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全国で査問・処分・除名の嵐が昨今吹き荒れている様相である。掲示板に投稿されている諸兄にも、まだ査問・処分された方、されない方
いろいろといらっしゃる事であろうと推測するところですが・・・。仮に査問されたとしてその心構えを述べておきたいと思います。
まず、恐れる必要は全くないという事です。
査問する側は、上意下達で仕方なくやっているにすぎません。お互いの言い分を精査し、どこがどの様におかしいなどという論理的なものでなく
一方的に「宿坊の掲示板は悪の権化だ」とか「お前はHやKとつながりがあるんだろ」とか「お前は〇○のHNで投稿してるだろ」といった
本部からの情報を鵜呑みにしたものをぶつけた上で、本人の「はい」という返事を引き出したいだけなのです。だから査問する側の情報に対して、
「その情報は、何時の、何処の、誰からの、どの様な情報でしょうか」と問えば、「それは言えない」といった答えに終始します。
言えないのは当たり前で、その情報は、盗聴やタレこみ、盗撮など非合法な手段で手に入れたものに過ぎないからです。だから本人の「ハイ」という
「肯定の返事」を引き出したいだけなのです。肯定すれば、言質を取ったとして処分。肯定しなければ、処分は無いでしょう。どちらを選択してもいいと考えますが
ただそれだけのハナシです。しょ~もないハナシです。
もう一つは、査問する側の裏側の視点についてです。
査問する側も、本当は処分などしたくはないのです。なぜなら「数が減る」からです。査問される方は活動家の方がほとんどです。もし処分したら・・・
座談会の数が減る、任務(牙城会・創価班・王城会等)につく数が減る、結集の数が減る、といったように担当幹部の方も困ります。でも聖教と公布部員に関しては
減ったら、「金」が減りますので、たとえ処分されてもこれだけは関係ありません。おかしなハナシです。「学会員と会ってはいけない」などと人権侵害をしながら
「金」にからむことだけは「侵害」しない。おかしな世界のしょ~もないハナシです。
「査問」というイメージからくる恐怖はありますが、実際はこんなもんです。どうか諸兄におかれてはこんなもんと思っていただければ結構と考える今日此の頃です。
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