ヘイトスピーチ対策法「与党案」について考える――「適法居住」要件はなぜおかしいのか

マスメディアで「ヘイトスピーチ」という言葉が広く使われるようになってから、およそ3年。今国会では、ヘイトスピーチ対策法「与党案」が、審議の佳境を迎えている。

 

と言っても、とくに今年3月以降の展開はあまりにも急だったので、この間ヘイトスピーチについて関心をもって見てきた人の中でも、今何がどのように議論されているのか正確に把握できている人は必ずしも多くないかもしれない。また、そもそも自民・公明両党が出してきた「与党案」であるという時点で、「何の期待もできない」「むしろ政権に都合のいいように利用されるのでは」という見方をする人もいるのではないかと思う。

 

そして実際、この後具体的に示すように、今回の与党案には問題が多い。しかし同時に言えることは、自民・公明が現在国会で占める議席数を考えれば、この与党案はほぼ確実に成立し、効力をもった法律になるということだ。その一方で、少なくとも現時点ではまだ与党案は「案」であり、与野党の修正協議の余地を残している。つまりこの段階で考えるべきことは、問題の多い与党案の中でもとくにどこを問題にし、それをいかにして修正協議に反映させるかということである。

 

 

ヘイトスピーチにかかわるこれまでの国会の動き(1)

 

具体的に与党案の検討に入る前に、ヘイトスピーチにかかわるこれまでの国会での動きを簡単に振り返っておこう。ヘイトスピーチにかかわる初めての国会集会が開かれたのは、2013年3月のこと。主催したのは後に議員立法で野党案を提出する際に中心となる民主党(当時)の有田芳生参議院議員らだが、この段階では法制化に対する慎重論もまだ根強かった。

 

しかし、2013年10月に京都朝鮮学校襲撃事件に対する京都地裁の判決(被告である在特会らに約1200万円の賠償請求ほか)が出され(翌2014年7月の大阪高裁の判決を経て12月に最高裁で確定)、また2014年夏に国連自由権規約委員会からの勧告(7月)同人種差別撤廃委員会からの勧告(8月)、と立て続けにヘイトスピーチ対策の不在を指摘される中で、ヘイトスピーチへの法的対策の必要性は、政治家やメディアの間でも次第に共有されるようになっていく。

 

そうした中で、(やや時間は前後するが)2014年4月に有田議員、同じく民主党の小川敏夫参議院議員らにより「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」が結成される。また与党側でも、まず自民党が2014年8月にヘイトスピーチに関するプロジェクトチームを設置(座長・平沢勝栄衆議院議員)、10月には公明党のプロジェクトチーム(座長・遠山清彦衆議院議員)も初会合を開いた。そして翌2015年5月、有田・小川両議員などを中心に超党派の議員が「人種差別撤廃施策推進法案」(以下、「野党案」)を提出。8月には参議院法務委員会での審議にかけられたが、これは日本で初めて人種差別にかかわる法案が審議された重要な場面となった。

 

 

ヘイトスピーチにかかわるこれまでの国会の動き(2)

 

しかし、2015年の第189回国会は安保法案強行採決の混乱の中で閉会、その中で「野党案」は何とか廃案を回避し継続審議となった。年が改まって今年(2016年)3月22日には「野党案」の参考人質疑が行われ、さらに3月31日には参議院法務委員会の委員ら10人の与野党議員が、ヘイトスピーチを唱道するデモが頻発している川崎市の在日コリアン集住地区を視察した。こうした過程を通して、ヘイトスピーチへの法的対策が必要だという認識は、与野党の枠を超えて共有されていった。

 

さて、冒頭で言及したヘイトスピーチ対策法「与党案」提出の動きが出てきたのは、ちょうどこの「野党案」審議再開の前後である。まず3月25日に、自民・公明両党が法案作成のための作業部会設置を発表。29日には作業部会初会合、31日に第2回会合と急ピッチで作業が進められ、その後両党の党内手続きを経て4月8日に提出の運びとなった。

 

先に触れたように自民・公明両党とも2014年からプロジェクトチームを設置して準備を進めてきたとはいえ、発表から提出までわずか2週間。この間4月5日には「野党案」の2回目の審議も行われているが、4月19日には1回目の「与党案」審議が参議院法務委員会で行われ、26日午後に第2回の審議の開催が決定している

 

 

ヘイトスピーチ対策法「与党案」の問題点(1)

 

その「与党案」の内容であるが、たった3年前の状況を想起するだけでも、ヘイトスピーチにかかわる法案が実際に成立する前提で審議されるということは、それ自体としては一つの前進だと言える。またこの法案の前文末尾には「このような不当な差別的言動は許されない」とはっきり書かれており、少なくとも冒頭に書いた「何の期待もできない」「むしろ政権に都合のいいように利用されるのでは」というような疑念については、ある程度払拭できるものになっていると思う。

 

しかし冒頭でも述べたように、「与党案」には問題も多い。実際もっとも早くに声明を出した外国人人権法連絡会をはじめ、当事者団体や弁護士団体、NGOなどすでに10以上の団体から批判的な声明が発表されている(リンク先文末)。これらの声明で広く共有されているのは、(1)明確な禁止規定がないことにより実効性が弱いこと、(2)法律が対象とする言動の範囲が狭いこと、の2点である。

 

とくに(2)については、「本邦外出身者」という限定によってアイヌや沖縄、被差別部落出身者などが除外されるおそれがあること、さらに「適法に居住するもの」という要件によって超過滞在者などが除外されるおそれがあること、が繰り返し指摘されている。

 

なおこれら2つは、いずれも先に提出された野党案にはなかった問題である。まず(1)実効性についてだが、野党案では罰則こそ設けなかったものの「何人も~してはならない」という形で禁止規定を盛り込んでいた。また(2)対象とする言動の範囲についても、「人種等を理由とする差別」という形で先に触れた国連人種差別撤廃条約に則った定義がなされている。つまり与党案は、(1)実効性を弱めただけでなく、(2)対象とする範囲も狭めることで、野党案に比べて「弱く、狭い」法案となっている。

 

 

ヘイトスピーチ対策法「与党案」の問題点(2)

 

とはいえ「与党案」がもつ問題は、「弱く、狭い」点だけにあるわけではない。問題がそれだけであれば、「ゼロよりはまし」ということで、とりあえず今の段階でことさらに何か強い修正要求をしなくてもよいという判断はありうるだろう。しかし、とくに(2)法律が対象とする言動の範囲については、そうしたことを超えた問題がある。

 

その一つは、すでに触れたように「本邦外出身者」という限定によってアイヌや沖縄、被差別部落出身者などが除外されるおそれがある点だ。とくにアイヌについては、この間全国各地で行われてきたヘイトスピーチ・デモの中で少なくない数のものがアイヌを標的としており、これが与党案の対象に含まれないということは、「アイヌに対するヘイトスピーチについて国は問題視していない」という誤ったメッセージを送ることになりうる(ただしこれについては、4月19日の審議の中で与党案の発議者から付帯決議含めきちんと対応する旨の答弁があり、最低限の改善が見込まれる状況にある)。

 

また範囲にかかわるもう一つの点、「適法に居住するもの」という要件によって超過滞在者などが除外されるおそれがあるということについても、同様の問題がある。先に挙げた多くの声明でも指摘されているように、ある言動が差別に当たるかどうかということと、そこで標的とされている人(々)が法的にどういう状態にあるかということは、本来何の関係もない。このことは、2004年の人種差別撤廃委員会一般的勧告30でも「人種差別に対する立法上の保障が、出入国管理法令上の地位にかかわりなく市民でない者に適用されることを確保すること」という形で確認されているとおりである。【次ページにつづく】

 

 

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