字をとったもので、化学構造に塩素を多く含むことが特徴です(有機塩素系)。

 1873年、オーストリアのオトマール・ツァイドラーが書いた博士論文に製造法が記載されましたが、何に有効な物質なのか分からないまま60年以上放置されていました。

 1939年、そのDDTに極めて高い殺虫効果があることを発見したのが、ガイギー社(現ノバルティスの前身の1つ)のパウル・ヘルマン・ミュラーの研究グループでした。ガイギー社はDDTを素晴らしいスピートで農薬用と公衆衛生用殺虫剤として製品化し、ミューラーは、この業績で1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 DDTは殺虫性能が高いだけでなく、とても簡単に安価に製造できました。あまりに低コストで容易に作れるので、昔、日本で有機化学を学ぶ学生が実習課題としてDDTの合成実験を行っていたくらいです。

■ 第2次大戦の勝敗をも左右した? 

 さて、DDTは農薬としても大いに普及しましたが、公衆衛生分野ではマラリア対策の殺虫剤として普及しまた。熱帯で猛威をふるうマラリアの発生源であるマラリア原虫は、「ハマダラカ」という蚊によって媒介されます。よってハマダラカを駆逐すれば、マラリアは広がることはないのです。

 第2次世界大戦の直前に開発されたDDTは、この大戦で初めて使われることになります。ガイギー社のあったスイスは永世中立の立場から各国にDDTのサンプルを出荷し、これにイギリスとアメリカが飛びついて大量生産を始めました。

 かのロンメル将軍(ドイツ人であるも最後までナチスに入らず、英軍も敬意を表した人物)が活躍した北アフリカ戦線や、日本軍が進出していた太平洋戦線ではマラリア対策が重要だと判断したからです。

 これに対し、ドイツや日本はDDTにあまり関心を持たず、結果として多くの兵士が戦闘前にマラリアで倒れました。マラリアによる兵士の損耗は連合軍の方が圧倒的に少なく、DDTの採用が連合軍勝利の一因として挙げられるほどでした。

 終戦直後の日本では進駐軍が持ち込んだDDTがシラミ駆除のため人体に直接散布されていました。DDTを頭にかけられて真っ白になっている人の写真を見たことがある方も多いでしょう。マラリア原虫のはびこる熱帯の国々では、マラリア対策の切り札として大活躍し、マラリアを撲滅寸前まで追い込んだ国もありました。

■ 救世主が一転、環境汚染のレッテルを貼られる

 しかし、1962年、レイチェル・カーソンのベストセラーである『沈黙の春』が出版されたことで、DDTの評価は一変します。

 DDTは、生物のホルモンの働きを乱す環境ホルモン(外因性内分泌攪乱物質)として作用し、虫を食べる鳥にも害があり、土壌にも長期間残留するとされました。また、発がん性にも疑いがかかり、人間の母乳から検出されたことなどから、危険な農薬の代名詞になってしまったのです。そのため1968年には世界各国で使用が全面的に禁止となりました。

 DDTの使用禁止は、もともとマラリア被害が少なかった先進国ではあまり影響はありませんでした。しかし熱帯に位置する発展途上国では大きな惨禍をもたらすことになります。

 次の表をご覧下さい。セイロン(スリランカ)のマラリア罹患数の推移です。当時のセイロンは人口急増期で人口は700~1100万人程度(年を経るごとに増えている)ですから、戦後すぐには3人に1人、1968年には4人に1人くらいが感染していた計算になります。

 1946年、DDTが散布されはじめてからセイロンでは急速にマラリア患者が減っています。そして『沈黙の春』が出版された翌年の1963年には患者数は17人と絶滅寸前まで持ってきていたのです。

 しかし、世界の世論に押されてその翌年にDDTの使用を中止し、4年経つと患者数は元の木阿弥と言える程度まで戻ってしましました。

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最終更新:4月27日(水)6時20分

JBpress

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