平井隆昭
2016年4月25日03時00分
太平洋戦争末期に学童集団疎開を受け入れた栃木市の寺に23日、ここで疎開生活をした東京・麻布国民学校(現麻布小)の当時の児童と、今春に同小を卒業した子どもたちが集い、70年の年月を超えて経験を語り継いだ。子どもたちは昨秋、この学童疎開をテーマにした劇を同小で上演したばかりで、先輩たちの再訪を知って合流した。疎開の現地で聞く体験談に「台本ではわからなかった苦しさ、大変さが実感できた」と口々に語っていた。
学童集団疎開は、栃木県には1万9600人余りが割り当てられた。麻布国民学校からは380人を、現栃木市内の八つの寺が1944年8月から終戦をはさんで46年3月まで受け入れた。うち旧岩舟村の高平寺には5年生の男女60人が疎開した。世話役の山口登さん(82)によると、戦後に何度も再訪してきたが、70年が経ち高齢になったことから節目の来訪を計画。山口さんら男性4人、女性2人の計6人が参加した。
子どもたちは、舟塚優香子さん(12)ら女子4人と三反田悠己君(12)ら男子2人の計6人。同小は昨秋に開校140周年を迎え、6年生だった舟塚さんたちが岩舟村への疎開をモデルにした「麻布国民学校の集団疎開」を上演した。
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