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第2話 戦いの状況
「さて、教授陣の戦いは見てて惚れ惚れするけど、ずっと見てるってわけにもいかなそうだな」
俺がそうつぶやくと、ノールもうなづく。
「あぁ。そろそろお出ましってわけだ」
ノールがそう言いながら見ている方向に視線をやると、教授陣の放つ魔術や攻撃から逃れてこちらに向かってくる魔物たちの姿が見えた。
それは、決して少なくない数である。
ここに、魔物たちの群の中で暴れている教授陣たちのような戦力があるならば別だが、そうではない今、余裕をもって当たれるような数ではなさそうだ。
「斧もって突っ込めばいいのかな?」
フィーが楽しそうにそう言うと、トリスが呆れた顔をして、
「馬鹿なこと言うんじゃないわよ……そんなことしちゃ駄目でしょう。私たちの役割は、あくまでも魔術を放って敵を倒す砲台よ。直接戦闘は神兵の人たちの任せるの。流石、神都エルランを守る神兵だけあって、武術に関しては私たちでは足下にも及びそうにないし」
実際、トリスの言うことは正しいだろう。
神兵たちの槍や剣の構え方を見れば、それは分かる。
俺は前世からの経験でそのことが良く理解できるが、トリスたちもまた、それなりに魔法学院で武術を鍛え続けてきたのだ。
自分よりも腕が上かどうかは、それが巧妙に隠されたりしない限りは構えを見れば分かるものだ。
そして、その感覚からすると、神兵たちの武術の実力は魔法学院生よりも一段も二段も上である。
もちろん、魔法の使用をありにして一対一で戦えば、魔法学院生に軍配が挙がるだろうが、純粋な武術に限った場合には、神兵たちが上だ。
つまり、直接魔物たちとぶつかるのは、彼らに任せるのが得策、というわけだ。
それは、フィーにも分かっていたようで、口をとがらせながら、
「はーい……。じゃ、僕たちは魔法をいっぱい使おっか。"多量の土よ、起こり、刺し貫け! 土の多槍!"」
フィーが唱えると同時に、こちらに向かってきて襲いかかろうとしていた魔物たちに、地面からタケノコのように土の槍が生えてきて突き刺さる。
といっても、貫通力はそれほどではないようで、突き刺さっているものもあれば、吹き飛ばすだけに終わったり、弾き飛ばされているものも少なくない。
この辺りに、魔法学院教授陣との実力の差が現れている。
しかし、それでも足止めとしては十分な効果を発揮できているし、数体の弱い魔物はしっかりと絶命させることが出来ている。
残りは神兵たちが群がり、とどめを刺してくれているし、うまく神兵たちと補い合いながら戦っていけそうだなと思わせてくれた。
全体から見ると、フィーは少し早く動きすぎたような感じがあったが、しかし、フィーの魔法が確かに魔物たちに効いていること、そしてフィーの打ち漏らしの魔物たちを神兵たちが確実に片づけてくれたことが他の魔法学院生や神兵たちの目に入って、これならかなりの成果を出せそうだと感じさせた。
その結果、魔物を迎え撃つ俺たちの戦意は高揚し、フィーに続いて、魔法学院生たちの詠唱の声が次々に戦場に響きだした。
フィーのような土の槍や、氷の槍、炎の玉や、風の刃などが戦場を飛び交う。
いずれも魔物たちに命中していき、その命を確実に刈り取っていく。
神兵たちの立ち回りも見事だった。
魔法学院生たちの魔法の飛び交う隙間をうまく見つけて走り、魔法によって絶命していない魔物たちを見つけては倒していくのだから。
これは言うほど簡単な作業ではない。
なにせ、魔法学院生たちは、これが初の大規模な実戦なのだ。
魔法の飛んでいく方向は基本的にはある程度決まっているとはいえ、かなりずれたり、うまく発動しなかったりすることも少なくない。
そんな中を走り抜けていくのは、並大抵の勇気では出来ないことである。
神兵たちはかなりの練度なのだろうと思われた。
また、魔法学院生たちも、意外とうまくやっていた。
もちろん、多くの魔法学院生の中には、戦闘が始まって、教授たちや神兵たちの活躍に勇気づけられているとは言っても、こんな命のかかった実戦などの経験はないために、恐慌や混乱の中にいる者も少なくない。
それは良くないことだが、しかし同時に仕方のないことでもある。
俺だって、初陣のときは恐ろしかったし、まともな判断が出来たかどうかすら怪しい。
むしろ、そんな状況の中でよく戦っている方だとすら言える。
しかも、よくよく観察してみると、魔法学院生の中には、全体を見ながら指揮をしている者もいた。
大抵がそれぞれの班のリーダーで、普段から慣れているのだろうが、それでも魔物が今にも目の前にやってきそうなこの状況下で、混乱することなく冷静に指示を出せているというのはかなり有能だ。
迷宮で、数体の魔物を相手にしているのとは違うのだ。
そう言う場合は、いざというときはさっさと逃げればいい。
けれど、この戦場に置いてはそう簡単に逃げることは出来ない。
それは、逃げるという判断が全体の生死に直結しているからであり、そんな中で指示を出すというのは言葉以上に難しいものがあるからだ。
巨大な重圧がかかると言ってもいい。
これに耐え、的確な指示を出せる者こそが将たる器を持っているということになるだろうが、その片鱗を見せつつある者が何人かいるのだ。
これは喜ばしいことだ。
今の戦いにも、そしてこの戦いが終わった後、魔族との戦いが激化していく中でも必要とされる才能だからだ。
有能な指揮官が沢山生まれることは、より多くの人類が生き残ることを意味する。
それは俺にとって、とても喜ばしいことに他ならない。
俺もまた、ノールたちに指示を出す。
「……ノール、向こうの緑小鬼の集団に魔術を! フィーはあっちの水妖だ! トリス! 隣の班のフォローを!」
残念ながら、魔法学院生の全ての班がうまくやれている訳ではなく、周囲のいくつかの班が統制を失いつつあったので、俺が支持しつつ立て直させたりもした。
そういうことは、あの時代に何度もやってきた俺である。
どの辺りがまずそうで、どの辺りを補強してやればうまくいくのか、それはぱっと見れば分かった。
この辺りは経験のなせる技で、遠くにいる魔法学院生たちにはそこまでうまく出来ないようだったが、しかし、魔法学院生の中には未だに死者はいないようである。
神兵士たちは徐々に傷つきつつあり、これに関してはどうしようもない部分があった。
直接魔物たちとぶつかるだけあって、怪我はいくら避けようとしても完全に避けられるものではないからだ。
さすが、神兵たちの中には結構な数の治癒術師もいるようであったが、それでも戦いながら治癒術をかけ続ける、というも厳しい。
結果として、櫛の歯がかけるように消耗していってしまっている。
今はまだ、大した損害ではなくとも、いずれ大きな問題になってきそうな、そんな感じがした。
しかし、今はどうしようもない。
出来る限り早く、敵を全滅させる。
そのために、精一杯戦うしかなかった。
それにしても、と俺は思う。
この時期に、神都オルランにこれほどの規模の魔物の襲撃があるなどとは、意外にもほどがあった。
もちろん、俺はそんな話は前世において聞いたことはなかった。
もしかしたら、あえて秘匿されたのかもしれないが、しかしそんなことをする理由は見あたらない。
そうすると、やはり、前世ではこんな襲撃はなかったということになるが、ではどうして今回はこのような事態が起こっているのだろうか。
いくつか、理由は思いつかないではなかった。
その中でももっとも大きなものは、やはり俺が前世の記憶をもって、色々なことをやってきたために魔族の動きが変わってきているということだろう。
俺としては、今のところ、魔族に対して直接に何かをした、ということはないので、魔族が人類の動きを見て、何かを考えてこういうことを起こしたのだろうと言うことになる。
魔族は、人類をどこかで観察しているということなのだろうか。
そうだとするなら、俺のやっていることは、無駄なことなのかもしれない、と一瞬思う。
人類がいかに、魔族に対抗する準備を整えようととも、それがしっかりとなされる前に攻めてこられてはどうにもならない。
もちろん、前世においてはあまり準備もしっかりしていない中で、それでも沢山のものを犠牲にしつつ、魔族に勝利することは出来た。
けれど、今世において、俺が余計なことをしたために、今度は敗北する、ということになってしまわないだろうか。
そんな不安が浮かんできた。
もし、そうであれば、俺のしていることはすべて、無駄だ。
なにもしない方がよっぽどよかった。
そうなってしまう。
それはとても悲しいことだ。
そしてそれは、意外と正しい真実なのかもしれない。
しかしだ。
仮にそうなるのだとしても、俺が、魔族との戦いに対する準備をしなくなることはないだろう。
なぜかと言えば、もはや、歴史は動き出してしまっているからだ。
俺は、国を、人類を強くするために色々なことに手を着けてしまっている。
ここで、それをやめることは、人類を弱くすることに他ならず、結果として、最悪の未来を、さらに最悪なものへと変えてしまいかねない。
それならば、後悔などせずに、今まで通り邁進していくべきだ。
ひたすらに軍備を整え、魔法理論を構築し、多くの人の協力を求め……。
そして、倒すのだ。
魔族を、魔王を。
そのために俺はこの世界に、この時代に戻ってきたのだから。
戦いは今、拮抗している。
神兵たちの消耗もそれほど多くはない。
このまま行けば、間違いなく勝てるだろう。
ただ、それはあくまでこのまま行けば、の話である。
何かの天秤が少し傾くだけで、その予想は別のものへとなるだろう。
それくらいに拮抗した状態にあった。
そして、その傾きがやってくる。
最前線、魔物たちの群の真ん中でひたすらに大規模魔法や武術を放ってきた魔法学院教授たちの様子が変わったのだ。
あれほど遠くから見えた巨大な竜巻や爆炎が一瞬、止まった。
そして、次の瞬間、巨大な魔法同士のぶつかり合いが見えた。
「……おい、ジョン! ありゃなんだ!?」
ノールの叫び声が聞こえた。
トリスやフィーも目を見開いて、ノールが見たその方向を見つめている。
俺もまた、それは確認した。
「……教授の誰かの魔法と、同規模の魔法が放たれて対消滅したんだろうな。おそらくは……魔人だ!」
「魔人! あんなにすげぇのかよ!?」
王国でたまに確認されていたような低位魔人であれば、あそこまでの魔術は使えないだろう。
しかし、このような規模の魔物の大群を率いてくるような魔人の中には、低位魔人のみならず、中位以上の魔人がいることも少なくない。
そしてそう言った魔人の操る魔法は人類のトップクラスの魔術師に匹敵する強力なものであることも少なくない。
先ほど見えたのは、中位魔人クラスの魔法だろう。
あれだけの力を持つ魔人がいるとなると、魔法学院教授でも中々に厳しいものがあると思われた。
実際……。
「ジョン! 抜けてくる魔物が増えてるよっ!?」
フィーが慌てた声でそう叫んだ。
確かに先ほどまでにこちらに抜けてきた魔物の量と、今、群から抜けてきた魔物の量を比べると、倍ほどの差がある。
おそらくは、魔法学院教授陣が魔人とぶつかることによって魔物を間引きする余裕がなくなったためだろう。
「このままじゃ、まずいな……」
事実、相当に危険だった。
俺たちはまだ、何とかなるだろう。
俺がいるし、ノールやトリス、フィーは魔法学院生の中でも優秀な方だ。
今でも十分に対処できているし、倍になっても何とか出来る。
しかし、他の魔法学院生の班はちょっとまずいかもしれない。
火力の問題で、というよりかは、乱戦になってしまうと冷静さがなくなって、徐々に押されていってしまう危険が高いのだ。
魔法学院での迷宮研修においては、大量の魔物を確認したら基本的には逃げるように指導されていた。
命を無駄にしないためだ。
そのため、自分のキャパシティの限界に近い魔物との戦闘になれていないのである。
この問題を解決するには……。
「しっかりと指示できる奴が必要なんだが……」
新たな敵の集団は、目の前に迫っていた。

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