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>宿坊の掲示板では、54年と決着をつけることを焦点にしている。これをもって「創価の正義」の証明と云えるのではなかろうか。そのために、54年体質を明らかにし、打ち破ろうとしている。なぜなら、その先にしか、真の勝利も広宣流布もないからだ。そして、青年が、古い時代の54年体質を転換し、新しい時代の、人間主義の創価学会を構築していくことこそが、眼目ではないか。その基盤の上にしか、立正安国はないであろう。
54年に向き合うということは、内部の悪(問題)に目を向けるということである。そこから目をそらし、外部の敵(としているもの)を責めても、厳しく言うならば、ごまかしでしかない。何事にも時があり、もはや、その段階ではないことを自覚しなければならない。内部の悪との対峙は、勇敢で賢明でなければ無理である。それができてこそ、真の後継ともいえる。
仏法上、大震災にはとてつもない意義がある。立正安国論を認める契機となったのも、正嘉の大地震という、未曽有の大災害であった。大地震は、大転換の瑞相であり、私は、人間主義の真の創価学会へと生まれ変わる前兆であると、とらえています。そのために、一体何ができるのか。それを真剣に祈り、考え、実行していくことが、「託された」ことになる。
(投稿者:ジョーカー 投稿日:2016年 4月20日(水)00時41分32秒)<
深く同意します。
【正嘉の大地震】
正嘉元年8月23日(現代歴1257年10月9日)におきた大地震です。大聖人36歳の時です。
鎌倉幕府が編纂した歴史書「吾妻鏡」には、
「8月23日 乙巳 晴
戌の刻大地震。音有り。神社仏閣一宇として全きこと無し。山岳頽崩し、人屋顛倒す。築地皆悉く破損し、所々の地裂け水湧き出る。中下馬橋の辺地裂け破れ、その中より火炎燃え出る。色青しと。今日大慈寺供養御布施の事沙汰を致すべきの由、御教書を御家人等に下さるるなり」
と記されている、とあります。
マグニチュードは7.0~7.5、震源は相模湾内部、江ノ島の南約10㎞とされます。
御書には、
「去る正嘉元年太歳丁巳八月二十三日・戌亥の刻の大地震と、文永元年太歳甲子七月四日の大彗星、此等は仏滅後二千二百余年の間・未だ出現せざる大瑞なり、此の大菩薩の此の大法を持ちて出現し給うべき先瑞なるか、尺の池には丈の浪たたず驢・吟ずるに風・鳴らず、日本国の政事乱れ万民歎くに依つては此の大瑞現じがたし、誰か知らん法華経の滅不滅の大瑞なりと」(呵責謗法滅罪抄P1129)
「正像に無き大地震・大彗星等出来す、此等は金翅鳥・修羅・竜神等の動変に非ず偏に四大菩薩を出現せしむ可き先兆なるか」(如来滅後五五百歳始観心本尊抄P254)
とされています。
「此の大菩薩」「四大菩薩」とは、上行等の「地涌の菩薩」です。
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