インスリンとグルカゴンその2

前回に続き、グルカゴンに関する記事です。

次のサイトが参考になりましたのでご紹介します。
改段落、太字、文字色、下線、記号などで加工しましたので、原文は下記サイトでご確認ください。
http://medical.novonordisk.co.jp/web/dm/gakujyutsu/article/glucagon_secretion_control/glu_9.html

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インスリンとグルカゴンの分泌バランスで血糖値が調節されている

河盛 先生
Alanに会うたびに、1971年のToronto時代にタイムスリップしてしまいます。Yugoslavia出身のMladen Vranic先生がAssociate Professorになられたばかりで、最初の大学院生がAlanで、私が最初のポスドクでした。たった3人で毎日のようにイヌの実験をして、膵全摘をして何本ものカニューラを門脈に留置し、実験を繰り返していましたね。
Cherrington先生
実に感慨深いですね。データが出ると直ぐに、翌日の実験のプロトコールをどうするか、夜遅くまで3人で討論しましたね。
河盛 先生


〔図1〕拡大して表示
膵全摘イヌの実験時にはインスリン、グルカゴンは必ず門脈から注入しました。
生理的ルートにこだわっていたからです。
食事や運動といった種々の“外乱”に対して、例え血糖応答が正常域であっても、全身臓器の糖の処理状況がダイナミックに変動しているのです。
isotope-tracerを用いたdilution法で計測してみると、絶食時間が長くない際にはRa(Rate of glucose appearance)は rate of hepatic glucose production を反映し、Rd(Rate of glucose disappearance)は rate of glucose utilization になります。
Alanと一緒に行った最初の研究は、蛋白摂取時の糖代謝の機序解明でした。

蛋白摂取時のモデルとして、アルギニンを注入しました。
アルギニンによりインスリン分泌亢進→Rd上昇、グルカゴン分泌亢進→Ra上昇、により血糖値は変わらない。
しかし、2型糖尿病状況を再現すべく膵全摘の門脈内インスリン注入率を小とした際には、Rd不変、Ra上昇により、血糖値は上昇しました(図1)(Cherrington AD, Kawamori R, Pek S, and Vranic M:Arginine infusion in dogs: model for the roles of insulin and glucagon in regulating glucose turnover and free fatty acid levels. Diabetes 23:805-815, 1974)

すなわち対象患者のインスリン分泌状況を考慮して、的確な食事内容を指導しておりますが、昨今の「炭水化物のみを止めれば、脂肪やたんぱくはどれだけ食べても血糖値が上昇しない、糖尿病が治る」という宣伝をなさる医師は、40年前のこのAlanの成績をご存知ないのでしょうね。
米国ではいかがでしょうか?

Cherrington先生


〔図2〕拡大して表示
とても大切な指摘です。米国も日本と同じような状況ですね。
私どもの発表と同時期に2型糖尿病患者に炭水化物、脂肪などを含む食事を摂取させると、グルカゴンは正常域を超えて上昇するという成績が発表されました(図2)
すなわち、インスリン分泌増加不良に加えグルカゴン分泌過剰が食後の血糖値を大きく上昇させていると考えられます。
昨今、血糖値の変動が大きいと大血管へ悪影響を与えることは多くの研究で明らかになっています。
グルカゴン分泌をコントロールすることにより、インスリン需要量が減少し、その結果もあいまって低血糖や体重増加などのインスリン過剰による様々な現象を軽減するものと思われます。
蛋白や脂肪摂取時にもグルカゴン分泌刺激により、顕著な血糖上昇や中性脂肪上昇が見られることは臨床的にもよく知られた事実ですのにね。

河盛 先生


〔図3〕拡大して表示
当時の実験内容を、今振り返ってみると、糖尿病にみる血糖異常の発現要因を一つ一つ見つけていくことが目標でしたね。
私が開始した実験は運動でした。
正常イヌをtreadmill 走行させた際、血糖値は全く変動しませんが、RdもRaも共に同等に顕著に高まっていました。
運動中インスリン分泌率は低下し、グルカゴン分泌は亢進しました。
その結果、Ra, Rdが一致して血糖値が変わらなかったのです。
膵全摘イヌで同様の運動をさせた際、門脈内インスリン注入率を小、グルカゴン注入率を大とすると、運動中に血糖値は上昇し続けました。
一方、門脈内インスリン注入率を大、グルカゴン注入率を小とすると運動中、血糖値は低下し続けました。
インスリンを皮下注射した際の運動においても、インスリンがわずかに過剰になると、たやすく血糖値が降下しました(図3)(Kawamori R, and Vranic M:Mechanism of exercise-induced hypoglycemia in depancreatized dogs maintained on long-acting insulin. J Clin Invest 59:331-337,1977、Vranic M, Kawamori R:Essential roles of insulin and glucagon in regulating glucose fluxes during exercise in dogs. Mechanism of hypoglycemia. Diabetes:28:45-52, 1979、Vranic M, Kawamori R, Pek S, Kovacevic N, Wrenshall GA:The essentiality of insulin and the role of glucagon in regulating glucose utilization and production during strenuous exercise in dogs. J Clin Invest 57:245-255, 1976)

2型糖尿病と診断された方が慣れない運動を急に行った際、ストレスとなりグルカゴン、カテコラミンが分泌されて肝・糖放出率が高まり、インスリンによる筋・糖取り込み率が低いことから、高血糖になることをよく実感しますね。

Cherrington先生
食事摂取時と運動時では、違ったからくりで血糖応答が制御されていることを示した大切なお仕事だといまも捉えています。
河盛 先生
Vranic先生はずっとToronto大学でイヌを用いたカニューラ法などを駆使して、Alan Cherrington先生はNashvilleのVanderbilt Univ.でイヌの肝への神経切断などを用いて、さらに新しい手法を組み込んで、肝の糖処理機構を永年にわたり追及し続け、それぞれADAのBanting Awardを受賞しておられます(Vranic M:Banting Lecture: Glucose turnover: A key to understanding the pathogenesis of diabetes; indirect effects of insulin. Diabetes:41:1188-1206, 1992、 Cherrington AD:Banting Lecture 1997: Control of glucose uptake and release by the liver in vivo. Diabetes 48:1198-1214, 1999)。私の後輩も多く両方の研究室でご指導いただき、共同研究が続けられたことを光栄に思っております。
Cherrington先生
40年以上、同じ手法を基本にして、新しい生物学の進展を次々採用しながら研究を続けることができたのは幸運でした。

 膵外性膵グルカゴンの発見

河盛 先生
さて、膵全摘イヌを数ヵ月間、当然毎日朝と夕方にインスリンを注射して、実験に供していました。
sacrificeすると解剖して膵が残っていないことを確かめていましたが、動物愛護協会の許可を得て、7頭で7日間インスリンを注射しないで観察しました。
すぐに血中インスリン値はゼロとなり高血糖になりましたが、驚いたことに血中“膵”グルカゴン値が顕著に上昇し続けたのです。
私どもは膵グルカゴンが膵以外からも分泌されており、したがって膵グルカゴン欠乏状況をもたらすことは困難である、と発表しました(Vranic M, Pek S, and Kawamori R:Increased “glucagon immunoreactivity” in plasma of totally depancreatized dogs. Diabetes 23:905-912,1974)
Cherrington先生
Vranic先生には“膵臓を完全にとっていなかったんじゃないか”と聞かれたので、“いえ、測定されたグルカゴンは膵臓以外の部位で分泌されたものです”と2人で反論したことを今も覚えています。
この結果は、まさに、膵以外から膵グルカゴンが産生されることを認めた最初の所見でした。
河盛 先生
イヌやブタでは広く認められましたが、人では膵外性膵グルカゴンの存在は否定的でした。膵癌や膵石症による膵全摘患者さんではインスリンを投与していますが、最近インスリンを漸次減量していくと、血中膵グルカゴン値が僅かであれ上昇してくることが認められています。
胃由来グルカゴンの生理的作用は何なのでしょうか。
Cherrington先生
大変重要なポイントです。
胃に存在するグルカゴン産生細胞は、少量のインスリンに高い感受性を示し、グルカゴン分泌を抑制しますが、インスリンが不足してくるとグルカゴンを産生し始めます。
この細胞は、本来僅かに存在しているに過ぎないが、何らかの刺激により突然、細胞分裂を開始し大量に増加するのか、あるいは分子を突然変化させる能力を持っているのか、生物学的には非常に興味深いですね。
河盛 先生
Vranic先生は2009年に Canadian Medical Hall of Fameに殿堂入りされました。
ホームページ(http://www.cdnmedhall.org/)での説明によれば、業績の中心は「膵外性膵グルカゴンの発見」と「運動時の糖代謝動態の解明」とあります。40年前にAlanと3人だけで行っていた当時のことが評価されて、とてもうれしく思いました。
Cherrington先生
本当にうれしいことですね。
特に膵外性膵グルカゴンの発見に関しては、「一つの内分泌腺が一つの特異なホルモンを分泌する」という考えを覆す新発見だったと評価されています。
若い研究者に「実験で得た奇妙な結果を無視しないように」、「イヌの研究結果を評価してもらうのに40年かかったけれども、今の世界ではすぐに認めてもらえるよ」と伝えております。

 グルカゴン分泌の制御システム

Cherrington先生


〔図5〕拡大して表示
膵α細胞からのグルカゴン分泌は、おそらく膵β細胞インスリン分泌が指令していると考えられます。
(図5)は、インスリンとグルカゴンの関連を示したものです。
インスリンが正常値で膵α細胞を制御している間はグルカゴン値の増減はありません。
しかし、インスリン抗体の投与によりインスリン作用が低下するとグルカゴン値が大きな上昇を示します。


〔図6〕拡大して表示
しかし、最近、血中インスリン値が上昇すると、脳がそれを感知し、神経系を介して直接阻害されることも判ってきました。
インスリンは膵α細胞を直接的に、または神経系を介して間接的にブロックしているということになります。
しかし、これまで膵α細胞のインスリンシグナルについては分子生物学的に直接証明できませんでした。

最近、Joslin Diabetes Centerの Dan Kawamoriらが、膵α細胞特異的インスリン受容体欠損(αIRKO)マウスを作製し、膵α細胞インスリンシグナルの生体内意義について検討を行いました(Kawamori D, Kulkarni RN etal.:Insulin signaling in alpha cells modulates glucagon secretion in vivo. Cell Metab 9:350-361, 2009)
このマウスは食後高血糖と高グルカゴン血症を呈しました。
マウスですから、種々の刺激を全身投与したり、膵臓を灌流したり、膵β細胞を薬剤で破壊したり、長期絶食により低血糖にしたり、いろいろな実験をすることができます。
結論を一枚に示すと(図6)のようになります。このDanのαIRKOマウスより得られた結果からは、生理的グルカゴン分泌調節におけるインスリンの中心的役割を示すものであり、膵島内でのインスリン作用不足がprimaryでグルカゴン分泌障害が発症しているようですね。
Danは40年前にトロントで生まれましたので、やはりなにかの縁を感じます。

糖尿病治療におけるグルカゴン分泌制御の重要性

河盛 先生
では糖尿病の治療において、インスリン以外にグルカゴン分泌を抑制する手段としてどのような方法が考えられるのでしょうか?
Cherrington先生


〔図7〕拡大して表示
グルカゴン分泌の制御には、いくつか方法があります。ひとつはグルカゴン受容体遮断によるグルカゴンの作用阻害です。
多くのグルカゴン受容体遮断薬が開発されていますが、膵α細胞量増加とグルカゴン分泌亢進という状況が継続するため、膵がんリスクを招くおそれがあるかもしれません。
もうひとつの方法はグルカゴンの分泌コントロールですが、これには様々な方法があります。
ソマトスタチンはグルカゴン分泌を阻害しますが(図7)、インスリン分泌も抑制します。
膵島細胞にはソマトスタチン受容体ファミリーが存在することが判明しており、膵α細胞のソマトスタチン受容体のみを阻害することができれば、グルカゴン分泌を阻害できます。
膵α細胞内のプロセシング酵素を変化させることにより、グルカゴン合成を抑制し、結果的に分泌を抑制することもできそうです。
IAPP(islet amyloid poplypeptide), amylinには、グルカゴン分泌阻害作用が認められています。
またマウスにレプチンを皮下注、脳室内注、または単に静注したところ、グルカゴン分泌が抑制され、血糖値が降下した、という興味深い研究が発表されています。

Glucagon-centricな考え方

河盛 先生
2011年にUnger先生が、全身組織のグルカゴン受容体を完全に欠損させたマウスを用いて、ストレプトゾトシン(STZ)で膵β細胞を破壊しても、血糖値は上昇しないどころか、ブドウ糖負荷をしてもその反応は正常のままだった、と発表され(Lee Y, Unger RH et al.:Glucagon receptor knockout prevents insulin-deficient type 1 diabetes in mice. Diabetes 60:391-397, 2011)大騒ぎになりました。
1型糖尿病や膵全摘患者さんでは内因性インスリン分泌は完全にありませんが、グルカゴン受容体が全くないヒトはいない、と思いますが、それよりもこのUnger先生の成績をどのように考えていますか?
Cherrington先生
今までの臨床成績や動物での成績から
①インスリン欠乏時にグルカゴンが肝・糖放出率、肝・ケトン産生率を高める、
②コントロール不良の糖尿病患者では高グルカゴン血症がみられる、
③グルカゴン抑制物質であるソマトスタチンやレプチンがインスリン欠乏状況であっても代謝状況を改善する、
などが確かめられています。
確かにグルカゴン受容体欠損マウスでは、STZで処理しても、血糖値は全く正常でした。その一因としてGLP-1の関与を考えています。
動物実験では、グルカゴン受容体遮断後にGLP-1の著しい上昇を認めています。
グルカゴン受容体をブロックすると、膵でのGLP-1産生が始まり、また、L細胞でのGLP-1産生が増加すると考えられます。
GLP-1の上昇は糖新生を抑制し、筋組織でのグルコース利用を促進することを示すデータもあります。
こうしたモデルを見ると、血糖上昇抑制にはGLP-1の上昇も関与していると思われます。
加えて、肝臓自体がブドウ糖レベルを感知し糖新生を阻害する可能性が考えられています。種々の可能性が考えられます。ますます研究が楽しくなりますね。

Insulinocentricからglucagonocentricへ

河盛 先生


〔図8〕拡大して表示
糖尿病は長年、インスリン重視の「insulin-centric」で捉えられてきましたが、bi-hormonal disorder説を経て、さらに「glucagon-centric」であることを示しているようです(図8)
とはいえ、インスリンの十分な供給が重要であることに変わりはありません。
私は「ランゲルハンス島でのタイミング良い十分量のインスリン分泌だけが、グルカゴンの分泌をコントロールしうるのだ、インスリンの働きの低下こそがグルカゴン分泌の暴走をもらしている」、と捉えています。
人工膵島を用いた私どもの古い成績から、たとえ静脈内投与であれインスリンによる正常血糖応答の持続が膵島内での膵α細胞機能の改善をもたらし得る、と考えざるを得ません。
2型糖尿病に対するインスリン療法の目的は、長期間にわたって血糖値を良好にコントロールし、膵β細胞機能を維持することです。これが結果的にグルカゴンの分泌コントロールにつながります。

Cherrington先生
おっしゃる通りです。
ランゲルハンス島から分泌されたインスリンでなければ、グルカゴンのコントロールは非常に難いでしょう。
insulin-centricからglucagon-centricへと考え方が変遷してきましたが、糖尿病が単にグルカゴンの問題であるとは全く考えていません。
ただし、グルカゴンにももっと注目してもらいたいと考えています。
近年、糖尿病の原因がこの2つのホルモンにあることは理論的には認識されていますが、臨床では未だにグルカゴンの重要性が反映されていません。
糖尿病患者さんの治療に最善を尽くしたいと考えるのであれば、インスリン抵抗性やインスリン欠乏性のみに注目するのではなく、グルカゴンの分泌異常も問題にしなくてはなりません。

GLP-1受容体作動薬の今後の可能性

河盛 先生
現在、日本でもDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬といったインクレチン関連薬が糖尿病治療に積極的に使われ、血糖コントロールは向上しつつあります。
インスリン分泌刺激とグルカゴン分泌抑制が功を奏しているのでしょう。
しかし、インクレチン関連薬を用いる目標は内因性インスリン分泌の修復、言い換えると糖尿病患者さんの膵β細胞の機能回復、膵β細胞数の増加にあります。
この点はどの程度期待できるとお考えですか。
Cherrington先生
ラットの実験では、GLP-1において膵β細胞の質量増加が認められていますが、臨床的には未だ確認されていません。
しかし、GLP-1受容体作動薬などにより膵β細胞機能を長期に維持できれば、インスリンとグルカゴンの両方の分泌に有意義に働きます。
また、これらの薬剤には、グルカゴン分泌抑制の他、胃内容物排出抑制、インスリン分泌促進、食物摂取量低下など多様な作用があります。

終わりに

河盛 先生
糖尿病診療において、新薬の臨床応用が、それまで秘められていた生体内機構を解明する糸口となっていることを数多く経験してまいりました。
“グルカゴン・ルネッサンス”もその一つです。
糖尿病治療では“インスリン抵抗性”や“インスリン分泌不全”の言葉に象徴されるように、インスリンのみが注目される傾向にありましたが、徐々にインスリン分泌を保持し、グルカゴンの暴走を防ぐことこそが糖尿病治療の目標になってきています。
近年開発されたDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬は、インスリンの分泌促進のみならず、グルカゴンのコントロールにも寄与しています。
これら新薬の臨床応用で、進展阻止から回復へ向かう臨床治療が前進することを願ってやみません。Alan、今日はありがとうございました。ますますお元気でご活躍ください。
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