与党接戦制し 今後の政局は?
接戦を制した与党の勝因はなんだったのか、また、選挙結果は夏の参議院選挙をはじめとする今後の政治にどのような影響を与えるのか。
政治部の山本雄太郎記者が報告します。
楽観していたものの・・・
自民党の町村信孝前衆議院議長の死去に伴って行われることになった、衆議院北海道5区の補欠選挙。
「補欠選挙は、宜野湾市長選挙よりやりやすい選挙だ」
ある自民党の幹部は、ことし1月に行われた沖縄県の宜野湾市長選挙で、自民・公明両党が推薦した現職が激戦を制して当選を決めた直後、このように語っていました。
自民・公明両党は、組織をフルに使って戦える補欠選挙を得意としていて、平成22年に行われた衆議院北海道5区の補欠選挙から5連勝中でした。また、安倍政権に対する支持が堅調に推移していることに加え、いわゆる「弔い合戦」となることから、この幹部に限らず、「激戦の沖縄でも勝てたのだから、北海道は負けるはずがない」と、楽観視するムードが漂っていました。
募る危機感
しかし、選挙戦が近づくにつれ、幹部らは一様に「接戦も予想される」と、危機感を強めていきます。甘利前経済再生担当大臣の政治とカネの問題や、自民党の閣僚や議員の不適切な言動が相次ぎ、政府・与党に対する視線は、次第に厳しくなっていきます。さらに、女性問題で自民党の若手議員が辞職し、衆議院京都3区でも補欠選挙があわせて行われることになりました。
自民党本部は、谷垣幹事長のお膝元、京都での選挙にもかかわらず、「独自候補を擁立したい」とする京都府連の要望を受け入れず、「不戦敗」を選択。
「花の都、パリ(京都)にはとても行けない。東部戦線に集中する」
党幹部は、そう例えて、「不戦敗」は、党の総力を挙げて北海道5区の補欠選挙に取り組むためだと説明しました。
では、自民党がこれほど危機感を抱いた理由とは何だったのでしょうか。背景にあったのは、野党側が打倒与党を旗印に進めた、前例のない選挙戦略でした。
前例なき野党共闘
安全保障関連法をきっかけに、民主党と維新の党が合流して結成された民進党と、共産党を中心にした野党は、夏の参議院選挙で、定員が1人の「1人区」を中心に候補者を一本化し、自民・公明両党に対抗しようと動き出していました。
北海道5区でも、同様に、共産党が候補者を取り下げ、無所属で立候補する池田さんを統一候補として各党が推薦し、協力して支援することにしたのです。民進党側には、共産党との連携に慎重な意見もありましたが、「組織力がある共産党の票を取り込めれば、参議院選挙でも勝ち上がれる選挙区が出てくる」として、協力の動きは一気に進みました。
北海道5区は、比較的、無党派層の多い選挙区で、長年この地域を地盤としてきた自民党の町村氏でさえ、常に盤石の選挙戦を展開してきたわけではありません。前回・2年前の選挙結果を見ますと、旧民主党と共産党の候補者の票を足し上げると、当選した町村氏に、およそ5000票差まで肉薄します。
「自公」対「民共」?
「われわれが戦うのはひ弱な野党ではない。裏で着々と勢力を伸ばしている共産党だ」
2月下旬、自民党で選挙を取りしきる茂木選挙対策委員長は、演説でこう力を込めて、野党側の連携の動きを批判しました。このとき、「民共合作」ということばも初めて耳にしました。
「民共」の「民」は「民進党(当時・民主党)」、「共」は「共産党」を意味します。日中戦争の際などに、これまで敵対していた中国国民党と中国共産党が協力関係を結んだ「国共合作」を引き合いにした表現です。中国共産党が、この協力関係のもとで勢力を伸ばしたことを念頭に、茂木氏は、「理念も政策もバラバラな『民共合作』の革新勢力にこの国を委ねていいのか」と疑問を投げかけました。
その後、安倍総理大臣や自民党幹部も、この「民共」という表現を頻繁に使うようになります。参議院選挙も見据え、補欠選挙を「自民・公明」対「民進・共産」という構図で捉えることで、野党連携は共産党が主導していると暗に指摘し、けん制したのです。
合言葉は「1票を削り出せ」
今月12日に始まった選挙戦では、各種の調査などで、「一進一退」の情勢が伝えられました。
民進党と共産党は、それぞれ組織を挙げた活動を進める一方、幅広い支持を集めるため、党の名前は前面に出さず、政党色を極力抑える戦略をとりました。自民党が主張する「自公」対「民共」ではなく、「安倍政権」対「市民」の戦いだと訴え、シングルマザーとして2人の子どもを育てた池田さんの経験などにも触れ、「市民の声が届く政治」を掲げて、若者や女性などの無党派層への働きかけを強めました。
これに対し自民党は、徹底した組織戦を展開します。
「1票を削り出せ」
告示前も含め4回北海道入りした茂木氏は、ことあるごとに、このフレーズを繰り返し、知人や支援者への浸透を強く求めました。一度訪問した企業・団体には、お礼も兼ねてもう一度電話をかけ、念押しの支援をお願いするよう、すべての国会議員に要請する徹底ぶりです。応援弁士の派遣や運動資金など、地元からの要望にも、ほぼ満額回答で応えました。熊本地震の影響で安倍総理大臣の現地入りは見送られましたが、閣僚や党幹部を連日応援に入れ、組織の引き締めに最後まで腐心しました。
こうした今回の選挙戦について、党選挙対策本部の幹部は、「やれることはすべてやり尽くした」と振り返っています。
それは数字にも表れています。NHKの出口調査では、自民党と公明党の支持層で、和田さんに投票したのは90%を超えました。与党が、みずからの支持層を確実に固めたことで、和田さんは、1万2000票余りの差で逃げ切りました。
どうなる?参議院選挙
今回の結果は、夏の参議院選挙にどのような影響を与えるのでしょうか?
与党内では、「前哨戦」で勝利したことで、参議院選挙に向けて大きな前進になったという受け止めが多いようです。
ただ、ある自民党の幹部は、「勝つには勝ったが、共闘した野党に票差を大きく詰められたのは事実だ」と、苦々しい表情で語りました。さらに、NHKの出口調査では、支持政党を持たない無党派層の70%程度が池田さんに流れたという結果になっており、政府・与党内では、「野党共闘が、今後の脅威になると改めて感じた」という声も聞かれました。
勝負には勝ったものの、統一候補の怖さが身にしみた様子でした。
参議院選挙では、選挙戦全体の勝敗の鍵を握るとされる「1人区」で、野党側で候補者の一本化の調整が進められていて、今回の選挙で与党と互角に戦ったことで、この流れはさらに加速するものとみられます。このため、与党内からは、厳しい戦いは避けられないという見方も強く、これ以上、国民から批判を浴びるような言動や不祥事があれば、勝利はおぼつかなくなると、緊張感のある政権運営が必要だという声も上がっています。
今後の政局は?
今、永田町では、安倍総理大臣が、参議院選挙にあわせて衆議院を解散する「衆参同日選挙」に踏み切るかどうかで話題は持ちきりです。熊本地震を受け、政府・与党内からは、「震災対応が最優先だ」などとして、同日選挙は回避すべきだという意見が強まっています。一方で、今回の選挙結果を受けて、政権幹部からは、安倍総理大臣の選択肢は残ったという指摘も出ています。
安倍総理大臣は、今回の補欠選挙の結果をよく分析したうえで、熊本地震の復旧状況や経済の情勢などを6月1日の国会の会期末ギリギリまで見極めて、「衆参同日選挙」を行うかどうか、最終的に判断するものとみられます。