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54年、高校生の私の回りに2種類の幹部が。
ひとつは、アンチ池田先生で、池田先生を慕う人間を「池田教」と呼びバカにした。
それで何が起こっているか悟った。
問題は、誰が「池田教」なる蔑称をつけ、師弟をバカにし始めたのか、ということ。
きのうやきょうの話ではない。
あの頃から、学会執行部の誰かが、しつこく言い続けている疑惑がぬぐえない。
なぜなら、54年から今まで、全然聞かれなくなったことがないからだ。
54年から56年くらいまでは、さかんに聞こえてきた言葉であるし、その後も、無くなったとはいえない。今もぽつりぽつりとだが、聞こえてくるのは、誰かが、上の方で言っている証拠だと思っている。
4・24の事実は、池田先生という類まれな大指導者に嫉妬、怒られて逆ギレ恩知らずの輩が、自分らがしでかした悪行をやっちゃった日で、今は会長その他になったことだし、隠したい日だから、堂々と隠してはばからないのである。
4・24をやった当事者たちが、それを隠すためなら、セルビアの友が決めたセルビアの日を阻止、首謀者側の仏法上の犯罪の使いを平気でやれた大バカ女の火消しもやる。
さらに入念に執行部の悪事がばれないためにも、やめさせる、という具合だ。
悪事は、暴露される。
どんなに隠しても、徒労に終わる。
頭がいいなら、必ずバレることなんだと観念し、4・24の封殺をやめたほうがいい。
宗教者ならなおのこと、「正義は要求される」もの。
学会執行部が暴露され、糾弾され、恥ずかしい実態を天下にさらすことは、避けられないのだ。
ボストングローブ社の記者たちが、カトリック組織で組織あげて世界中で隠蔽し続けた悪行を白日のもとにさらし、被害者を救ったことが、映画になり、アカデミー賞をとって、今、世界中から激賞されている。
このようにして「正義は勝つ」
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