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「自我機能」の不良不全
「相対的現象・現実」の疲弊・閉塞状況は、最悪の方向に展開している。「自我
機能」の不良不全が予想以上のレベルに達しているのが、様々な現象からうかが
わていれる。自然の自浄作用の始まりである。
先にお伝えしたヒーリングサロン・哲学カフェ・寺カフェ等の現象は、疲弊し閉
塞する既存のコミユニティーがストレスになっていることに「気づいた」人々が
シフトし始めているという自然現象である。
「板」での様々な投稿者においてもその置かれた状況は同じである。無意識では
すでにシフトが起きているのではと思われる投稿が目立つようになってきている。
例⇒「魔を攻めている」ようで「自分自身のどうにもならない不安により、外に
魔を想定している」のが見られる。自身の中での作用反作用現象である。このこ
とは執行部の面々も同じ、みんなー同じ、
「相対的現象・現実」には「確実」ということがない、あるのは、意識すること
により即「反転」する反作用である。内奥に「不安」があるからである。
「不安」は「ストレス」となり、「八つ当たり」という現象化をもたらせている
。「人」として見る世界に身を置くからである。「現象」として見る世界に身を
置くと「不安」は消失する。
「不安」は意識による「気づき」の促しである。「気づかないから」何重にもベ
ールをまとい「正義面」して「魔の働き作用」となって美辞麗句という文言を言
うのである。まさに「不安」におののく「劇」である。「法華経の智慧」のドラ
マである。口先だけの生命論、思い込み・信じ込み生命論なのだ。「体感」無き
生命論は常に内的思考ゲームを繰り広げているのだ。「気づく」ことが無い日々
の生活であることを見せてくれている。
「非二元」の体感・体験した人々は、既に今述べたようなことは了解済みである
。天地雲泥の差である。生きている世界・生かされている世界の異なりが起きて
いるのだ。
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