Asuka Ishibashi の「愛❤️ある社会を目指して」
〜将来不安のない社会と、倫理観ある経済発展で、日本を世界に誇れる国、世界をリードしていける国にする‼︎〜
【氏名】
石橋 明日香(いしばし あすか)
【生年月日】
1972年(昭和47年)11月19日生 蠍座 O型
【職業】
福島県只見町議会議員
会社役員
【最終学歴】
上智大学比較文化学部 卒業
【出身】
父: 香川県高松市
母: 青森県弘前市
私: 東京都八王子市
【モットー】
1. 必ず結果を出す
2. 夢ありき行動ありきで絶対諦めない
3. 優しさの中に強さを
4. 愛のみが真実 〜迷ったら「そこに愛があるか」を判断基準にする
5. 長期的視野と高い視座で本質を掴む
6. 批判よりも代案、そして行動
7. 今置かれている環境で自分に何ができるかだけを考え、行動する
【座右の銘】
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
「敬天愛人」
道は天地自然の物にして、人はこれを 行うものなれば、天を敬するを目的とす。 天を敬い人を愛し、天を知り、己を尽くし、 人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ねるべし。 天は人も我も、同一に愛し給うゆえ 我を愛する心を以って、人を愛するなり。
【好きなものごと・趣味】
読書(自宅の蔵書は3万冊以上で図書館のよう)、旅行、語学(英語、フランス語、中国語、ハングル、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ドイツ語、アラビア語)、ヴォーカル、スピリチュアル、数学(純粋数学)、サイエンス全般(特に量子力学・宇宙物理学等現代物理学、生理学分野)、法則を見つけること、占い、ウィンタースポーツ、散歩、ドライブ、インナーマッスルを鍛えること、美食、ローフードヴィーガン食研究、オペラ鑑賞、相場、アート、建築・インテリア、家でまったりすること、美しいもの
〜 石橋明日香の軌跡 〜
米国の高校を卒業後、上智大学比較文化学部比較文化学科(現在の国際教養学部)を政治学専攻で卒業。高校生の時から複数のアルバイトをしながら自分で学費・生活費を賄った苦学生だった。フランス留学経験もあり。
卒業後はフリーの通訳・翻訳の仕事をしながら、医者になることを志し、国内と海外の医学部受験を経て、最終的にこれからは中国の時代が来ると読んで上海医科大学に留学。
ところが、結婚・出産を機にやむなく医師の道を断念。 出産後は、文系・理系・語学力の全てを生かせる仕事との期待から、弁理士を目指すべく国際特許事務所で特許技術者・翻訳者として勤務し、特許の明細書を書く仕事をしていた。その後、自身が編み出した独自の投資手法が大ヒットして起業。以後、教育事業を主体とした投資顧問会社を15年経営している。
財務省の「財政制度等審議会」委員を最年少で歴任。東証一部上場会社「株式会社T・ZONEホールディングス」社外取締役、「GMOインターネット証券株式会社」顧問(創業に参画、取引ツール「はっちゅう君」の考案・名付け親)、プロバスケットボール・チーム運営会社「ファンタジア・エンタテインメント」取締役、アパレル会社「オールフォーミィ株式会社」取締役など、複数の企業の経営に参画。世界的起業家組織Entrepreneurs Organization (EO)元メンバーであり、初代公認Forum Trainer (フォーラムトレーナー)
その後、余命半年と言われるほどの命に関わる大病を患い、長い闘病生活を経て医療に頼らず自らの自然治癒力を最大限活かすことでなんとか生きながらえることができた。
このときの壮絶な経験により価値観の大転換が起こり、それまではお金を稼いでモノを買う生活から、自分であれもこれもいろいろ作る生活がしてみたくなり、田舎暮らしをすべく自然豊かな日本有数の豪雪地帯である福島県南会津郡只見町へ築150年の古民家を購入して移住。
移住後4ヶ月で3.11の東日本大震災に遭い、放射能問題で悶々としつつも石巻市に泥出しと炊き出しのボランティア活動しに赴く。ところがさらに4ヶ月後に新潟・福島豪雨災害に遭い、今度は自分が住んでいる集落が洪水で完全水没、自らの自宅はさらに裏山の土砂崩れで丸ごと土砂をかぶり、自衛隊のヘリで救助され、学校の体育館での避難所生活を強いられる経験をする。
陸の孤島でメディアからも隔絶されていた中、世間に知ってもらうべく、自ら首都圏のテレビ局に働きかけてニュース番組に電話出演し、全国に只見町の惨状を伝えた。
また被災直後、避難所生活をする中で町が動くよりもだいぶ前にいち早く義援金口座を自ら立ち上げ、義援金募集を全国に呼びかける活動を展開。
この経験がキッカケとなって、縁もゆかりもない地だったが、翌春、只見町の議会議員選挙に出馬。親戚選挙と言われ、票が読めていて投票率96%を叩き出す浮動票のないと言われる地での無謀なよそ者による出馬だったが、トップと僅か2票差での2位当選を果たす。
現在は、広報広聴常任委員会委員長、総務厚生常任委員会副委員長。広報広聴常任委員会委員長就任時には、議会広報誌の全国コンクール入賞を目指すことを目標の一つに据え、この春、念願の入賞を有言実行で果たした。

