誰かにススメられたので自動車絶望工場を読んでみました。
話は1970年代のトヨタ工場の話なので私が生まれる前なんだよね。
私がつい最近まで期間工をしていたのでススメてくれたのだと思う。
この本は当時、出版されたものに追加記事がつけ加えられて再出版したもの、おそらく派遣ぎりとかあってニュースになってた時くらいじゃないかな。
その頃に蟹工船とかが話題になってたやん。
内容は「仕事をしていて恐ろしく思うことがある。これは労働ではなく刑罰なのだと」で始まるトヨタ期間工の日記です。
自分も期間工時代にブログで日々の事柄を書いてたのですが、コンベアに支配されている人間の思いを日記に書きなぐってみたらこうなりましたみたいな感じです。自動車なので仕事内容は過酷だっただろうし時代的にもきつかったんだろう。
でも全体的には今とあんまり変わってないんじゃないかなと読んでみて思いました。著者の視点も今の私達とあんまり変わらないなーみたいなね。
安全第一いうなら人員確保の方が先やないか!
作業量多くて安全も考えろ!
とかさ。現代でも全然変わっていないよ。
安全!安全!いいながらそんなに作業量をつめこんだら安全もくそもないからね。時間ないのに終わらす事だけで精一杯でさ、安全なんて現場では二の次になるよ。
時間に追い詰められた人間ってさ。そうなるもんだよ。
寮内の若い労働者のほとんどはカラーテレビ、ステレオ、そして車を持ちマイホームの建設を夢見てる。
電気製品と車の月賦を払い終わった頃、結婚する。。そしてマイホームを買い、こうして結婚したまだ20代の労働者達は、現場においては資本の一方的命令であるコンベアに繋縛され家庭では定年まで続く借金に拘束されその全生活をトヨタ資本によって束縛されることになる。
単純反復不熟練労働は、それに従事する労働者を企業から離れがたくさせる。
一定の年齢に達し、一定の生活内容を作りそれを支える一定の賃金を受け取ると、もう彼らはいまの企業から出れなくなる。その労働がどんな退屈きわまりないものであっても、今の企業にいるからこそ通用するのであって、他の企業ではもう通用しない。若くさまざまな可能性を持っている一人の人間がひとつの器官だけを激しく使う労働に囲い込まれ人為的に未発達な人間にされてしまう。
この時代からもうこういう見方が出来ていた人がいたって事に私なんかは驚く。
でもこの後にバブルが来てこういう考えは消え失せてバブル後にまたこういう視点をもった人が増えだしたのですかね。働いて消費して消費の為に働き続けて生きる人生。私なんかつらくないのかなと思っちゃうんだけど。自分なんかは10年以上前にもうそういう消費する為だけに働くのって違うなって思って今のような生活をしているわけやけどね。まあ、人それぞれだからいいんだけどね。
・ω・
あと当時と今と変わってないなーって思う部分がある。
当時、この本によれば家業が墓石作り、仏壇作り、指物大工、家大工などの人が期間工にやってきていた。
手工業者や職人の労働と生活が揺らいでいる事に感じられると書かれている。
時代の流れで職がなくなった人たちを活用してその人達の養分を吸収して工場が大きくなった。今も時代の流れで職がなくなった人を期間工よりも安い派遣を使って工場が運営されている。
こういう流れはなんぼ泣き叫ぼうが変わることはないと思う。
時代の流れというのは水が高いところから低いところに流れるようにとめることなんて出来ない。
といろいろと読んで考えさせられることが出来たかな。
この本を読んでだからなんだ?と言われたら特になんもない。
1時代や1企業のことが分かるくらい。でも頭の片隅に入れておくのも悪くないと思う。
資料的な意味でね
鎌田 慧 講談社 2011-09-15
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小林 多喜二,藤生 ゴオ 東銀座出版社 2006-11-07
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【無職の一日】
午前6時頃に就寝して午後2時に起床したよ。
終わってます。でも夕方に買い物に行って、筋トレだけはする。
それ以外は特に何もしていない。
終わってます。あと2日でGW。
なんとか明日は動きたい。
日経平均マイナス86円
日経平均17,353円
ドル円110円台
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→含み益142万円
もうひと押しするかなあ。
まあ、このまま持ちながらって感じですかね。
つらみ。