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続・関西記念幹部会 昭和62年9月25日

 投稿者:生涯広布一筋メール  投稿日:2016年 4月16日(土)23時06分59秒
  通報 編集済
  続きます・・

さて、三位房も、初めから退転しようと思って信心していたのではなかった(笑)。

彼なりに真剣に励んでいた時期もあった。しかし、次第に年齢を重ねるうちにつれ、

当初の純粋さを失っていった。そこに重大な落とし穴がある。

現代においても、青年期は華やかに活躍していても、壮年になると

なんとなく元気がなくなり(爆笑)、晴れがましい活躍の場がすくなくなると、

次第に仏道修行から遠ざかっていく人もいる。

青年部には比較的、自由奔放な舞台がある。それに対し、壮年部は地味かもしれない。

青年期の活動のように、すぐに思う通りの結果が出ない場合もある。

現実の生活に根を張った壮年の指導や激励は、それだけ大変である。

しかし、そこには本当の信心即生活がある。にもかかわらず、次第に潔い信心

をなくしていく人がいるのは、まことに残念なことである。

要するに、青年期の炎のような信心は、壮年となり、また、高齢となっても、

一生涯、素晴らしい信心と人生を推進するための炎でなければならない。

これが、いわゆる観念の信心と、水の流れゆくような、まことの信心との違いである。

青年部の方は、よくよくこの一点を見失わないでいただきたいと思う。

退転の構図は後世の戒め

ともあれ、こうして三位房は、ついに師・大聖人を裏切り・敵対した。

しかし、厳罰は厳然と現れ、弘安二年不慮の死を遂げてる。

中略

これに対して三位房は、桑が谷問答の翌年頃から始まった熱原法難の最中に退転する。

大聖人門下に降りかかった大難である。大聖人も、日興上人も大変ご苦労され、

門下を守るために戦われた。その渦中の退転である。そればかりか、反逆者として

大聖人門下を迫害する側に豹変してしまった。


本来ならば、身を投げ出して、同志を後輩を守るべき立場である。

また、教学と雄弁を持って、人々に退転するなと激しく叫んできた人間である。

それを自ら退転するばかりか、迫害する側にまわる。

本当に恐ろしいものは人の心である。まことに無責任極まりない、

人間として最低の卑劣な姿であると言って良い。

かの4人衆も全く同じである。


引用終わり・・もう少しお読みになりたい方・・池田大作全集69です。

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