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【社説】

週のはじめに考える ふぞろいの大根たち

 「おでん」という名の大根があるそうです。真っすぐで、どれをとっても裾まで太く、コンビニのおでんにしやすいような。でもそれって、誰のため?

 紫色の縁取りが次第に薄くなっていく。そして季節外れの粉雪を散らしたみたいに白くなる−。

 知多半島の北の端、名古屋市に隣接する愛知県大府市のその畑では、菜の花に似た大根のかれんな花が満開です。

 広さは四畝(せ)。五百平方メートル足らずの小農園。あいち在来種保存会会長の高木幹夫さんが、自ら採取した種をまいて育てる伝統野菜の展示圃(ほ)です。

 花盛りの大根も、ただの大根ではありません。「方領だいこん」という名の尾張地方の地場野菜。

 この大根、特に漬物にしたときの滑らかな歯ごたえが特徴で、結構人気がありました。サクッというより、ツルッというか、カブラに近い食感が。抜き菜のおいしさにも定評がありました。

 ところが、どういうわけか、必ず曲がる。葉っぱが多く、抜いてみないと食べごろかどうかが分からない。

 収穫期が極めて短く、油断をすると“す”が入る。

 かくして、作り手が次第にいなくなり、市場から姿を消していきました。

 展示圃ではそのほかに、知多産の「知多3号たまねぎ」が、収穫を待っています。

 高木さんが「恐らくもう日本中探しても、ここにしかないだろう」という、超レアな、超大玉のタマネギです。

 味には定評があるものの、重さ一キロ。普及品の二倍以上と、とにかくでかい。水気が多くて保存が利かず、軟らかいので積み上げにくい。つまり、運びづらいので消滅の危機に瀕(ひん)しています。

 「キャッチボールができるぐらい(の大きさ、堅さ)が、いいんだそうだ」と高木さん。

◆伝統野菜が消えていく

 そして名古屋原産の「愛知大晩成キャベツ」。七月に種をまき、収穫は翌年四月のまさに大晩成。これもうまいが効率が良くないために、もう誰も作らない。

 いずれ劣らぬ個性派ぞろい。混植の畑が四季折々に醸し出す風景は、複雑で豊かなのですが。

 元農協職員で、シニア野菜ソムリエの資格を持つ高木さんが、農家や料理人などの仲間と保存会の旗を揚げたのは、三年前の七月のことだった。

 それよりちょうど半年前の京都旅行がきっかけでした。

 たまたま通りかかった郊外の大カブ畑。千枚漬けの材料です。

 高木さんが「あのカブの種を採りたい」とつぶやくと、同行の友人が「ばかだなあ。あれもF1(エフワン)だぞ」と言うのです。

 F1(雑種第一世代)とは、違う品種や系統の親を掛け合わせ、新しく創り出された優良品種。味に野菜臭さがなくて見た目が良いものや、病害に強いもの、どこでも作りやすいもの、運んだり加工したりしやすいもの…。

 ただし、一代限りの性質です。

 今や日本で市販される野菜はほとんどF1品種です。

 ゆがんだり、曲がったり、でこぼこができたりするのが昔ながらの在来種。均一化が要求される量産の加工用には向きません。

 病気に強く、量産しやすいF1品種は、日本の食の重要な守り手です。でもそれだけでいいのだろうか。

 「誰が望んだ品種なの?」

 素朴な疑問が高木さんの頭を離れません。

 たとえば「おいしいトマト」と言うけれど、おいしいかどうかは作り手や売り手が決めるものではなくて、食べた人が決めるもの。

 一つの色に市場が染まるということは、選びたくても選べなくなるということです。

 作り手と買い手の距離がますます遠ざかり、川下の私たちから選ぶチカラが奪われていくということです。

◆一億にまとめないでよ

 野菜や果物だけではありません。電気もそう、政治もそうではないですか…。

 <啓蟄(けいちつ)や まとめないでよ 一億に>

 本紙の「平和の俳句」にありました。

 ソメイヨシノ一色の桜並木に、物足りなさを覚えることもあるように、春はやっぱりにぎやかな方がいい。

 色も、香りも、姿も、音も、もちろん味も。

 

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