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続きです・・
信心の堕落は”慢”と”虚栄”の心から
三位房の重大な欠点、それは”慢”の心であり、また、世間的な権威に弱い”虚栄”
の心であった。
三位房が比叡山に遊学した折のことである。京都に登った彼は、ある貴族に招かれ、
その持仏堂で説法した。そのことを彼は得意になって大聖人にご報告した。
これに対し、大聖人が”法門申さざるべき様の事”の中で、次のように厳しく訓戒された事は有名である。
中略
まず、”御持仏堂似て法門申したりしが面目なんど書かれて候事・かえすがえす不思議におぼえ候” 1268P
貴族の持仏堂で説法した事を”面目をほどこした”などど、三位房は書いているが、返すがえす不思議な事である。
全くおかしな事を言っている、との叱咤である。
また、”日本秋津島は四州の輪王の所従にも及ばず・但嶋の長なるべし”と仰せである。
すなわち日本国の王といっても、四方の全世界を収める転輪王の家来にも及ばない。
ただ、小さな嶋の長にすぎない、と。
其の四州といっても、宇宙から見れば、ほんのわずかな領域である。
まして日本国の”嶋の長”など、御本仏の全宇宙を包み込む御境涯から見れば、まことに小さな存在にすぎない。
ゆえに大聖人は”長なんどにつかえん物どもに召されたり上・面目なんど申すは・旁々(かたがた)
せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか”と、厳しく指摘されておられる。
ーーわずかな”長”などに使える貴族たちに対して”召された””上”などと書いて、へりくだったうえ、
”面目”をほどこしたなどと得意げに言うとは、なんと愚かなことか。
あれやこれや突き詰めて考えてみると、日蓮を卑しんで、そう書いているのであろうかーー
との大聖人の厳たる叱責である。
すなわち三位房は、社会的な名誉や権威に、すっかり惑わされてしまった。
大聖人門下として、最極の妙法を保つ誇りを忘れ、貴族などに褒められて得意になるような
”虚栄”の虜になってしまった。こうなっては信心の心は墜ちている。
妙法以上の尊貴なものは無い。また、民衆の真っ只中に飛び込んで、法を弘め、
人を救い、”無上道”を生き抜いていく以上の尊き人生は無い。
しかし、三位房には、其の結上した一念が欠けていた。
御本仏の偉大さに対する確信もなかった。ゆえに大聖人を心の奥底で軽視し、卑しむという
醜い”慢心”が生命に巣食っていた。
そうした慢心と虚栄の心は、普段から彼に付きまとっていた。
それが、貴族の前で説法し、褒められたという機会に、はっきりと正体を現した。
本人も気づかない、そうした一念の歪みを、大聖人が鋭く、また、厳愛を持って破しておられるのが
この一節である。
続く・・・
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