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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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対策は迷走する

「クズノハ商会の行商を許可?」

「ええ。彼には私ばかりか陛下も、ロッツガルドで命を救われています。お礼を言う為に呼びつけて、何もしない訳にはいきません。丁度ライドウからの要請もありましたし、大きな調整が必要な案件でもありませんから許可する方向で答えてあります」

「そう、ですか」

「何か問題がありますか? 店舗を構えて欲しいと考えている幾つかの貴族には不満かもしれませんが、我々にも不利益はない筈でしょう」

「はい。ヨシュア様のお考えは正しいかと。彼が望んだのなら、お礼としても妥当でしょう」

「響にそう言ってもらえると嬉しいですね。もっとも、ライドウの望みが今のところそれだけであるというのは悩みの種ですが。いっそ爵位、領地でも欲してくれるとこちらの気も楽になるというのに」

 ヨシュアと響の会話。
 話題はクズノハ商会だった。
 ヨシュアがライドウに約束した、クズノハ商会の行商部隊による各領地での商売の許可。
 その件について二人が話していた。
 同室にはベルダもいたが、彼は今のところ会話に加わっていない。

「多分、彼の方は十分なお礼をもらった、と考えていますよ」

「まさか。大国の王と王子を救って国に呼ばれた結果がそれだけで十分だなど、そう考えるものは流石にいないでしょう」

「……あの子なら、ありえます。そういう子です」

「確かにライドウは随分と商人には似つかわしくない、その、優しい思考を持っている気はしました。しかし彼とて無欲ではない筈。こちらの面子としても、もう少し報いておきたいところです。妙なしこりを残すのも良くないですから」

「甘い考え、と仰りたいのでしょうヨシュア様。合ってますよ、それ」

「これでも恩人に向けて言う言葉ではない、と思っているつもりですよ響」

 言葉を選んだヨシュアに対して、そのままの表現で言い直した響。
 ヨシュアはそれをたしなめるが、二人の間に険悪な空気はない。
 ベルダも黙って茶を飲んでいる。
 これが二人の日常なのだとわかる。

「ヨシュア様としては彼らとの付き合い、今後をどうお考えですか?」

 響の質問の真意は、ヨシュア個人の意見というよりも、王の態度も含めた王族の意思を確認することだ。
 ヨシュアは王の補佐であり、彼の意見は王の意見であることも少なくない。

「彼自身は悪意など欠片も持たぬ者です。商会としての力や、構成員の能力などは見方によっては脅威にもなりますが基本的には良好な関係を築きたいと考えています。ただの物売りではないのは明らかですし。実際、澪殿が半日程でこなした復興への貢献は素晴らしいものでした。ロッツガルドでも復興には協力していたようですが、あの分だと、単なる協力者以上の働きをしていたことでしょう。あげられた報告書では見過ごすところでした」

「ロッツガルドはもう、かつての姿を取り戻しその先に進もうとしていました。残念ですが、王都とは明らかに立ち直る速度が違っていました。そこにクズノハ商会の力は大きく関与していたのは間違いないですね。功績だけをみれば、本当に魅力的な存在なんですが……」

 響が苦悩を浮かべる。

「やはり、問題もありますか。私の目には非常に有益なパートナーになり得る者と映りますが……では、響の見方だと彼の何が見えていますか?」

「今、明確に言葉にするのは難しいものもありますけど……。いくつかは」

「構いません。聞きましょう」

「まず、彼は今世界で起きている戦争に興味がありません。更に大局を見るべき力を持つ組織の長でありながら、個人としての視点以上のものを持つ気もありません。非常に不安定で、迂闊に内部に抱えるには危険過ぎる存在です」

「クズノハ商会、澪殿程の実力者があと数人いるのだとしてライドウ殿の力も加味するならば下手な傭兵団どころか国家を凌ぐ軍事力を持っていると言えますか。彼らが本来持つべき視点は国家レベルで然るべきというのは同意します。しかし、戦争に興味がないとはどういうことでしょうか。不安定というのも、よくわかりませんね」

「その通りの意味です。彼はヒューマンと亜人、魔族がどれだけ戦争をしようとどうでもいいと思っている節があります。また彼は亜人への差別意識がなく、おそらく困っているから融通して欲しいと頼まれれば……魔族にだって物資を売るでしょう」

「馬鹿な! それはヒューマンへの裏切り行為だ!」

 ベルダが初めて口を開いた。
 ヒューマンの国で商売をしていながら、魔族に物資を売る。
 それはベルダの、いやヒューマンの常識で考えるなら絶対にありえない行為だ。

「……魔族にも、ですか? そこまで節操のない人物には見えませんでしたが」

 ヨシュアは響の意見に眉をひそめる。
 ヨシュアの目にはライドウが、魔族にも物資を売って利益を得るような人物には見えなかったからだ。

「……利益に節操がない、ということはないでしょう。あの子はその辺りはむしろ緩いと思います。困っているから、という点が大きいのです」

「例えば原因はどうあれ、人手が足りず冬を越すだけの食糧を確保できなかった魔族の村から救援要請があれば、後払いすら怪しいような状況でもこれを助けてしまうと?」

「ええ。もちろん、ヒューマンや魔族以外の亜人の村から同様の要請があっても恐らく同じ決断をするでしょう。彼は、優しいですから」

「結果、戦争が長引き……より多くの人命が奪われ世界全体が疲弊しても、ということですか」

「彼は優しいですからね。困っているのがヒューマンだろうと、魔族だろうと助けるでしょう。ヒューマンによって傷ついた亜人も、亜人によって傷ついたヒューマンも……隔てなく」

「……なるほど。確かに、ライドウ殿にはその気配はありました。利益よりも人助けを優先するようなところが。もし彼が助けるべきと考える人の中に魔族もヒューマンと同列で存在するのなら、彼らは非常に困った存在になりますね」

「はい。ヒューマンと魔族、どちらにも極めて有害な存在になります」

「にわかには信じられない話ではありますが、響のいうことならば一考に値しますね。我々に貢献するのと同じだけ魔族にも貢献するのではたまりません。しかし……そうだとしても当面の対応は変わらずでいくしかない。なるほど響の悩み事はそこですか」

 ヨシュアは言葉を続けながら、クズノハ商会に現状取れる手立てを考え、そして響の重い表情の理由に気付いた。

「……はい。彼らとはどうあっても、当面良好に振舞うしかありません。どこに対しても利となる存在なら、こちらとしても関わらざるを得ませんから」

 響の顔は苦々しいまま。
 無理もない。
 関わる限り利益を期待できる存在なら、例え敵にも同様の利益をもたらすとしても関わらざるを得ない。
 危険でもなんでも、具体的な対策を見つけない限り打開することはできず、関係を続けるしかないのだから。

「ふふふ。そうですね、私達だけがその利益を放棄する理由はありません。事実、今回の彼らの来訪にしても、随分と利用させてもらっているのですから。その上でこれだけ脅威と語られるのですから、彼らも災難ですね」

 ヨシュアが自虐的に笑う。
 クズノハ商会の来訪には、彼らには知らせていない幾つもの目的があった。
 そのことを思い、思わず笑みが漏れた。

「一応、彼の説得はします。もし……彼がこちらについてくれるというなら、大きな問題の殆どは間違いなく解決するでしょうから」

「上手くいかない、と顔が語っていますよ」

「正直自信はありません。今の私と彼はその価値観がもう、かなり違います。わかってもらえるかどうか」

「成功を祈りますよ。私としても彼とは良い関係のままでいたいですから」

「……それに関しては私も心から同意します。揉めたい相手では絶対にありませんから」

「揉めたい相手では絶対にない、ですか。まあいいでしょう。ライドウについての判断は今後も貴女に任せます。では、響。あとの事は打ち合わせ通りに進めて構いませんね?」

「はい。少し澪さんから突っ込まれましたが問題ありません。一気に進めてしまいましょう」

「わかりました」

 話が終わり、響が席を立つ。
 ヨシュアも一呼吸遅れて立ち上がり、彼女を見送る。
 ベルダも当然のように響のあとに続き部屋を出ようとするが、そこに後方から声が掛けられた。

「ベルダ。お前にはこれから話があります。まだ残りなさい」

「は?」

 いつもと違うパターンにベルダは間の抜けた声を出した。
 これまで響とヨシュアの会話に同席することはあっても、その後に何かあったことなどない。
 響のお供くらいの気持ちでいたのだから無理もないことだった。

「あら。じゃあお先に」

 響は特に動じた様子もなく、さっさと退室してしまう。

「ちょ、響!?」

 無情に閉ざされる扉。

「……ったく。なんだよ、ヨシュア」

 響がいなくなったことで兄弟の口調に戻ったベルダが、やや乱暴に椅子に着席。
 ヨシュアに用件を尋ねる。

「兄上、こういった席は何度も設けたつもりですが、まともに参加したことはありませんでしたよね」

「俺は騎士として、響の護衛として同席しているつもりだ。そもそも意見を挟む立場じゃない」

「これまでは父上の意思もあり、兄上のそのような態度も黙認して参りましたが、王都がこのような状況になった今、同様に済ます訳にはいきません」

「……あのな、ヨシュア」

「もう、国の政を考えていかれる時期ではありませんか? 騎士としてではなく、響のパーティの一員としてでもなく。父上の後継者として」

「……その話かよ。俺は、一騎士として響の盾として生きると決めた。王位ならお前が継げ。ヨシュアなら反対する奴もいねえよ」

「私には王の才などありませんよ。戦時であり、国の全てを鼓舞する役割が期待される今、このリミアの王に最も相応しいのは兄上です。そもそも私は王位継承権など放棄した身です」

「やっぱ返してくれって言えばいいだろう。大体、俺が飾りでお前に補佐してもらうのも、お前が直接やるのも大して変わらんだろ。担ぎ上げられるだけの飾りとして最適なんてのはお断りだ」

「継承権の放棄がそんなに簡単な事のはずがないでしょう。それに、担がれる飾り物として相応しいなら、それはある意味十分に王の才です」

「嫌だって言っているだろうが。俺は響の役に立ちたい――」

「そう思うなら! 次期王として動くことが一番だと何故わかりませんか!?」

 ベルダがいつもの口上で話を終えようとしたが、今日は何もかもが違った。
 その台詞を遮ってヨシュアが怒鳴ったのだ。
 同時にヨシュアの拳がテーブルに叩きつけられ、部屋に大きな音が響いた。

「……なんだと?」

「今の響を見ていればわかります。もうあの人は明らかに凡人の追える領域にはいない。そう……もう兄上が盾になれる響など、どこにもいないんですよ! 兄上がパーティで出来る事など巫女やウーディを護衛することくらいでしょう!?」

 ライドウとの模擬戦を見ていたヨシュアにも、響の強さが既に普通ではないことは十分にわかっていた。
 強力な冒険者、とも違う、明らかに常軌を逸した強さだ。
 それはライドウにも同様に言えたことだが、ベルダの鍛えてきた強さが通用する次元かどうかは明らかだった。

「ヨシュア、お前……何を」

「兄上はその内に間違いなく響の足枷になると、そう言っています。そうならない内にパーティを離れ、政治で彼女を助けたらどうかと、そう申し上げています! ……敢えて言いますが、兄上が非凡なのは生まれだけです。王の血筋だけです」

「黙れっ!」

「例えば今来ているクズノハ商会の三名。その誰にだって兄上は勝てないでしょう。しかしリミアの王として動くなら、兄上はまだ十分に兄上が望むように響の力になれます」

「黙れと言っている!」

「これは父上の意思です!!」

「っ!?」

「……私がそう思う、ではないのです。もしまた王都が襲撃を受けたら。その時に王たる存在が無事である保証はあるのか。後継者の発表もないまま、倒れるようなことがあれば? 今リミアが後継者で揉める訳にはいかない、そんな事は兄上でもわかるでしょう? 父上は兄上を後継者としてお披露目したいと考えています。こんなことくらい、父親の心の内くらい、私を通さずに察してください兄上!」

「俺は、まだやれる。もっと強くなるし、響を支えることだって」

「兄上が努力を惜しまない方なのはわかっています。ですが、響だけでなく巫女もウーディも、それからナバールも。皆、稀なる才能の持ち主です。努力だけでいつまでもついていけるものではありません。幸い、兄上が身につけた防御主体の剣術は万が一の事態において一助にはなりましょう。どうかお聞きわけください」

「なら代わりはどうする!? ああ、確かに俺は力不足かもしれない。しかしだ。今響の傍で、あいつのフォローが出来る奴が他にいるのかよ。どうしても、俺に王をやれっていうならまずそいつを用意してからの話じゃないのか?」

「……いますよ」

「なに?」

「いると言いました。実際会うのはクズノハ商会が帰ってからになるでしょうが」

「……」

 ヨシュアの口から無情な言葉が伝えられた。
 ベルダは言葉を失い、これまで一度もみたことが無かった弟の強硬な態度に呆然としていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 夜。
 一日の予定を終えた僕は部屋でライムとのんびり過ごしていた。
 彼は修復を終えた刀の手入れを上機嫌でしながら、城下の様子なんかを話してくれている。

「やっぱ、まだ復興は全然か」

「ですね。ロッツガルドが早すぎたってのもありやすが。澪の姐さんが色々見せたんで、ヨシュア王子辺りから何かしらの要請はあるかもしれやせん」

「復興の手伝いなら、出来る範囲で協力するのは構わないけど。ロッツガルドの人達が来た時に作業の筋道が出来ていればきっと楽だろうし」

「……その程度で済めばいいんですがねえ」

「僕らに出来るのはその程度までだよ。どの道戦争がもう一回激化すれば……だしね」

「魔族っすか。あいつら、ヒューマンに合わせて冬は攻めないって訳でもないでしょうが……何を企んでるんすかねえ。俺ならガタガタなリミアを今の内に潰しちまいたいですが」

 冬は魔族にとって守りやすい季節だ。
 ヒューマンにとっては攻めにくい。
 でもそれは、ライムが言うように魔族が攻めにくいって訳じゃない。
 会ってみて確信を持っていえるけど、魔王は義理で攻めの手を緩めるってタイプじゃない。
 あの人は容赦の無いとどめの一手を打てる人だ。
 つまり攻めないのには何かしらの理由がある。
 となればこうして春を待つ時間も、復興に励む時間も、ヒューマンにとっては実は致命的な時間の過ごし方かもしれない。
 今リミアを攻めるよりも効果の大きい手を打ってるってことだろうから。

「だねえ。まあ、いざとなれば僕も動くし、最悪の事態にはならないよ」

「旦那が動かれるんで? あまり戦争には興味なさそうなご様子でしたけど」

「ん? 戦争には興味ないよ。参加する気もない。ただ魔族も単なる商人や冒険者にまではあまりうるさくする気はないようだからさ。世の覇権がどうなろうと、僕らの生活はあんま変わらないんじゃないかってね」

「……魔族とも仲がよろしいってのは、なんとも複雑な感じがしやすねえ。では動かれるってのは?」

「先輩くらいは何とか助けるってこと。この国までは知らないけどね」

「……旦那らしいっす。む……誰かきやす。こりゃ、響っすね。こんな夜更けに珍しい……」

「先輩? 用事があるなら僕か」

「でしょうね。ま、旦那と響なら夜更けに会ってどうのって訳でもなさそうですし、色気のねえ話でしょう」

「言うね。僕はともかく先輩は僕が知る限りでも相当モテてたんだよ?」

「……ま、表面上は男のあしらいもわかっているような振りをしてやすがね。あれも旦那と同じなんで、そうそう突っ込んだ真似はできやせんよ」

「僕と同じ?」

「へへ、昔遊んでた男の戯言とお聞き流しを」

 なんのことだか。
 僕と先輩の共通項ってかなり少ないぞ?
 少しして、ノックの音が部屋に伝わる。

「はい?」

「響だけど。少し良いかしら」

「どうぞ」

 ライムが教えてくれた通り、先輩だった。

「……ライムもいたんだ。少し席を……、いえ、ライドウ殿。私とご一緒願える? ちょっと長くなるかもしれないけど」

 この部屋では話したくないことなのかな?
 少なくとも巫女さん関係ではなさそうだ。
 こんな時間にお見舞いもないだろうし。

「良いですよ。じゃあ、ライム。少し出てくるね。先に休んでていいから」

「へい……お言葉に甘えさせて頂きやす」

 ペコリと頭を下げたライム。
 口元は笑っていたけど、目はあんまり笑ってなかったな。
 巴辺りから先輩への警戒を頼まれてる、とか?
 でも仮に盗み聞きされても困るようなことは僕にはないし、好きにさせるか。

「じゃあ、行きましょうか」

「はい」

 先輩もいつも通りを装っているけど、身体の端々から緊張感が滲んでる。
 巫女さんに続いて、気楽な話題、でもなさそう。
 召還儀式のことといい、僕としてはリミアでは結構明るい展開なんだけどな。
 リュカは真面目な感じの竜だったけど、書斎は開放してくれたし帰りは送ってくれたしで結構太っ腹な奴だった。
 森鬼主導の行商部隊の許可ももらえたし、あとは何事もなく帰ることが出来ればそれで万々歳ってところだ。
 そうそう上手いことばかりとはいかないか。
 あ、そうだ。
 先輩からの話次第だけど、召還儀式のこと、先輩に話してみようか。
 元の世界に帰れるって情報は重要だと思う。
 うん、悪くない。
 先輩の後姿と僕の間に流れる沈黙は僕に考えをある程度まとめさせてくれた。
 やがて前を歩く先輩の足が止まり、僕に向き直る。
 先輩と僕は王城の一部、城下を一望できる廊下に到着した。
ノロです。
奴に初めてやられました。
症状は本当に食中毒に似てますね。
個人的にはノロの方が程度は軽く症状は長いって感じでした。
皆様は是非、予防の段階で撃退してやってくださいませ。

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