戦後70年・視点 語り部なき後 体験を継承する可能性=論説委員・花谷寿人
戦争を経験した人はいつかはいなくなる。その実体験をどう継承していくのか。そもそも可能なことなのか。
広島市ではこの春から「被爆体験伝承者」の1期生が修学旅行生らに講話をしている。市は希望者を募り、2012年から養成を始めた。被爆の証言者の中から「先生」を選んで対話を重ね、講話の原稿を書き上げる。研修は3年に及び、50人が伝承者に認定された。
その一人、細川あや子さんの話に引き込まれた。先生は10歳で原爆孤児になった御堂(みどう)義之さん。細川さんは戦後生まれの50代の自分にできるのか悩んだ。
被爆体験を尋ねるうちに、本人が話してこなかったことを初めて聞いた。御堂さんは「あなたは心の中に入ってくるね」と言ったという。細川さんの気持ちは変わる。「私にも背負わせてください」と。
被爆者本人にそのまま代わることなどできない。他人に表現できない現実感もある。それでもこうした営みを通じて、引き継げる可能性を私は感じる。東京都国立市も市内の被爆者2人から体験を継承する研修をしている。一部の人はこの夏広島を訪れ、講話を聞いて学んだ。
被爆以外でも継承の模索は各地で広がっている。民間団体「戦場体験放映保存の会」(東京)は04年から体験者のインタビューを始め、その映像をインターネットで流している。聞き取った人は約2600人に上る。20〜50代の社会人や学生が担当している。
映像は編集しない。会の事務局次長、田所智子さんは「わかりやすく切り取ると何かをそぎ落としてしまう。悲惨さばかり強調し、平和のスローガンのようにはしたくなかった」と言う。そう思うのは自身も元兵士約200人の話を聞いて気づいたことがあるからだ。
「遠い出来事も細部を聞くと手触りのようなものを感じた。自分たちと同じ普通の人の体験なんだと知った」。手触りを伝えなければ戦争は過去の「物語」になってしまう。そんな危機感が次世代を動かしている。
被爆体験の伝承者、細川さんは義之少年があの日、家から川を渡り、救護所まで歩いた道を何度もたどったという。見たであろう光景を想像し、心に刻んだのだ。
講話の中で親子連れや若者に語りかけた。「穏やかな笑顔を浮かべる御堂さんの瞳の奥に、私は今も義之少年の瞳が見えます」。その様子を会場の最後列で御堂さんが見守っていた。
2人の思いが広く伝わってほしい。